第4幕 下着がエロいのではない。下着を着けているモデルがエロいのだ

第19話 下着がエロいのではない。下着を着けているモデルがエロいのだ

「ニィナちゃん、買い物付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ。ソラ姉が誘ってくれて嬉しかった。ナギもケンスケもオシャレしないから」

「あらあら。そういうところに疎いからモテないのに。ニィナちゃんが良ければまた行きましょう?」

「ほんとっ!?」


 残暑も去り肌寒くなった秋晴れのある日、ニィナとソラは買い物に訪れていた。

 女子特有の話にも花が咲き、男性陣抜きだからこそ楽しめる時間は大切なものであり、息抜きとしては最適だった。

 その姿は、傍から見ても可憐なものであり、見てくれは良い2人は自然と人々の視線を捉える。

 その中の1人に彼女はいたのだ。


「ちょっとあなた達ッ!」

「あら?」

「ん?」


 彼女は長い金髪を靡かせ2人に声をかけた。

 ニィナ、ソラは互いの知り合いかと顔を見合うが、どちらも違うと言った表情をした。それもそのはず、無論初対面である。


「アタシの会社でモデルをしなさい!!」


 それはあまりにも突然の申し出だった。驚く2人に反し、その女性の笑顔は力強い意志を持っていた。



 ⬛︎



「そういうわけで連れてきた」

「貴方が彼女たちのスポンサーね!」


 結局、即決することも断ることも出来ず、2人は彼女を岩戸屋に連れてきた。

 店主のナギヨシは、また変な奴が来たなと奇怪な目で自信満々な彼女を見る。


「挨拶が遅れたわ!アタシの名前は物主ふつぬしテンコ。しがないプロデューサーよ」

「物主……フツヌシって言やぁ、あの『物主重工』だがまさか」

「えぇその通り。私はその跡取り娘。このまま素直に会社が成り立てば4代目になる予定ね」


 物主重工とは、国内最大の工業メーカーである。工業とはいえ、幅広い分野に手を出しており、ネジ1本から超大型機械に至るまでその名は多く知られている。

 その始まりは戦時中における軍備の製造であり、戦後も様々な物で国を支え巨万の富を得た成金であった。

 太平の世である今は、過去の軍事産業は負の側面として見られているものの2代目、3代目当主共に手を引くことはなく、今なお武器の輸出入で多額の利益を得ている。


「で、その4代目さんがしがない何でも屋さんにどんな御用で」

「悪いけど貴方に用は無いの。必要なのは貴方の許可だけ。ニィナとソラ……彼女たちに『ギャルパンブラティン』のモデルをやってもらいたいの!」


 その瞬間、ナギヨシは吹き出し、ケンスケは湯呑みを盛大に落とした。


「待て待て待て、今って言ったか!?」

「ナ、ナギさん……ギャルパンブラティンってあのギャルパンブラティンですか!?」

「あぁケンスケ。あの『一度は彼女に着せたい下着ランキングNo.1』のギャルパンブラティンだ!ていうか、物主の系列だったのか……」

「元々は軍用の下着だったんだけど、出来の良さが買われて一般販売になったのよ。それで作られたアパレル部門を、アタシの訓練も兼ねて担うことになったの」


 ギャルパンブラティン。それは男のロマンである。

 カラーは灰色1色。シンプルながら、洗練されたデザインは、着心地も相まって女性たちの間で常に話題の下着だ。

 だが、それはあくまでも女性目線での魅力である。その本質は男の欲望をザワザワと掻き立てるエロスにあった。

 スポーツブラの枠組みではあるものの、大きく逸脱した激しく強調された胸元。派手な下着にはない清楚さ。それらが絶妙なマリアージュを醸し出す。

 所謂「こういうのでいいんだよ」と首を縦に振りたくなるビジュアルが男ウケの良さに繋がっている。


「今の反応を見るに、やっぱり目線で人気なのね?」

「人気なのはいいことだろ?」

「売れ筋はいいんだけど、イメージを損なうのよ。私はもっと着け心地の良さ、蒸れにくさとか、機能美を売り出したいのよね」

「そこは職人気質なのか。で、なんでコイツらなんだ。ツラは置いといて、スタイルもへったくれもねーだろ。よく見てみろ。2人とも発展途上国のガキみたいな体型だぞ。貧相オブ貧相、ガリ、ガリター、ガリテストじゃん」

『そこまでじゃねーわ!!』


 ニィナとソラは声を重ね、ナギヨシの頭部を叩いた。ナギヨシは大きなたんこぶを作り、机に顔をめり込ませる。


「ほんと失礼しちゃうわ。私だってまだ成長期です」

「ナギはそういう目で私の事見てたんだ。屈辱」

「貴女たち、やっぱり最高ね!アタシの見立てに狂いは無かったわ!!力強い女性像が欲しかったのよ」

「それ内面的な話ですよね。物理的な話になってるんですけど……」


 ケンスケのツッコミは当然テンコの耳に届かない。

 理想のモデルを見つけた彼女は、お菓子売り場で目を輝かせる子供の様にはしゃいでいる。


「そもそも、し、下着だけ着用なんて恥ずかしいんです!」

「確かに。露出の多い服と下着は違う。そもそも、し、下着は見せるものじゃない」

「恥ずかしがるから恥ずかしいのよ。堂々としてたらカッコイイわ!!」

「堂々としててもえっちな目で見られているじゃないですかぁ!」


 ソラは下着のみの自分の広告が世に出回ることを想像する。道行く人々に、自分の素肌が目に晒されることは、よく考えなくても、当の本人からしたら異常な事態である。

 見られることが仕事の人々にとっては、当たり前の事なのだろうが、彼女は一般人に過ぎない。ただの定食屋なのだ。

 そうこうしていると意識が戻ったのか、机にめり込ませた頭を上げ、ナギヨシはひとつ咳払いをした。


「悪いが……ウチも商売でね。岩戸屋の看板娘と従業員の身内をそう易々と売ることは出来ねぇんだ。こんなんでもコイツらは役に立つんでね」

「ナギ……」

「ナギさんなら止めてくれると信じてたわ!!」


 ニィナとソラは信じていたと言わんばかりの表情を向ける。やはりこの男は最後には頼りになる。それを頼りにして、2人とも助けられたのだ。

 テンコは顎に手を当て考え込む。この逸材たちを、どうすれば引き抜けるかを。

 

「……そうね、とりあえずこのくらいでどう?」


 テンコがどこからともなく取り出した書類に、ナギヨシは目を通す。2人はヒソヒソと何かを話している。

 数十秒の会談の後、ナギヨシはぐるりと振り向きこう言った。


「2人とも一肌脱いでこいっ!!」

『結局金かいィィィィ!!』


 見せたことの無い爽やかな笑顔とガッツポーズ。その表情にソラとニィナの堪忍袋の緒が遂に切れた。

 2人のドロップキックによって、ナギヨシは岩戸屋の壁にめり込んだ。

 ケンスケが埋まったナギヨシの身体を引っ張る度に、壁越しから呻き声が聞こえる。


「そこまで嫌なの?」

「モデルって仕事はかっこいいですけど、私人に見せられる身体してませんし……」

「私も、流石に1人じゃ恥ずかしい」

「ならアタシも一緒にモデルをやるわ!それならどう?」


 渋る2人をなんとか説得するための切り札。それはテンコ自身がギャルパンブラティンのモデルになることだった。


「アタシはどうしてもこのプロジェクトを成功させたい。悪魔と契約してもね。お金だって払えるだけ払うわ。貴女たちの安全も保証する。貴女たちが適任だってことを絶対に証明してみせる!!だからお願いします!!」


 テンコは深々と2人に頭を下げる。プライドもへったくれも無いその行為は、物主重工という大企業の次期当主としては、まず有り得ない姿だった。

 そのような人物に頭を下げさせるほどの価値がニィナとソラにはあったのだ。


「そこまで言われたら……ねぇ、ニィナちゃん?」

「うん。私も岩戸屋に助けられた1人。今度は私が助けたい」

「ニィナ、ソラ……!!」


 テンコの必死な想いが2人に通じた。一時の恥など些細なものと思わせる程、彼女の熱意たと情熱は凄まじかった。

 話が決まってさえしまえば、乗り気なもので生きてる上でまず無いであろう経験に、ニィナとソラはワクワクしていた。結局最後の壁は女としてのプライドであり、如何にそのプライドを持ち上げてもらえるかが重要だったのだ。


「じゃあ早速スタジオに……」

「――待ちな!その話聞き捨てならないね」


 いざ撮影と言ったその時、突如岩戸屋に怒声が響いた。

 声の主、それは……


「何故アタシを呼ばないんだい?天逆の女王雛オウカを!!」

 

 御歳68歳。キャバクラ『ワダツミ』を経営する女傑、雛オウカその人であった。


「い、いやアタシは若い子の……」

「今どきそれだけじゃやってけないよ!多様性の時代さね。魅力的な熟女も必要さね」

「熟女というか、老婆というか……」

「あ゙?何か言ったかい?」


 その眼圧は有無を言わせぬ力を持っていた。


「それもそうね!オウカさんがモデルになってくれたら私、心強いわ!」

「確かに。オウカもまだいける。悔しいけど私たちに無い悩殺ボディも必要」

「あらヤダ、アンタたち。人を乗せるのが上手いじゃない!確かに、アタシゃこの身体で数多の男を虜にしたもんさ。でも……アンタたちも負けてないわよ」


 何がそうさせるのか、ニィナもソラもオウカの参戦にノリノリである。

 一方テンコは、顔が青ざめ、冷や汗をダラダラとかいている。その内心は先程とは一変、大荒れであった。

 

「そ、そうかもしれなないけど、こ、今回は若い子をメインに……」

「いいから行くよ!撮影するんだろ!?アンタが居なきゃ始まんないんだ。しっかりおし!」

「あ、あははは……デ、デスヨネー……。な、ナギヨシィ!?助けなさいナギヨシィィ!!」

「すみません。テンカさん。ナギさんまだ埋まってます」

「そんなァァァァァァァ!!」


 オウカはズルズルと引き摺られ連れ去られていく。その目には大粒の涙を浮かべ、見えなくなるその時まで懇願に塗れた悲痛な叫びを上げていた。


「ナ、ナギさん……行っちゃいましたけど」

「……イ」

「え?」

「ヤバいぞ!ケンスケェ!!このままじゃババァの下着姿が広告を飾っちまう!!」

「いや、まぁ、そうですけど……」

「下着のモデルってのはなぁ、未成年のガキにとっちゃ最高のエロスなんだよ!それにババァが載ってるのを想像してみろ」


 ケンスケは過去の自分を思い出す。河原に落ちているエロ本を拾うことさえ躊躇った自分が何を助けにしていたか。

 それは、CMや雑誌に映る下着姿の女性だった。今でこそ、簡単にエロスを摂取できるご時世だが、かつての自分の様な子供がいるのもまた事実である。

 ケンスケはようやくナギヨシの言葉の意味を理解した。


「ヤバいですよナギヨシさん!!はやくオウカさんを止めないと!!」

「あぁ。ババァがギャルパンブラティン姿で雑誌の表紙を飾った日にゃァ、エロじゃなくてテロだ!!だから、早く引っこ抜いてくれぇ!!」


 今ここに健全な男子を守る2人の勇者が誕生した。魔王オウカから、この世のエロスを守り抜く。

 その崇高なる目的のため2人は剣を抜き、走り出したのだ。


 

 ⬛︎



 テンコは頭を抱えていた。それもギャルパンブラティンの下着姿で。

 ニィナとソラの下着姿は良い。見立て通りだし、何より華がある。女であるテンコから見ても、変な欲を掻き立てられる。

 だが、隣はどうだ。隣の老婆は如何なものか。

 同じ女性にこの言葉は使いたくない。しかし使わざるを得ない。

 醜悪だった。


「ニィナちゃん似合ってる!!スタイルいいわね……」

「ソラ姉もいい感じ。私は筋肉質だから」

 

 だれかアタシを救ってくれ。テンコが心の底から神に願ったその時、ヤツらは舞い降りた。


「ババァ!いい加減にしやがれ!!」

「オウカさん!少年の心を穢さないでください!」


 勇む物の名の通り、覇気のある相手に億さず2人は食ってかかった。


「なんだい!?この姿に不服かい!!」


 オウカの堂々たる立ち振る舞いは、目に猛毒を直接注入されることを意味していた。

 それは如何にギャルパンブラティン着用とはいえ、その破壊力は核爆弾にも匹敵していた。

 老婆の肢体を目にした2人は、強烈な嗚咽と吐き気を催す。


「うぷッ……だめです!ナギさん、僕もう限界ですぅ……!!」

「た、耐えるんだ勇者ケンスケェ!ここで吐いたら多様性厨に処されるぞォ!思い出せ、思い出すんだ!!あれほど憎み、俺たちを阻んできたアイツのことをッ!!」


 勇者と言えど、優秀な装備が無ければ意味が無い。故に彼らは秘策を用意していた。

 それは過去、幾度となく目の前に現れ、道を阻み続けていた存在のことを。


「あの憎き『モザイク』をイメージしろォォォ!!」


 アイツ、それ即ちモザイクである。男ならば1度は挑み、破れた強敵を無理矢理にでも己の眼に宿そうとしていたのだ。

 本来敵であるモザイクを、より強大な悪を倒すために使用する。

 その様はまさに、主人公とライバルの共闘であった。互いに


「行けてる……行けてますよナギさん!オウカさんの身体をモヤモヤが邪魔して見えてます!!」

「まだ少し薄いが……これなら行けるぞっ!!」


 1歩、また1歩と着実に禍々しいオーラの嵐を突き進む。モザイクの効果は絶大で、先程の様な吐き気もだいぶ和らいできた。

 バッドステータスもくらい続ければ耐性がつく。2人に一筋の希望が見えてきた。

 しかし、それを嘲笑うかの如くオウカが動き始める。


「うっふん♡」


 それは古典的かつ時代錯誤、更に言えば漫画やアニメでしか見ることの無い典型的なセクシポーズと投げキッスだった。

 たが、ナギヨシとケンスケに、その動作はあまりにも凶悪な一撃だ。今までとは比べ物にならない不快感が脳天からつま先へ、臓腑を犯しながら駆け巡る。

 いくら最強装備のモザイクを装備していようと、決して行動を阻害できるものではない。2人は早くも作戦の弱点を突かれてしまった。


「ナ、ナギさん……僕呼吸が……!」

「クソッ!このままだとエロス不足でケンスケが死んでしまう。……ハッ、そうだ!!ニィナ、ソラお前らもセクシーポーズをしてくれぇぇ!!」

『えぇ……』


 傍から見ればシュールな光景にソラとニィナは訝しむ。この2人はエッチなことが目的で、最速を促しているんじゃないかと。

 だが鬼気迫る表情に気圧され、嫌々と引き受けた。


「こ、こうかしら?」

「こんな感じ?」


 ソラはおずおずと腰に手を当て、胸を前に突き出す。背筋を伸ばしたことで体のラインが強調され、より下着が下着として意味を持っていた。

 一方のニィナは猫が伸びるように、頭の上で手を組み全身を伸ばす。引き締まった筋肉が光に晒され、よりくっきりと姿を現した。

 スレンダーな体型を持つ2人だからこそ放つ魅力は、見る者によっては堪らないだろう。


「ほら見ろケンスケ!!意外とイケるぞ!!」

「ちょっ!?ナギさん!?『意外と』ってなんなの!?」


 ナギヨシのデリカシーの無い発言に、すぐさまソラは抗議した。当然のことである。

 

「ダメです……!」

「なにっ!?」

「ダメです……!姉の下着姿は見慣れすぎていて……全然エロくありませんッ!!」


 弟という存在。それは常日頃姉の存在を感じる者である。故に、どんな美人であろうと姉という存在は、それ以上でもそれ以下でもなくなってしまうのだ。悲しいかな、弟に産まれるということは、生を受けたその日から姉萌えという文化は無価値な物になってしまう。


「ならニィナだ!!ニィナを見ろぉ!!」

「そうだ!ニィナちゃんなら……ダメです!!」

「なんでだッ!?」

「腹筋がバキバキ過ぎて、なんか、こう、男としてのプライドが傷つきますッ!!」

「めんどくせぇ奴ッ!」


 ニィナはここぞとばかりに自身の腹筋を強調するため、マッスルポーズをとった。煌びやかな汗、そして浮き出た血管は力強さと美しさを両立している。

 確かにバランスの整ったこの芸術的な肉体をまじまじと見せつけられると、筋肉量で勝る男としては敗北感を覚えてしまっても無理は無い。


「かくなる上は……テンコッ!テメーのエロスを見せつけやがれェ!!」

「ア、アタシィ!?いや、そもそもギャルパンブラティンの新戦略として色気や欲望とかけ離れた清楚を目指していて……」

「――御託はいいんです!僕にッ!どうかッ!!エロスをッ!!」

「あ゙ーもう分かったわよッ!!どうにでもなれぇッ!!」


 テンコは遂にその肉感的な身体を解放する。

 胸を持ち上げるブラジャーは、サイズが合っているものの肉を寄せた結果、大きな谷間を作っており、その2つの果実は今にも零れ落ちそうだ。

 下半身は上半身よりも肉付きが良く、パンツに食いこんだ太ももがより女性の魅力を引き出していた。両太腿の間に生まれる黄金の三角形の頂点は、エロス・エロス・エロスの3点で構成されており、もはや何がエロくて何がエロく無いのか、それさえもゲシュタルト崩壊させる程のエロスを帯びていた。

 そして彼女の魅力は勿論身体だけでは無い。

 先程まで自分もモデルをやると意気込んでいた彼女だが、誰よりも恥じらいを感じてる。ケンスケの熱視線を浴びた彼女の頬は紅く染まり、暴力的なまでの色気を放っていた。その熱情的な表情は一国を傾城させても決して不思議ではない。

 顔、身体、ポーズ。その全てが揃うと何が起こるか。


「ブゥゥゥゥゥゥッ!!」

「ダメだッ!鼻血の勢いでケンスケが後方3メートルくらい吹っ飛びやがった……!やはり、童貞には荷が重かったか……!!」


 つまり童貞は死ぬ。この一言に尽きる。見慣れない女性の肌は抜き身の刀であり、それが肉感的な美女であれば尚更だ。

 直視することさえ失礼だと感じた健介の男の行動は、ただ鼻血を出し、これ以上視界に入れないよう意識を飛ばすことだけだった。


「ケンスケ、お前の仇は俺がとってやる!ババァ覚悟しやがれぇ!!」


 ナギヨシはオウカに飛びかかる。まるで怪盗が美女の横たわるベッドに突撃する様な勢いだが、そこにいるのは美女ではない。カラカラに乾いた老婆だ。

 この身が朽ち果てようと、この先を生きる健全な少年たちのために今ここで魔王には退場願わなければならなかった。


「くらいやがれぇぇ!!」


 ナギヨシは手に持った大きく黒い布をオウカにかけた。

 魔王の姿は布に包まれ、見えなくなる。


「ちょっ!?ナギヨシ!アンタ何すんのさ!!」

「はっちゃけ過ぎだババァ……これ以上醜い姿を晒すと、PTAが黙っちゃくれねーぞ」

「そりゃまぁ悩殺ボディだから当たり前だけれど……」

「違うよ!?悩殺っていうか菩薩になっちまうんだよ!色を知る前に賢者モードになったら男はおしまいなんだよっ!!ほら、帰るぞ!!」


 ナギヨシは布に包まれながら暴れるオウカを抱え、出口に向かった。


「テンコ……口座に振込むの忘れんなよ。後、良い写真撮ってくれよな」

「……!!えぇ、任せてちょうだい!!ギャルパンブラティンで彼女たちの魅力をもっと引き出すわ!!」

 

 煩悩と羅刹を同時に味わいながらも、苦しい旅を終えた勇者の顔はどこか清々しいものがあった。

 その思いに応えるべく、テンコは恥じらいを捨て写真撮影に望むのだった。



 ⬛︎



 数週間後、岩戸屋に物主重工から荷物が届いた。それはソラ、ニィナ、そしてテンコが表紙を飾る雑誌であった。

 特集の組まれた袋とじを開くと、様々なポーズを写した3人が載っている。

 素人ながらも堂々とし立ち姿は、エロスの前に美しさを感じさせた。

 男であるナギヨシがそう思うということは、テンコの望女性像のイメージ戦略も上手くいったのだろう。


「……なんだよ。カッコイイじゃねぇか。まぁ、金もガッポリ入ったし、ソラとニィナには臨時ボーナスでも出そうかね。……ん、なんだこれ」


 ナギヨシが手に取った物。それは付録のブロマイドだった。おもむろに裏返すとそこに醜悪な老婆のセクシーポーズが写っていた。

 突然の精神攻撃。それを誤魔化す心のモザイクの準備など、ナギヨシは到底出来ていなかった。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!」

 

 この世のものとは思えない絶叫は、岩戸屋を大きく揺らし、澄み渡る青空に響きわたっていった。


 

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