第12話 格ゲー知識と一般教養の仕上がりは反比例する

 ニィナは扉をひしゃげながら、無理矢理電車から降りる。彼女の行動に、覚悟を決めたケンスケの顔もついでにひしゃげた。


「えぇぇぇぇ!?」

「ふぅ……存外硬いんだな。電車のドアって」

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!?何降りてきちゃってんの!?僕が決死の覚悟で乗せたのに何降りてきちゃってんの!?」


 ケンスケは対峙する緊張感など忘れ、熱烈な講義をした。それもそのはず、彼からすれば一世一代の格好をつけるチャンスだったのだ。

 男なら誰でも憧れるシチュエーション。それは女の子の為にその身を犠牲にしてでも守り抜くこと。

「勢い任せの無謀」とも言えるその行為はロマンティックの塊だ。

 けれどいつの時代もリアリストに邪魔をされてしまう。今回に限っては、現実リアルを超越した筋肉少女リアリストが、文字通りの力任せでロマンに割り込んんできたという稀有なケースなのだが。

 だとしても格好をつけた側はたまったもんじゃない。全身の体毛の片側だけ剃り落とし、俗世を捨て山に籠らねば生きていけぬほど、恥ずかしいのだ。


「ケンスケ格好つけすぎ。私が戻らなきゃ殺されてるから」


 あろう事かこの女は、1番触れては行けない場所をノータイムで逆撫でする。ケンスケは身の毛がよだつ気恥しさに、全身を掻き毟りたい衝動に駆られた。事実、現在進行形で発狂しながら身体を悶えさせ、掻き毟っている。


「ち、ちげーし!そんな格好つけたいとかじゃねーし!たまたま電車が来て、たまたま押したら、たまたま助けた形になっただけだしぃ?」

「あんな必死な顔して?」

「やめてぇぇぇ!?これ以上、僕の繊細な心を踏みにじらないでぇぇ!?」

「その気持ちは嬉しかった。ありがとう」


 ニィナは悶えるケンスケに感謝を述べ、オコイエに向き直った。


「短い別れだったようだね。だが、悲しいかな。感動の再開も短いようだ。私が君をこの手に収めるのだから」

「私は物じゃない。お前の策略のこともどうでもいい。私も戦う決心がついた。逃げることにも飽きたんだ」

「ロック族最強の私に歯向かうと?」

「同族同士が争うなら国際問題にもならない。ただの内輪もめだ」

「私としても有難い。追求される様な泥は今のうちに跳ね除けたいですから」


 オコイエが身構えた途端、空気が変わる。その場に居るだけで、彼の目の前から逃げ出したくなる様な威圧感が肌で分かった。

 身体が芯から凍りつくことがケンスケには分かった。


「僕……あんなのと戦おうとしてたの?」

「ようやく気付いたか鈍感ケンスケ。少し離れてろ。私が相手をする」


 ニィナも身構える。すると彼女からも威圧感が放たれた。

 目には見えないはずの互いの威圧感がぶつかり合い、まるで結界の様に2人を囲った。

 まるでその空間は格闘家が戦う神聖なリングだった。


「なんだこれ、近づけない……」

「前言撤回。ケンスケは感度がいい。これはロック族同士が互いの優劣を付ける時に行う儀式。1対1で己の肉体をぶつけ合う、所謂『タイマン』だ」


 オコイエは大きく拍手をし、高笑いをした。


「素晴らしい!!私と張り合える程の気を放つとは。そこのボンクラボーイに教えてあげよう。ロック族は互いが放つ気をぶつけ合い、他の者に干渉を禁ずる絶対領域を作り出す。そこで行われる行為にジャッジは不要。どちらかが負けを認めるか、死ぬか。シンプルかつ最も分かりやすい私好みの儀式だよ」

「そんな!?」

「ボンクラボーイ、君はニィナを守るんじゃない。ニィナに守られているんだ」


 始めに仕掛けたのはニィナだった。ケンスケとの会話に意識を割いたオコイエに強烈な前蹴りを放つ。

 彼は両腕で攻撃をガードする。しかし、 衝撃までは抑え切れず、その巨体は少しばかり後方に押し込まれた。


「おや?その技はルアでは無さそうですね」

「技術だけが戦いじゃない」


 ニィナは間髪入れずに距離を詰め、密着状況を作り出す。右腕による肘打ちをかますが、オコイエは左腕を使い綺麗に防ぐ。

 ニィナは肘打ちをガードされたことを気にせず、オコイエに瞬時に左フックを叩き込んだ。ルア特有の二度打ちである。

 オコイエも彼女の攻撃パターンを理解し、カウンターを狙う。その為の左片腕だけでの防御だったのだ。両腕を使い隙が生じた脇腹目掛け、右腕で強烈な一撃を与えようとする。

 だが不思議なことが起こった。

 ニィナの身体は目にも止まらぬスピードでオコイエの顎を蹴りあげた。それは予備動作など全く無く、コンピューターの様にのでは無いかと思うほどに瞬間的に起こっていた。


「がぁっ!?」


 掟破りの3発目をモロに食らったオコイエは思わず顔が歪む。ニィナがそれを見逃すわけでもなく、すぐさま宙に飛び上がり、体重と落下速度を乗せたかかと落としをくらわした。


「ま、まるで格闘ゲームのコンボだ……!!」


 ケンスケは思わず拳を握る。彼の言う通り、ニィナの攻撃は、後に生じる隙を無視し、更なる攻撃へと転換するものだった。

 その不可解かつ不可能な行動を可能にしているのは、ロック族の超人的な肉体だからこそだ。常人倍の筋肉密度を持つロック族はそのバネを使い、行動の隙を無視キャンセルし、連撃コンボを生み出す。

 つまり、連撃に割り込もうとしたオコイエが、ニィナの攻撃に当たってしまうのは必然だったのだ。


「入れ込み安定技の出し切り。キャラ対策出来てないんじゃない?」


 倒れ込むオコイエに、ニィナは無表情ながら得意気に言い放った。

 煽る為なら、起き攻めなど捨て置いて構わない。傲慢ささえ滲み出るその行為は、的確にオコイエの心理に怒りの種を撒き散らした。

 

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