第24話 真夜中の来訪者

 何かが変だ。

 

 そう感じたのはガノス内の同じギャラード商会が運営する店でザルフィンという人物の情報を集めている最中だった。


「ぞ、存じあげませんね」

「は、初めて聞きましたなぁ」

「い、いえ、知りません」


 誰もが知らない――というより、かかわりたくないといった反応を見せていた。


「さすがに情報不足だな。明日はもう少し脅しをかけてみるか」


 その日の夜。

 俺たち三人は商会関係者が用意してくれた宿屋で夜を過ごしていた。


 最初は俺と女性ふたりでの部屋分けにするつもりだったが、空き店舗の襲撃があったことから安全性を考慮して三人一緒の部屋で過ごすことになったのである。


 俺としては一向に構わないし、ルチーナは業務だからと割り切れる。


 だが、さすがに年頃の女の子であるコニーはまずいのではないかと言ったのだが、まさかの本人が「だ、大丈夫だから! 気にしないで! むしろラッ――じゃなくて、レーク様を信用しているから!」と了承。


 もしかして、「ラッキー」って言おうとしたのか?


 まあ、腐っても商会代表の子息である俺に紹介する宿屋だ。

この辺りでは一番豪華らしい。


教会育ちである彼女にとっては高級宿屋に泊まれてラッキーと思う気持ちも分からなくはないが、この場で口にするのはちょっとはしたなかったと反省しているというわけか。


「そろそろお休みになられますか?」

「そうだな。明日は朝市にも行きたいし」

「かしこまりました。それでは――っ!」


 ……さすがはルチーナ。

 気づいたらしいな。


 ドアの向こうに誰かがいることを。


「あれ? どうかしたの?」


 異変を察知してドアの方へと歩いていくルチーナへ暢気に声をかけるコニー。

 だが、彼女がスカートからバカデカいハンマーを取りだしたところでようやく何かが起きていると察知したらしく、魔力を上げていく。


 というか、あのハンマーはどうやってスカートの中に収納していたんだ?


 いろいろと気になる点はあるが、まずは目の前の存在に集中するか。


 しばらくすると、ドアをノックする音が室内に響き渡る。


「どちら様でしょう?」


 いつも通りの平坦な声で尋ねるルチーナ。

 しかし、表情から険しさが少しずつ消えていく。


 つまり――ドアの向こうに立つ人物に敵意はないと判断したらしい。


「夜分遅くに申し訳ありません。わたくし、ザルフィン様の使いの者です」

「ザルフィン?」


 そいつは確か、アルゼが気をつけろと言っていた人物の名前。

 他の者に聞いてもまったく情報を掴めなかったのだが、まさか向こうから接触を図ってくるとはな。


 俺はルチーナへドアを開けるよう目で合図を送る。

 敵意がないと察知していた彼女だが、それでも警戒を解かずゆっくりとドアを開けた。


 そこにいたのは小綺麗な格好の老紳士だった。


「本日はこちらをお届けにまいりました」


 老紳士はそう告げると、ルチーナに一枚の紙を渡す。


「これはなんだ?」

「ザルフィン様が主催するショーへの招待状でございます」

「ショーだと?」


 どういうつもりだ?

 大体、ヤツはなぜ俺がこの宿屋のこの部屋に宿泊していると知っている?


 ……大方、宿屋側とつながっているのだろうな。


 念のため、コニーの探知魔法でいろいろと調べさせてもらったが、特に変わった様子は見受けられなかったという。

 さらに今は結界魔法で部屋を覆っており、異常を感知したらすぐに分かる。


 これだけの警戒網を敷いても、未だに変化はないので少し安心していたのだが……純粋に俺をそのショーとやらに誘っているだけなのか?


 ――なんて、そんなはずがない。

 アルゼがわざわざ気をつけろと伝えてくれた相手だ。


 何か企みがあるからこそ、こんな夜に使者を送り込んでくるのだろう。


 とはいえ、ここで無下に突っ返すのも正しい判断とは思えなかった。


 ヤツが一体何を企てているのか、その全容を知りたい。

 

 恐らく、町の様子がおかしかったのはそのザルフィンというヤツが絡んでいるから。

 だとしたら、やはり確認せざるを得ないだろう。

 

「ちなみにそのショーとやらは何をするんだ?」

「それはお伝え出来ません。当日のお楽しみだとザルフィン様は申しておりまして」


 サプライズパーティーでもしようっていうのか?

 まあ、いいだろう。


「分かった。この招待状はしかと受け取ったぞ」

「では、私はこれにて失礼いたします」


 使いの男はそう言って部屋を出ていった。

 念のため、窓からヤツの行動を見張るが……宿屋の前にとめてあった馬車に乗り込み、そのまま走り去ってしまった。


 ……本当に招待状を届けに来ただけだったか。


「ふあぁ~……そろそろ寝ようよぉ、レーク様ぁ」


 気の抜けた大あくびをするコニー。 

 おかげでこちらの緊迫した空気も一変に緩んでしまった。


「そうだな。――って、何をしている、コニー」

「えっ? だってベッドはひとつしかないから、私とルチーナさんでレーク様を挟む形にしないと」

「いや、しないとって……」


 ベッドに横たわるコニーとルチーナ。

 ふたりの間には不自然に開けられた空間があるのだが……そこに入れというのか?


 正直、あのふたりに挟まれて安眠できる自信がない。

 

 そもそも、これは商会の連中がいらぬ気を遣った結果だった。


 これだけ広い部屋なのに、ベッドがひとつだけという不自然さ――冷静に考えたら、これはもう《そういう行為》をするための部屋ではないのか?


 確かにコニーとルチーナは優秀なスタッフであると同時に俺のハーレム要員でもある。


 ――だが、今はまだその時ではない。


 少なくとも、明日はザルフィンってヤツと対峙する可能性もある。

 余計な気を回していては取れる疲れも取れないというものだが……


「どうしたの、レーク様?」

「レーク様、明かりを消しますのでお早く」

「…………」

 

 上目遣いで迫るふたりに、俺の判断力は鈍らされていった。

 気がつけば、両腕をガッチリとふたりにホールドされた状態でベッドイン。


 良い匂い!

 柔らかい!


 やっぱり寝られないじゃないかああああああああああ!!!!!!!!!

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