10 王国の魔物学者

「本当なんだって! あの嬢ちゃんがよ、とんでもねえ魔物をこれまたとんでもねえ魔法で……」


「おいおい、夢でも見たんじゃねえのか?」


 冒険者組合に戻って来るやいなや、男は俺の武勇伝を建物内の冒険者たちに話し回っていた。

 だがその話を聞いた者の反応はどれも似たようなものだ。

 

 そんなこと、ありえるはずが無い。

 きっと夢や幻覚の類だろう。

 だいたいそんな感じで、まともに取り合ってはくれないようだった。


 それもそうだろう。

 俺は冒険者登録をしたばかりのひよっこ。冒険者としての格を示すランクも一番下のアイアンだ。


 ゲームでもあったこのランクだが、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤの順で上がって行く。

 その一番下のひよっこ冒険者がそんなとんでもない魔法を使ってネームドボスを倒したなど、信じる者がいるはずもないのだ。


「な、なあ嬢ちゃんも何か言ってくれよ!」


「……(無言のままニコニコ笑う)」


「じょ、嬢ちゃん……!!」


 彼には悪いが、このまま笑い話のように霧散してくれるのならそれに越したことは無い。

 悪目立ちを防ぐためにも、彼にはスケープゴートになってもらおう。


「そもそもよぉ、そんな魔物なんか聞いたことも見たこともねえよ」


「その通りだぜ。きっと幻惑魔法にでもかかってたんだろ?」


「いや、確かにあんな化け物を見たことは無いが……」


「……すみません。その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」


 このまま行けば全部うまく行くだろうと……そう思っていた矢先のことだ。

 明らかに他の冒険者とは違う様子で彼に話しかける者がいた。


「あんたは……?」


「申し遅れました。僕はアーロンと言う者です」


「その見た目、魔物学者か。それも王国の……」


 男はアーロンと名乗った彼の姿を見るなり、彼がどういった存在なのかを瞬時に見抜いたようだった。


「ええ。実は少し前からこの辺りに非常に強力な魔物が現れるようになったと言う情報を掴みまして」


「やはり、そうなのか!?」


「うわっ!?」


 男はアーロンのすぐ近くにまで詰め寄って叫んだ。 

 その気迫にアーロンは押されている。

 こういった事にはあまり慣れていないのかもしれないな。


「は、はい……その魔物の名は狼王ボルグ。その名の通り狼型の魔物なのですが……」


「やはりそうだ! そこの嬢ちゃんが倒したのはその魔物でちげえねえぜ!」


「……え?」


 男は歓喜に満ちた声で叫びながら俺を指差した。 

 頼むからやめてくれ、余計な面倒事を押し付けるのは……!


「貴方が……?」


 アーロンは俺の姿を見て、訝し気な表情を浮かべていた。

 そうそう、その反応で良いんだ。こんなひ弱そうな女なんかがそんなとんでもない化け物を倒せる訳がないだろう?


「にわかには信じがたいのですが……今は少しでも情報が欲しいのです。お願いします。そのお話、聞かせてはいただけないでしょうか」


「……」


 真摯な目だ。それに何か事情を抱えていそうでもある。

 ……ああ、そうだ。そうだな。ここまでされちゃ断れないよ。


「……お力になれるかはわかりませんが、出来る範囲でお答えしますよ」


「あ、ありがとうございます!!」


 はぁ……俺は、損な性格なのかもしれないな。




 あれから少しして、彼と情報交換を行った結果わかったことがある。

 まず、ネームドボスであるアイツが何故こんな辺鄙な村周辺なんかにいたのか。


 どうやらどっかの馬鹿貴族が実力を試すためだとか言って召喚してしまったらしい。

 んで、無様に敗北したうえに逃げられてしまったと。

 その後、あとを追って何度も討伐隊を出したりしたものの、結局今に至るまで討伐することも拘束することも出来なかったとな。


 さらに厄介なことに、その貴族は金と権力だけはあるみたいだ。

 失態をもみ消しただけでは終わらず、全ての後始末を王国の騎士団や魔物学者たちに押し付けたということだそうで……。


「それは、大変でしたね」


 彼の話を聞いた俺は、無意識にその言葉を彼へと伝えていたのだった。

 板挟みの立ち位置で諸々の後始末をしなければいけないだなんて、正直他人事とは思えなかったのだ。


「お気遣いありがとうございます。それで、疑う訳では無いのですが……貴方があの狼王を討伐したと言うのは事実なんですね?」


「……はい」


 ここまで来たらもう引き返せない。ええいままよ、行くところまで行ってしまえ。


「まだ完全に信用することはできませんが、きっと嘘をついている訳では無いのでしょう」


「どうして、そう思うんです?」


 自分で言うのはあれだが、俺が功績を横取りしたい偽物である可能性だってあるんだぞ。

 そんな簡単に信じてしまっていいものなのだろうか?


「貴方から満ち溢れるその自信と魔力は、決して嘘ではないのでしょう。それは容易に騙ることの出来ないものですから」


「……」


 そう言われればそうだ。

 狼王を倒してからと言うもの、魔物への恐怖と言ったものが奇麗さっぱり消えている。

 それどころかステラとしての強さが身に染みてわかったからこそ、確固たる自信に繋がってすらいるような……気もする。


 あと気になるのは魔力か。

 MPやINT値とは何か違うのだろうか?


「すみません、その……魔力と言うのは?」


「ああ、そうでしたね。申し訳ありません。僕は鑑定スキルを持っているので、相手の持つ魔力量が何となくわかるのです。勝手に見てしまい気分を害されたのなら謝ります」


「いえいえ、そんな事は思っていませんよ。鑑定スキルをお持ちの方に出会うのは初めてでしたので」


「それならば良かったです」


 無論、鑑定スキル持ちに会ったことが無いというのは嘘だ。

 ゲーム内ではこれでもかと言う程に出会っている。


 だが、魔力と鑑定スキル……か。

 ゲーム内における鑑定スキルにそんなものを見る効果は無かった。

 だとすると、この世界ならではの追加効果と言ったところか?


「それでなのですが……是非、共に王国に来てはいただけないでしょうか!」


「王国に……ですか?」


 ここで言っている王国と言うのは恐らくエルトリア王国の事だろう。

 アヴァロンヘイムの南東辺りに位置する王国で、アヴァロンヘイム内でも指折りの大都市だったはずだ。

 だが狼王は既に倒している。一体何故俺を王国に……?


「決して無理強いはいたしません。どうか、ご検討の程を」


「理由をお聞きしても?」


「はい、実は……」


 あまり周りに聞かれたくないことなのか、アーロンは耳打ちで俺に情報を伝えた。


 彼いわく、今王国は秘密裏にとある儀式を行っているらしい。

 それは「勇者召喚」と言われているもののようで、異世界から勇者を呼び出すものなのだと言う。

 正直気になりすぎる。異世界からの召喚と言えば、まさに俺の今の状況に近いどころの騒ぎではないからな。

 彼と一緒に王国に行けば、俺がネワオンの世界に来た理由もわかるかもしれない。


「……わかりました。同行しましょう」


「ありがとうございます! では明日の朝一番にお迎えに上がりますね」


 こうして俺は、彼と共にエルトリア王国へと向かうこととなった。

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