MMOやり込みおっさん、異世界に転移したらハイエルフの美少女になっていたので心機一転、第二の人生を謳歌するようです。

遠野紫

出会いの章『異世界アヴァロンヘイム』

1 プロローグ

『ガタン……ゴトン……』


 電車に揺られながら、俺はスマホの画面を食い入るように見ていた。

 今日もまた、いつも通りの日々が始まる。そう思っていたのに……残念ながら、違うようだった。

 

「嘘だろ……?」


 そんな言葉が思わず口から漏れ出ていた。

 それも他にも乗客がいる中で……だ。迷惑極まりないことだろう。

 だが仕方が無い。そもそも今の声が自分のものであること自体、少しするまで気付けなかったのだから。


 何故そうなってしまったのか? 

 理由は簡単だ。


「サービス終了……だって?」


 そう、またもや口から出ていたその言葉が答えなのだ。

 

 俺にはかれこれ十年程はプレイし続けているスマホゲームがある。

 名を『ネオ・ワールド・オンライン』……通称ネワオンと言うのだが、このゲームは紛れもなく神ゲーと言えるものであった。


 その魅力は何と言っても圧倒的なボリュームにある。

 まずは職業だ。オンラインゲームにはありがちな職業システムをこのゲームも例に漏れず搭載していた。

 だがその種類がとにかくとてつもない量であった。戦闘系だけではなく制作系が充実しているのはもちろんのこと、中には他のゲームではまず見ないようなヘンテコなものも揃っていたのだ。


 そしてそうなって来れば当然スキルだとかアイテムだとか、そう言ったものも爆発的に増えることになる。

 そこに焦点を当てたプレイヤーは専門ギルドをゲーム内外問わず作り上げ、いつの間にか小国程度の経済がそこには出来上がっていた。

 

 傭兵ギルドや鍛冶ギルド、中にはパティシエギルドやフォトグラファーギルドなど他では中々見ないようなギルドすらもこのゲームでは見受けられた。

 その影響で人はどんどん集まり、ゲームの規模も際限なく大きくなっていく。

 

 ……はずだった。

 そう、結局はサ終を迎えてしまったのである。


 いつまでも規模が拡大し続けていき、永遠にサービスが続くなど、実際はそんなことありえない……それはどこかでわかっていた。

 どれだけ盛り上がったところで、終わりはいつか来るものだ。

 

 そしてそれはこのゲームも例外ではなかった。

 ただそれだけのことなのだ。


 ……だがそれを受け入れられる程、俺の精神に余裕は無かった。


――――――


 あれからどれだけ経っただろう。

 仕事が終わり、家へと帰った俺は風呂に入ることも出来ずにただただベッドの上に倒れ込んだ。

 予想以上にネワオンのサ終が響いているらしく、今の俺の精神はボロボロのボロ雑巾のようであった。

 そのせいか仕事にも身が入らなかった気がする。

 

 ……それもそうさ。

 どれだけこのゲームをやり込んできたことか。

 PVPもPVEも、ランキング上位になったのは一度や二度じゃない。

 それに戦闘系だけじゃなく制作系だってかなりやりこんだんだ。

 

 このゲームは俺の人生の要とすら言えた。

 現実なんて退屈で、何の面白みも無い。だがこのゲームでは違うんだ。

 俺は最強の冒険者で、最強の鍛冶師で、あらゆることが新鮮で、特別で、心の底から楽しかった。


 ネワオンが無い世界に価値なんてない。

 むしろ、時間も金も、恐ろしいくらいに注ぎ込んでいるんだ。もうネワオンの方が俺にとっての現実と言ってもよくないか?

 

「……」


 そう言う訳にもいかないことは分かっている。

 だが、そう言ってもいいくらいに俺はネワオンのことが好きなんだ。


「はぁ……」


 ため息をついた後、無言のままスマホを開きネワオンを起動する。


 今日がその日だった。

 ネワオンが正式にサービスを終了する日……今日の0時0分に、ネワオンが本当に終わってしまう。


「……まだあと1時間くらいあるな」


 その時まではまだ少し時間があった。

 ネワオンの最後はログインしたまま迎えたいから、今はただゆっくりとその時を待つとしよう。

 流石に今から何かしらのコンテンツをプレイしようものなら変なタイミングで終わりを迎えてしまいそうだ。


「……」


 時が経つのはゆっくりなようで、実際は早い。

 フレンドに会いにいったり世話になったギルドの面々に会いに行っていたら、気付けばもうあと五分ほどにまで迫っていた。


「本当に終わってしまうんだ……俺の、俺たちのネワオンが」


 無意識の内に涙を流していたらしく、頬を伝って落ちた涙がシーツを濡らしていた。

 成人男性がこれほど情けなく泣くなんて一大事だが、今はまさにその一大事なのだから仕方がない。


「……」


 あと数秒。たったあと数秒で、俺たちの世界は終わりを迎える。


「ぁ……?」


 その寸前で、突然視界が歪んだ。 

 同時にやってきたのは意識が遠くなっていく感覚。


「だ、めだ……最後を、見届けない……と」


 過労か?

 それともサ終によるショック?


 いや、そんなの今はどうだっていい!

 このままじゃネワオンの最後を見届けられなくなってしまう。そんなのは絶対に……いや……だ。


――――――


 ……と、それが残っている俺の最後の記憶だ。

 なんでそんな妙な物言いをするのかって?


 そりゃねぇ……来てしまったからだよ、ネワオンの世界に。

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