第71話:デート・ア・王都
その後ルーグに謝り倒して何とか赦してもらい、俺は運動着に着替えて朝の鍛錬へと向かった。アリッサさんは相変わらず俺よりも先に来て、惚れ惚れするような滑らかで美しい所作で剣を振っている。
「おはようございます、アリッサさん……」
「おはようッス、ヒュー少年。今日はなんだか元気がないッスねぇ。何かあったんスか?」
「いやまあ、色々と失敗が重なってしまって」
詳細を話せば弄り倒されるのが目に見えているからこれ以上の事はアリッサさんには言えない。だけどアリッサさんは「ふぅーん、なるほどなるほど」と頷いてニヤリと口角を上げる。
「さてはお漏らしッスね!」
「違うわっ!」
「そう恥ずかしがらなくてもいいッスよぉ。戦闘中はトイレに行く余裕なんてないからみんな垂れ流しッスから」
「その情報別に知りたくなかったんですが……」
冗談で揶揄われたのかと思いきや、その後もアリッサさんから訂正が入る事はなく。
「レクティちゃんからの返事を聞かせて貰えるッスかね?」
真面目な顔をして尋ねられる。冗談じゃなかったのか……。
「レクティの協力は得ました。本人も『自分に出来る事があるのなら』と前向きです」
「了解ッス。ちなみにこの事、ルクレティア様にはもう伝えたんスか?」
「あー……。いや、色々あってまだ……」
帰った頃にはルーグは眠っていたし、朝はドタバタしてそれどころじゃなかった。
ルーカス王子からは国王陛下の病状について、ルクレティアに伝えるか伝えないかは任せると言われている。任されても困るのだが……。
『あの子に伝えたら父上に会いたがるだろうからね。兄上たちと顔を合わせるのはリスクも高いけど、レクティ嬢の友人のルーグとしてなら連れて来てもいいよ。それはそれで、ルクレティアとルーグが別人だとアピールするいい機会になる』
もちろん何事もなければだけど……、とじゃっかん不安そうなルーカス王子だった。
「正直、自分としては言わない方が良いと思うッスよ。そりゃ親の死に目に会えないかもしれないのは、可哀想ッスけど……。あまりにリスクが高すぎるッスからね……」
レクティが国王陛下を治療する場面には、おそらくルーカス王子だけじゃなく他の王子たちも同席するだろう。スレイ殿下やブルート殿下の前で、ルクレティアがルーグを演じきれるのかと考えると、アリッサさんが言うように不安ではある。
だけど……。
思い出すのは、前世の後悔だ。もし国王陛下がこのまま亡くなってしまったら、前世の自分と同じ後悔をルクレティアに背負わせてしまう。彼女の事情を考えれば、アリッサさんの言う通り伝えない方が良いのかもしれないが……。
「ギリギリまで、悩んでも良いですか……?」
「14時には馬車で迎えに来るッスから、その時までにどうするか決めておくッスよ」
「了解です」
アリッサさんはこの後いつも通りに鍛錬と称して俺をボコボコにし、レクティの返事をルーカス王子へ届けるため王城へ戻って行った。今日くらい少しは手を抜いてくれてもいいだろ……。
痛む体を引きずって寮へ戻る。アリッサさんとの鍛錬を始めてそろそろ三週間になるが、未だに強くなれた自覚はない。最近は何とか打ち合える回数も増えて来たけれど、まだ一度もアリッサさんに木剣を当てられていないんだよなぁ……。
運動神経はあると思う。剣の才能が無いんだろうか……。
「ただいま」
「おかえりなさい、ヒュー!」
部屋で俺を待ち構えていたルーグは、上機嫌に満面の笑みを浮かべていた。既にパジャマから制服に着替え、外へ出る準備は万端整っているようだ。……よかった、さっきの事はもう水に流してくれたらしい。
「先にシャワーだけ浴びさせてくれ」
ともすればすぐに部屋から飛び出して行きそうなルーグに断りを入れ、シャワーで汗と汚れを洗い流す。
相変わらずボコボコにはされるものの、最近は受け身が上手くなったのか血がだらだら流れるような傷は少なくなった。今日くらいの怪我ならレクティの治療を受けなくても大丈夫そうだ。
制服に着替えなおし、ルーグと共に部屋を出る。朝食は学食で摂ってから王都の散策へ出かけることにした。
「えーっ!? お昼までしかデート出来ないの!?」
「しーっ! だからデートじゃないって言ってるだろ」
学食で大きな声でデートなんて叫ぶルーグに、何事かと周囲の視線が集まる。鍛錬の邪魔になるからスキルは〈忍者〉から〈発火〉に切り替えてあるのだが、それでも俺の耳には周囲の声が届いて来る。
『やっぱりあの二人ってそういう……』
『男同士でそれってありなのか……!?』
『馬鹿、男同士だからいいんでしょ!』
『あいつ男も女も侍らせて節操ないな……!』
『この恨み嫉み、クラス対抗戦で晴らしてやるぜ……!』
なんかとんでもない誤解が広がってるんだが……! いや、誤解でもないか? というか誤解されたままの方がいいのか? 事情がややこしすぎて頭がこんがらがりそうだ。
「すまん、ルーグ。ルーカス王子の頼みで、どうしても外せないんだ」
「そんなぁ……。今日はずっとヒューを独り占めできると思ってたのになぁ……」
「先に言っておけばよかったな、ごめん」
「ううん。ルーに……ルーカス王子の命令なら仕方がないよ。ヒューが王子と仲良くしてくれるのは、ボクとしても嬉しいし……」
けどルー兄様のバカ、とルーグは恨めしそうに呟く。もうちょっと声のボリュームを落としてくれると冷や冷やしなくて助かるんだが……。学食でこの会話は拙かったな……。
手早く朝食を済ませ、俺たちはそのまま門の所に居る衛兵から外出許可を得て王都へと繰り出した。
とりあえず学園の外へ出たものの、これと言って目的地があるわけじゃない。この前みたいに歩いているだけでも楽しそうだが、いちおうルーグにどこか行ってみたい場所はあるかと聞いてみた。
「えっ? うーん、そうだなぁ」
ルーグはぐるりと周囲を見渡して「あっ!」と声を上げた。
「あそこっ、あそこ行ってみたい!」
そう言ってルーグが指さすのは、建物の合間から聳え立つ白亜の尖塔。
王都にある神授教の大聖堂だった。
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