第3話:初めての洗脳
父上と共に馬車で屋敷に戻ってすぐ、俺は自室に引きこもった。
とりあえず今は父上や母上と会わない方が良い。話題が俺の授かったスキルになるのはまず間違いないし、変なことを口走ってボロを出してしまう可能性が極めて高い。
俺が〈洗脳〉のスキルを授かった事は何としても秘密にしなければ。
……だからこそ、俺は知らなければならない。
スキル〈洗脳〉がいったいどのような力を持っているのかを。
「坊ちゃま、御加減はいかがでしょう」
控えめな三度のノックと共に、扉の向こうから声が聞こえて来る。
……丁度いい。〈洗脳〉スキルを試すには絶好の相手だ。
「入ってくれ」
俺が促すと、ゆっくりと扉が開いて声の主が部屋の中へ足を踏み入れる。
「お飲み物をお持ちしました、坊ちゃま」
「ありがとう、セルバス」
恭しく一礼したのは、プノシス家に祖父の代から勤めてくれている執事のセルバスだ。先日誕生日を迎え、御年58歳。この世界では比較的長寿の域に入る老齢男性。初めての洗脳相手としては申し分ないだろう。
我がプノシス家は辺境のド田舎貧乏貴族。若くて可愛いメイドを雇う金銭的余裕なんてないのだ。残念だったなぁ、俺!
「セルバス、少し話に付き合ってくれないか?」
「何なりと。この老骨で良ければ喜んで」
セルバスは水の入ったピッチャーをテーブルに置き、俺が座っていたソファの対面に腰掛ける。
「坊ちゃま、それで話とは?」
「それなんだが……、スキル〈洗脳〉」
セルバスと目があった瞬間を見計らってスキルを発動する。
……なるほど、スキルの発動はこんな感じなのか。
よくよく見ればセルバスの頭上に〈洗脳中〉という文字が浮かんでいた。これはおそらくスキル発動中の俺にしか見えない文字だろう。
「不意打ちをしたみたいで悪いな、セルバス。いちおう確認なんだが、お前は今、洗脳状態か?」
「はい。私は今、洗脳状態です」
セルバスは感情の乗らない無機質な声音で返事をする。演技をしている様子や俺をからかっている気配はない。
「お前は俺のどんな命令でも聞くのか?」
「はい。ヒュー様のどのような命令でも実行いたします」
「立ち上がって三回回ってワンと鳴け」
セルバスはソファから立ち上がるとその場でくるくるくると三回右に回って、
「ワンっ!」
と鳴いた。
…………俺はジジイに何をやらせているんだ?
「座っていいぞ、セルバス……」
見るに堪えない光景を見せられて気分が落ち込んだ。命令はもう少し慎重に選んだ方が良さそうだ。
とは言え、〈洗脳〉スキルの力はどうやら本物らしい。セルバスが正気なら俺の馬鹿みたいな命令に従ったとは考えづらい。仮に命令通りにしたとしても、躊躇いや恥じらいを隠せないだろう。
今のセルバスからはそれらを感じない。たとえどんな命令でも、それこそ自害しろと言っても躊躇なく実行しそうだ。
……怖いな。
思わず口元を手で覆う。万が一にも〈洗脳〉のスキルが暴発したらどんな事故が起こるかわからない。今、俺はセルバスの命を握っているも同然なのだ。
つくづく厄介なスキルを授かったもんだ、まったく……。
「セルバス。俺たちは今、父上の若い頃の話をしていた。いいな?」
「はい。私はヒュー様と旦那様の若い頃の話をしていました」
「よし、洗脳解除。――ありがとう、セルバス。有意義な時間だったよ」
「いえいえ。旦那様の若い頃のお話でしたらいつでも話して差し上げますよ。今度は奥様を交えても面白いかもしれません」
「それはいいな。またよろしく頼む」
「はい。それでは坊ちゃま、失礼いたします」
セルバスはソファから立ち上がって一礼すると部屋から出て行った。特に違和感や疑問を覚えた様子は見受けられなかったな……。父上の昔話をしていた事にしたのが功を奏したのかもしれない。
やっぱりとんでもないな、洗脳スキル。セルバスの反応を見るに、その効力は絶対服従と言っても過言じゃない。エロ同人でよく見る女の子を好き勝手に弄べてしまう奴だ。これさえあればどんな子も意のまま思いのまま。
……まあ、身近に美人で可愛い女の子なんて居ないんだが。
しいて言えば、母上は息子の俺から見ても飛び切りの美人だ。アラフォーなのにぜんぜん二十代で通用する。前世なら美魔女なんて呼ばれていただろう。
ただ、さすがに実母を洗脳してエロい事をしようなんて思うほど俺の性癖は倒錯しちゃいないし気も狂ってない。
鏡の前に立って自分の容姿を確認する。
母上から受け継いだ黒色の髪と整った顔立ち。体型は段々と父上に似てがっしりしてきた。背もまだまだ伸びるだろう。
前世とは比べ物にならないほど恵まれた容姿。そして辺境のド田舎貧乏貴族とは言え男爵家の跡取り息子という地位。選り取り見取りとまではいかずとも、嫁探しに苦労する事はない。
……うん、洗脳スキル要らないよね!?
前世の根暗社畜童貞だった俺なら洗脳スキルで好き放題したかもしれない。だけど今の俺は容姿にも地位にも恵まれている。
心の余裕がある。
洗脳スキルなんて爆弾、持っているだけで損しかないのだ。
何とかしてスキルを隠し通す方法を考えないと……。思案するものの、いいアイデアなんて早々浮かんでこない。そうこうしている内に夕食の時間になった。
スキルバレ防止のために父上や母上とあまり顔を合わせたくないが、食事の場に顔を見せないのは逆に怪しまれてしまう。
とにかく不審に思われないのが重要だ。
平然を装って食堂に入り、食卓に着いた俺を見て上座の父上が言う。
「ヒュー。明日、王都へ出立だ。王立学園の入学試験を受けなさい」
「…………………………はい?」
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