第2話 ママが用意してくれたお家

 元飼い猫のナツは草原に立っていた。


「ミャーは知ってる。ここは原っぱっていうにゃ」


 うんうんと頭を振ってから、目の前の家を見る。


「これがミャーの家!お庭が広い一軒家ってやつにゃね?」

 家は木造の可愛らしいデザインの大きなだった。

 ナツは走り出そうとして気がつく。二本足で立っていたことに。


「ネコマタって人間みたいに歩くにゃ?」


 ナツは「まぁ良いか」とそのまま走って行くことにした。


 門を開けて進むと、可愛らしい花壇と奥には畑、洗濯干し、木に二人乗りブランコ、お外でご飯の時のテーブルセットといろいろ揃っている。


「ミャーのお家にゃ!!」

 ナツは興奮を抑えきれずに扉をバァンと開く。


「お帰りなさいませ」

「誰だにゃ?」

「このお家の管理とナツさまのお世話を仰せつかまっております、シルキーにございます」


 玄関でメイド姿の妖精が出迎えた。


「ミャーのお世話!これはありがとうと言う時にゃんだな」

「お使えする者に礼はいりません」

「ママが誰かに何かしてもらったらありがとうって言うのが気持ちいいと言ってたにゃよ」


 シルキーはナツの純粋さに嬉しさ、楽しみ、少しの心配が心に生まれた。


「ナツさま、お家の中を確認なさいませ」

「にゃ!ミャーのお家」

 ナツは一階のキッチン、お風呂、トイレ、ご飯の棚をチェックする。


「ミャーのご飯!!カリカリもウェッティもささみもあるにゃ。ニャールとニャルカン、ニャンプチ!!またたびもにゃ!」

 ご飯はずっと補充されるのだと言うから神様はすごいとナツは思った。


 居間には暖炉があって、壁にはキャットウォークや壁掛けの猫ベット、家具にはキャットタワーや猫ちぐらがある。


「ママがミャーに買ってくれたベッドにゃ」


 ナツのためにいろいろ買っては「なぜ使わないの?」とガッカリされたり、「これは?可愛いでしょ?」と自信満々に並べてくれた思い出が蘇る。


「ミャーは使うよ!ママ!」

 ナツは猫ちぐらに入ろうと背を丸めて突進した。


「????」


 神様が用意したものは普通の猫サイズだった。今のナツにはかなり小さい。


「ナツさま。ナツさまは以前のお身体よりかなり大きくなっておられます」

 シルキーがナツの前に姿見を用意してくれた。


「ミ"ギャーーーーー!!!」

 ナツは得体の知れない見たことのない姿にビックリして毛を逆立てて威嚇した。


「!!??」


 なぜか目の前の生き物は自分の動きをトレースしているのをナツは理解出来なくて、鏡に手を出してみる。

 鏡向こうの生き物も手を出してお互いの手がくっ付いた。


 ナツは感じたことのない不気味さに思わず身震いしたけど、ふとママを思い出す。


「ナツー、可愛い可愛い!ほら見て~、ママとナツー!」

 ママはニコニコとミャー両手を持って「にゃんにゃん♪」と鏡にナツの手をくっ付けて喜んでいた。


「・・・あの時ママが抱っこしてたのはミャーで鏡に映っていたのがミャーとママ・・・」


 ナツは鏡に手をつけたまま、首を傾げる。同じように動く鏡向こうの誰か。


「・・・ミャー?これはミャーにゃのか?」

「そうですよ」

 シルキーがナツの隣に立つと鏡の向こうにシルキーが映る。


「ナツさまはケット・シーですので人間の子供ほどの背丈で二本の足で立っておられますこのお姿になられました」

「ミャーはネコマタにゃ!」


 ナツは自分の姿をマジマジと鏡で確認する。


 ママが大好きなハチワレでオッドアイ。毛皮もふわふわさらさら、お腹もぽっこりでママが大好きなもっふり感なのを確認。

 神様がくれたバッグにブーツにフード付きハーフマントはママが知らないものだけど、これならママが見てもナツだってわかるだろうと安心した。


 尻尾も二本。ママが言ってたネコマタの特徴だ。ナツは自分がちゃんと「ネコマタ」になれたと嬉しくなった。


「あちらの家具などはナツさまの使用できるサイズに変更されますか?」


 シルキーの言葉にナツは少し考える。

 このサイズ用で壁やキャットタワーを置くと邪魔そうだし、壁を歩いたり、猫ちぐらやキャットタワーで遊んだら天井に頭をブツけそうだと思った。


「ミャーはママみたいに大きなベッドで寝るにゃ」

「それがよろしいかと」


 二階は寝室と客室が三部屋、一部屋は日光浴ができる大窓の娯楽室になっている。


 ナツが寝室に入ると、ママと過ごしたあのお家のいつもいた部屋のような作りで、ママのショールと膝掛け、クッション、電気ケトルなどが置いてあった。

 壁にはママとナツが一緒に写った写真が並ぶ。


「お猫さまは環境が変わるとよろしくないと神様がナツさまのために用意してくださったのです」


 ナツはママの膝掛けの上に寝転んだ。

 ママの匂いはしないけれど、ママのお膝に抱かれた日々を思い起こす。


「うにゃん。ぅう・・・ママ・・・」


 ナツはしばらく動かなかった。

 あれだけ可愛がってくれたママと離れ離れで、もうママの香りもママの声も温かいぬくもりも全部が幻になってしまった。


「ママ、ミャーはいい子にするよ。ママがしてくれたことをミャーみたいな目に遭ってる子いたら助けるよ。ミャーは頑張るんだにゃ」


 ナツが下に降りていくとシルキーがご飯を用意してくれた。

 そして一人お客さん?

 テーブルについてシルキーが話し込んでた。


「ナツさま、お加減はいかがですか?」

「だいじょぶ」

 シルキーがミャーの席の案内してくれた。


「ナツさま、こちらの方は神様の依頼で、ナツさまがこの国、この街に暮らして行くためのお勉強などをお手伝いしてくれる冒険者のシェルスさまです」


 ナツは目の前のとても美しい人間に驚いた。耳が長い人間は初めてみたけど、ママが好きな映画にそんな人間がいたかもと思い出した。


「僕はルシェエリュス・アルス・ジェルサリューンと言います。長いので普段はシェルスと名乗っています」

 シェルスは銀の髪をキラキラ揺らしながら挨拶をした。

「ミャーはニャツ!ネコマタだにゃ!」

「ニャッツ?さてネコマタとは?」

 

「ニャッツじゃない!!ニャッツにゃ!!」

「ニャッツ?」

 ナツは一生懸命名乗ったけれどシェルスにはニャッツとしか聞き取れない。ナツは「ナ」の発音が苦手だった。

 

 シルキーが「ナツさまです」とシェルスに教えると少し考えてから、

「ナツは言いにくいようですからナッツと名乗るにはどうですか?」

と提案した。

「ミャーはママの付けてくれたニャツがいいにゃ!」

 本猫は必死だけど、どうしても「ナツ」が言えない。


「ニャッツ・・・ニァチュ・・・?ナッチュ、ぅぅぅ」

 ナツはとても悔しいけど、少し思い出した。

 ピッピちゃんママがナツに会いにきては、

「ナッツゥウ!!なっちゃぁん!ナチュナチューー」

などと言っていたことを。


「んんーにゃ、ナッツ、ナッツだと言えるにゃ」

 「ナ」はダメだけど「ナッ」は何とか言える気がした。


「ママが呼んでくれた名前はママだけ、ならいいかにゃ」

「あら?私もナッツさまと呼ぶべきですか?」

「シルキーはナッチュでいいにゃ」

 早速噛んで、ナツはちょっぴり凹んだ。


「うふふ、ナッツさまにしておきましょう。お可愛らしいので良いと思いますよ」

 生まれ変わったので心機一転ですねってシルキーはナツ改めナッツを慰めた。



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