第6話 赤髪の男

※ あけましておめでとうございます。新年 初投稿です。



赤髪の男子は悪びれる様子もなく彼女にそう言った。背は170センチ前半で体つきは細い。だが華奢な印象はまるでなくダラけて崩れた雰囲気の中にもギラリとした精気がにじみ出ていた。特にその眼は異様であった。大きく見開いた白眼に小さな虹彩を埋め込んだような四白眼しはくがんの眼は視る者にゾッとする剣呑さを感じさせるものだった。



「お詫びにさ、今から喫茶店カフェにでも行かない? 美味しいスウィーツとドリンクを奢るからさ。 ちょっとお話ししようよ。ネ、いいでしょ?」



初見の女子のスカートを平気で捲り上げて下着を覗き見る様な奴にスウィーツを奢ってもらう女の子がどこにいるのよ! と心の中で悪態をつきながら真鈴は首を横に振って言った。



「あたし 人を待ってるの! もういいからどっかに行って頂戴!」


「エ~~ そんなこと言わずにさ~。 いいじゃん、ちょっとぐらい。行こうぜ、お茶しにさぁ~。 」



赤髪男子が周りの四人に目くばせすると彼らは真鈴を囲むように半円状態に並んで近づいて来た。彼女を逃がさないように動いているのは明らかだった。このままでは逃げられなくなる! 焦った真鈴の脳裡に浮かんだのは巨狼ゴロウの顔だった。

店の中には彼がいる、彼ならコイツラを追い払ってくれるはず! 元を正せばこんなことになった原因は真神君にあるんだから・・・・


巨狼ゴロウが聞いたら呆れそうな一方的で理不尽な論理だがそう考えた彼女は地面をダンと蹴って五人組の円陣の端を間一髪すり抜けると再び書店の中へと飛び込んだ。円陣の端にいた奴が慌てて手を伸ばしたが間に合わなかった。白兎尾という名前の通り逃げる兎のような素早い動きだった。

店の中に入った真鈴は奥に向けて走った。走りながら巨狼ゴロウを捜して店の中に眼を配る。彼は見つからない。立ち止まってキョロキョロしていると入口の方から声が聞こえて来た。



「逃げなくてもいいじゃん。俺達と遊ぼうぜ。」



さっきの赤髪男子が彼女の後を追って店の中に入って来ていた。真鈴はぞっとした。執拗な男だと思った。構わずそのまま店の奥に向かって進んだ。随分と奥行きのある店で通路はまだ続いていた。奥になると棚の中の本や雑誌は消えて代わりにバイブレーター、ディルドー、オナホール、ローターと言った性具、所謂アダルトグッズがズラリと並んでいた。


おぞましい物を見る気持ちでそれらの並ぶ棚の横を駆け抜けると裏の出口に行き着いた。錆びかけた黒い鉄製のドアを押し開けるとそこには表玄関に面した仕舞屋しもたや横丁とほぼ同じくらいの路地通りがあった。白粉おしろい横丁という立て看板が裏口のすぐそばに置かれている。それを見た彼女は【 谷口書店 】が表口の仕舞屋しもたや横丁から入ってそのまま裏口の白粉おしろい横丁へ抜けることの出来る造りになっているという事を知った。



『何よ、これ・・・真神君はここからとっくに何処かへ行っちゃってたってこと?

 エッ、ひょっとしてあたしの尾行に気付いていた? それであたしを撒くためにこのエッチな本屋に入ったってわけ? まさか・・そんなことないよね・・・・』



ひょっとしなくてもその通りなのだが真鈴にはまだそれが呑み込めていなかった。しかしそれは置いといてとにかく今は身を隠さなくてはならない。裏口から出た彼女は左に曲がって走り出だそうとしたが数歩も行かぬうちに立ち止まった。十メートル程先から先程の五人組の男子が二名、枝道から通りへ飛び出しこちらに歩いて来るのが見えたからだ。そこで今度は逆方向に向きを変えて走り出したが同じ事だった。そちらからも二名の男子がこちらに向かって歩いて来ていた。


仕舞屋しもたや横丁から白粉おしろい横丁へ抜ける路地は他にもいくつかあるのだろう。彼らはこの辺りの道筋を知り尽くしているらしかった。そして最後に後ろからはあの赤髪の男子生徒が書店の裏口のドアを開けて出てきた。



「おぉっと! イチゴパンツちゃん 見ぃーつけた ~♪」



そいつは下品な歓声を上げるとうすら笑いを浮かべながらゆっくり近づいて来る。

真鈴は逃げ場が無くなった焦りと恐怖に駆られてパニック状態になりつつあった。近くにある居酒屋に助けを求めようとしたがこの時間どの店もドアは未だ閉まったままで中に人の気配は無かった。


その時だった。追い詰められた少女の眼に薄暗い道のような物が見えたのは・・・

それは通りの反対側に並んでいる店同士のへいの間に出来た狭い空間だった。ひと一人が身体を斜め横にしてどうにか通れるほどの道幅しかないそれは路地というより建物と建物の隙間と言った方が相応しいものであった。黒い何かが溶け込んだようなどろりとしたその闇の先には何があるのか見当もつかない。真鈴はその隙間に駆け寄ると迷わず身体をひねって肩を入れた。そして背負った鞄や制服が擦れて汚れるのも構わず怪しげな薄闇の中をそのまま突き進んで行った。




☆ ― ★ ― ☆ ― ★ ― ☆ 




『白兎尾さんは尾行を諦めて帰ったかな?』



そう考えながら巨狼は小さな路地通りを歩いていた。白粉横丁を横切る様に交わる名もない通りである。谷口書店の裏口から白粉横丁へ出た後、三十分ほど三丁目周辺を歩いてみたが特に目新しい情報は得られなかった。

今歩いている通りも余り人気ひとけの無い通りで歩き始めてからしばらく経つがまだ誰ともすれ違っていない。路地裏と呼ぶのがしっくりくるような道だった。


狼人である彼は優れた臭覚や視覚そして聴覚などの五感とは別の第六感と呼ばれる超常的な感覚を持っている。それによってこの世の裏側に存在する別の時空、 所謂「幽世」「常世」「霊界」などと呼ばれる世界からの干渉や接触による空間の歪みや綻びを感知する事が出来た。


とはいっても神血族デミゴッドの血を引く末裔ながらまだ成長期途中である彼のレベルでは何か不自然なあるいは異質なものを感じるぐらいの事しか出来ない。そのため優れた術師によって巧妙に隠蔽された空間の存在には気付くことが難しいのが現状だった。


十五夜を真ん中に挟んだ満月期ならばその異能の精度も格段に跳ね上がるのだが新月期を抜けたばかりである今はどうにも調子が悪かった。そのせいか気分もあまりぱっとはしない。ただ気持ちが乗らない理由はそればかりではなかった。


実を言うと白兎尾 真鈴をあの【 谷口書店 エロほんや】の前に置き去りにした事が少し気にかかっていた。駅裏は余り治安のいい場所ではない。仕舞屋しもたや横丁付近はそれでも安全な方だが置き去りにした場所がエロ本やアダルトグッズを商う店だけに大丈夫だとは言い切れないものがある。沸々と滾る爆発寸前の情欲を押し隠した危ない輩が居ないとも限らなかった。

少し後悔を感じた巨狼は足を【 谷口書店 】のある白粉横丁へと向けることにした。そして今白粉おしろい横丁と交わるこの人気ひとけの無い通りを歩いているのであった。


白粉横丁と交わる四つ角が近づいてきた時、男子学生の集団がいきなり彼の前方に現れた。どうやら白粉横丁を歩いて来て先の四つ角からこの通りに入って来たものらしかった。人数は全部で五人、全員が白いカッターシャツに青いネクタイを締め灰色のズボンを穿いていた。離れた位置からパッと見た限りではあまり柄が良いとは言えない連中であった。集団はあまり広いとは言えない通りを道幅一杯に広がって我が物顔で進んでくる。このまま行けばぶつかりそうだと考えた巨狼は身体を通りの端に寄せて彼らが通り過ぎるのを待つことにした。不要なトラブルを避けるためであった。


彼等の中心を歩いているのは髪を赤く染めた細身で中背の男子だった。ズボンのポケットに手を突っ込んで肩で風を切って歩く様は彼がこの群れのリーダーであることを示していた。赤髪の男の横にはエラの張った四角い顔をした小柄な男子が並んで歩いており何かを話しかけているようだった。小柄な男子がチラリとこちらを見た。

なぜかその表情が一瞬強張ったような気がしたが知らない顔だった。巨狼は聴覚を意識して研ぎ澄まし彼らの会話を耳に拾ってみた。



<チィッ・・・イチゴパンツちゃんは何処に行っちまったんだ? あの塀に挟まれた隙間路の先は何もない行き止まりのはずだったろ!>


<その筈なんですが何処に隠れやがったのか見当たらなかったんですよ。奥にあったのは行き止まりのコンクリートブロックの壁と潰れたスナックの裏口だけです。>


<じゃ、壁を乗り越えたか裏口からスナックの中に逃げたかのどっちかだろ?>


<どっちも無理っすよ。壁の方は高さ二メートル以上あって俺等でも越えられないですから。スナックの裏口ドアは鍵が掛かっていてビクともしなかったですし。あんなちびっこの女子が壁を越えたりドアを開けたりできる筈ないっす。

でも犬伏いぬぶしさん、あの女子は竜胆学院の剣道部の一年ですよ。>


<そりゃ本当か? なんでわかる?>


<俺、竜胆学院の剣道部に中学の時の先輩がいるんですよ。その人がこの間一年に可愛い子が入ったって写真見せてくれたんすよ。あのクリッとした眼とツインテールは見間違えようがないっす。>


<名前は? 知っているのか?>


<シラトビなんとかだったと思うんすけどね。確かシラトビ マリだったかマリンだったか・・・>


<竜胆学院の剣道部の一年生でシラトビってか。ヘッ マサアキ、お前結構やるじゃねえか。ありがとよ!>


<どうもッス!>


<ようし、じゃあ明後日あさって辺りにさっそく竜胆学院を覗いてみるか。イチゴパンツちゃんに会うのが楽しみになって来たぜ!>



巨狼の気分が一転した。興味本位で聞き耳を立てていただけだが途中で聞き捨てならない言葉があった。竜胆学院の剣道部、ちびっこの女子、ツインテール、一年のシラトビ・・・この集団と白兎尾 真鈴に何らかの接触があったらしいことが判った。



『 どうやら白兎尾さんを捜しているみたいだな。 こいつらが彼女にちょっかいを掛けて逃げられたってとこか? イチゴパンツちゃんか・・あの赤髪の奴が執着しているのがちょっとヤバい気がする。 』



通りの端に佇んで巨狼ごろうは彼らをやり過ごした。丁度一行が彼の眼の前を通り過ぎた所で犬伏いぬぶしと呼ばれた赤髪の男が突然振り返って巨狼を見た。凄味を帯びた虚無的な四白眼しはくがんの眼と冷たく澄んだ蒼灰色ブルーグレイの眼がギィンと聞こえぬ音を立ててぶつかった。

赤髪の男はねっとりと絡みつくような視線を巨狼に送りながら何かを言おうとしたが横にいたマサアキと呼ばれた男子がその身体を押すようにしてそれを遮った。



「急ぎましょうよ、犬伏さん。あのちびっこ女子がどうにかして壁を越えて逃げたんだとしたら行先はもうこの向こうの裏路地しか残ってないんすから。早く行かないと逃げられちまいますよ。」


「ああ そりゃ分かってるけどよ。あいつも竜胆学院の制服着てやがるからなんか知ってんじゃねえかと思ってよ。こんな場所にお堅い優良高校の生徒が二人もいるなんて偶然とは思えねえだろ。 おまけに醒めたようなイヤな眼で俺の事を睨みやがった。だからちょいと絞めてやろうかって気になってな。」


「そりゃ竜胆学院の生徒だって駅裏に来るぐらいしますよ。エロ本だって読みに来るでしょう。あんなのほっときゃいいんですよ。どうせ何にも知っちゃいませんから。さぁ、行きますよ。」



後輩らしき小柄な男子マサアキに促されて犬伏は渋々前を向いて歩き出した。一行がそれに付いて行く。マサアキがチラリと巨狼の方を振り返ってぼそりと呟いた。



「間違いねえ・・・あいつぁやっぱり満月町のダイダラボッチだ。

ア~~ ヤバかったス。犬伏いぬぶしさんが聞き分けてくれてよかったぁ。あんな恐ろしい奴にはもう二度と関わりたくないっすからねぇ。」



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狼人高校生白書 ダークライト @darklight

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