第一部第三章:622年

遺跡都市セロヒ

第1話 二年の後

 620年に起こった「アムルタ・モーレの乱」は、二年経過した今も膠着状態にある。


 モーレの乱により、エラム帝国が失ったものは少なくはない。

 反乱直後にラクバロに赴いたハディータ・ノゼの軍勢はタラブ渓谷で待ち構えていたエストロ・リムマによって大敗を喫した。

 リムマは自らに従った兵約500を弓部隊2と歩兵部隊4に分けた。

 ノゼの大群がタラブ渓谷の中腹で上から弓で奇襲する。混乱した軍を歩兵部隊により四方から攻撃を仕掛けさせた。


「お前たちが狙うのはノゼの首だけだ!

 雑兵は敵ではない!相手はハディータ・ノゼひとりだと思え」


 リムマの命令はひとつだけだ。

 そんなリムマを慕うものは、帝国軍部に残った兵にも多かった。モーレとともにリムマが去った直後から、内通者による情報はリムマに届けられ続けていた。


 民衆から人気があったノゼの訃報は帝国内を駆け回り、早々にノゼを失った帝国に半期を翻した有志兵がラクバロに集まった。

 北の要衝ラクバロ近郊には鉱山があり、鉄の精製に長けたものが多かった。集まった兵に与える武器や防具が不足することがない。

 帝国最北端に位置するラクバロは守りやすい砦だ。幼帝ロンミ・アルマリクを旗頭に据えたモーレは戦力を早々に整えた。


 さらに、集まった多くの兵を食わせるための方策も宰相は整えた。

 ラクバロに至るまでの道でタラブ渓谷以北の穀倉地帯を制圧し、支配下に置いた。

 モーレはラクバロ南部にあるルニリに属する北部三分の一と、東部のゲメルグに属する西半分を実質的な支配下に置いていた。


 622年。

 ロンミ・アルマリクは、5歳になる。

 長男のサイード・アルマリクは22歳だ。

 モーレが北部辺境に逐電を余儀なくされた後、エラム帝国宰相の地位を受け継いだフィゲ・リミムザーロの姪を正室としているが、民衆からの評判はよくない。まつりごとはリミムザーロ一派に任せ、酒に溺れていると噂される。

 当然、アムルタ・モーレの討伐に出てきたこともない。

 そんな男のために闘う軍の士気も上がるはずがないのだ。

 父親である皇帝フセイン・アルマリクも病床にありながら、皇帝の座を譲れないのは後継者を決めきれていないからであると目されていた。


「時間の問題だ」


 モーレは毎晩、月を見る。

 琥珀色の寝酒はラクバロに来てから覚えた。


「結局のところ、辛抱強く、長く生きたものの勝ちだ。

 なぁ、リミムザーロ。ラクには殺さんぞ」


 モーレは苦い酒を一気に飲むと、怒りを鎮めるように、眼を閉じた。






 エラム帝国は東部でも戦いを強いられていた。

 二年前に建国したばかりのウェセロフ帝国による西部侵攻を牽制するため、モフセン王国への援軍派遣が本格的に開始されようとしていた。


「お父さま!おかえりなさい」


 セロヒとタサの境にある森林地帯に、ハーラは母と二人暮らしをしていた。


「ウマルさまも!父を連れてきていただき、ありがとうございます」


 ハーラから明るい笑顔が溢れる。

 東方戦役に派遣されたナウォレ・ネブーゾは運悪く、流れてきた矢に脚を射抜かれていた。

 戦線から離脱させられ、補給部隊へと配置転換されたものの、元太守である。

 しかも、息子は晒し者にされた大罪人であるという噂も広まっていた。ベモジィから流れてきた傭兵たちも多いから無理もない。

 日頃の厳しい兵役への八つ当たり半分に、仲間の兵たちから嫌がらせを受けているのを、ウマルが見咎めた。

 ウマルは一度、隠居を促したこともある。自らの身も守れない兵を戦地に行かせることはできない。恩給もタサから出せばいいと思っていたが、ナウォレは固辞した。


「申し訳がたちません」


 現在、ナウォレにはタサで物資管理を依頼している。


 ――元・上級国民だからな

 ――コネだけで生きてやがる

 ――犯罪者、生みやがったのに事務仕事とか


 表立った言葉はないが、陰口は止められない。

 同僚からの冷ややかな視線や態度に気づいていないかのようにナウォレは穏やかである。粛々と真面目に仕事をこなしていた。


 そんなナウォレを家族のもとに連れ出したのはウマルだった。


「気分転換に。ね?」

「しかし――」

「私もまた前線に行かねばなりませんから!お願いします」


 難色を示したナウォレだったが、ウマルに笑顔で「前線に行くから」と言われると断るわけにはいかなかった。

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