28話 不安

 車内の窓から見える雪はいつの間にか俺が焦がれたきれいなものから全く違う暴力じみた恐ろしいものへと変わってしまった。今まで俺は完成された雪景色だけを見ていたことを実感せざるを得ない。初めてこの地に降り立った時も雪は降っていた。その時も大雪だと思っていた。しかし今回は訳が違う。周りの光さえも遮るように次から次へと降る雪は全てを埋め尽くし無に帰してしまうような錯覚すら覚えてしまう。こんな雪と共に生活をしないといけないなんて。積もった雪は雪かきや雪下ろしが必要になる。今降っている雪のペースではそういった作業にかかる労力はとんでもないものになるだろう。そんなことも知らず俺はただ雪景色を都合のいいタイミングで見に行き綺麗だなんて感想を述べて帰っていた。なんと残念な想像力だろう。一時的な外野の人間の感動の裏には現地の絶えない苦労があるのだ。その苦労は今まさに電車の中でも起こっていて相変わらず運転手や車掌はこの大雪の中で神経をすり減らし乗客第一の運航をしている。

 電車は徐行運転でなんとか進んでいた。ただ最早時刻表の運航スケジュールなど機能していない。つまり俺は普段の鈍行ルートでの帰宅は限りなく困難になったことを意味する。恐らくこの遅延では乗り換え電車が接続待ちをすることは無いだろう。それどころか乗換駅に着けるかどうかすら怪しい。けれどもう数駅で俺の正面に座っているいすみの最寄り駅には到着する。なんとか彼女だけは無事家に帰ってもらわないといけない。それが大人である俺の役割だ。

 一方でいすみもどうやら自分のスマホとにらめっこをしているようで時折フリック入力により指が高速で動いている。当初想定していた帰宅する時刻よりも遅れてしまっており、さらにはこのような天気になってしまったことで親に何かしらの連絡を入れているのかもしれない。この天気の中なので安全かどうかと言われると分からないがもし車で迎えが来てくれるのであればこちらとしても安心だ。

 一通り連絡がついたのかいすみはスマホを太ももの方に置き俺と目を合わす。

「本当にごめんね」

 いつもより数段低いトーンでいすみは続ける

「いつもみたいに近場にいればよかったのに今日に限って出かけようとしちゃったから…

本当にこんなことになるなんて思ってなくて」

 いすみの調子はしりすぼみになっており相当参っているようだ。しかしだ。こんな大雪になるとはだれも想定できなかった。前日の天気予報では少し雪がちらつくことはあるかもしれないくらいの温度感だった。それが話は打って変わってこんな大雪になったのだ。誰も攻めることはできやしない。

「いや、しょうがないよ。それに俺は楽しかったから全然気にしてないよ。俺のことよりもまずいすみが帰れるかどうかの心配しなきゃ」

「ありがとう。でもね…」

「こういうときは、なるようにしかならないから。いすみはとりあえず親には連絡したかな?」

「まあ、一応…」

「大丈夫そう?」

「うん」

 いすみのスマホが振動する。いすみは通知を見て何やら返事を返している。その様子をみるとおそらく親と連絡をしているようなので一旦安心していいかもしれない。さてそうなると次は俺の問題だ。在来線で帰る当初のプランはこの大雪によって阻まれ不可能になってしまった。そうなるといすみを見送ったのち新幹線で切り抜けるのが現実路線だろう。しかし運の悪いことは重なるもので

「新幹線もトラブルでダイヤが大幅に乱れていると…」

 路線情報のサイトをスマホで調べるとそのような表記が出ていた。これではなかなか先が読めない。バスはどうだろうと思ったが当然ながらもうこの時刻に運航しているバスは存在しないようだ。

色々と調べている間に電車は一駅先へと進んだ。俺は一度頭を冷やすために、考えることを中断し外を眺め始めた。乗っている電車に対し必要以上に長いホームの屋根のない部分にはもうかなりの厚みの雪が積もっていた。線路には水が放水されることで何とか積雪を抑えているように見えるがこちらも時間の問題のように思えてしまう。日が沈んだこの時間に代替する移動手段を探すということは無謀なのかもしれない。この危険な状態で無理をしては事故になってしまうだけだ。そうなるとどこかに泊まる必要があるかもしれない。そう思い。改めて俺はスマホを起動し周辺の宿の情報を確認する。ただ、残念ながら駅近くとなるとなかなかお値段が厳しいところしかないことが判明した。背に腹は代えられないのかもしれないがあまりにも痛すぎる出費なのでもう少し範囲を広げて調べると宿はあるにはあるが駅からはそれなりに離れている。この大雪の中歩く必要がでてきてしまう。ただ値段と天秤にかけるのであれば歩くことに軍配があがる。予約を取ってしまおうか。

 そんな俺の様子を見ていたのか。いすみは俺に

「帰れそう?」

 と俺に優しく語り掛ける。

「家に帰るのは無理そうだね。だからいすみを送ってどっかに泊まれればなって今考えてる。あ、でも俺のことは気にしないで大丈夫だから。どうにかなるから」

 心配をかけまいと俺はいすみに説明をする。なんとか安心してもらえればと思ったのだがいすみの表情はなぜだか煮え切らない様子だ。

「いや、本当に大丈夫だからね。宿はあるみたいだし」

「うんうん。えっとそういうことじゃなくて」

 いすみは何やら意を決したようで、

「かけるんがよければさ…うちに来る?」

 いすみは俺に禁断の問いかけを投げかけた。

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