20話 感情ジェットコースター
結局、最後のホームルーム前まで保健室でいいだちゃんと喋っていた私はさすがにホームルーム後の掃除があるので教室へ戻り自分の仕事をぱぱっとこなしてから下校した。駅に着いたころには空はこころなしかどんよりとしていた。じっとしていたら色々考えてしまうので少し寄り道をしようかと思っていたけど一降来られたら帰りに支障をきたす可能性もあるのでここはしょうがないので我慢しよう。私は都市部へ向かう電車を横目に見ながら反対側の自宅方向へ向かう電車に乗った。
「はあ」
私はため息をついて電車に乗り込んだ。時間は下校のピークということもあり私以外の同じ高校の生徒や他の学校の生徒で車内はいっぱいだ。その多くが友達や恋人と会話に花を咲かせている。うっすらと聞こえる周囲の会話はどれも幼稚で馬鹿げたものだと感じてしまうのは私の悪いところだと思う。一度行き過ぎたこの思考のせいで周囲に迷惑をかけたが簡単に考え方を変えることはできない。でも今ならかけるんとこんなに人がいるように見えるのにどうして娯楽がこの場所には少ないんだろうとか話ができるのに。いけない。また彼のことが。いっそのこと連絡しちゃおうかな。これからどんなとこいくの?とか何食べるの?とか。それくらいならいいかな。まあ我慢するけど。だんだん強くなってきた雪を横目に数駅電車に揺られ私は家の最寄り駅で電車を下車した。
私の直観は正しかったようで駅のロータリーに出るとこれから雪が積もりますよと言わんばかりの雪になっていた。もし寄り道をしていたら電車は遅延していたかもしれない。とは言ってもまっすぐ帰っても落ち着かない。だって帰ったころには彼は…
けれども当然最寄り駅近くに時間を潰せるようなところは無い。
「はあ…」
今日何度目のため息だろう。気分が重くなるだけなのに。
「しょうがない。帰ろ」
私はそう呟いて家へと向かった。
「ただいま」
私は聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声と共にドアを開く。するとままがそれは忙しそうにしていた。時間は夕食の支度のピーク。なるほど今日はうちに泊まっていく人がいるようだ。決して繁盛しているとは言えないいわゆる民宿を営んでいる。しかしこんな田舎の僻地に来る人は当然多くは無く、冬のスキーシーズンだけ稀に繁盛する。そしてその稀がどうやら今日みたいだ。この様子だと夕食は少し遅くなるのかな。そもそもままは私が帰ってきたことに気が付いていなさそうだ。お客さんが使う入り口とは違う日常用の玄関から帰ってきているから気が付けないのもしょうがないんだけど。私は自分の部屋へと向かう。部屋に着くとそのまま鞄を床に落としベッドに倒れこむ。シャツやスカートにしわが付くとかそんなことはどうでもよかった。ぐるぐると考えてしまう頭を落ち着かせたかった。私は横になり真っ白な天井を見上げる。ところどころ埃が付いているのか汚れて見える。けれど横になってからというもの身体に力が入らなく掃除をする気には到底ならなかった。私はスマホの画面を見つめる。SNSで流れるのは知らない誰かの様々な日常だ。キラキラした日常を見せつけられた気分になったかと思えば今度は知らない誰かのやり場のない怒りや悲しみが目に留まり憂鬱な気分になる。結局SNSにも逃げ場はないので私はスマホを枕元に置く。何もせずただ部屋には時計の秒針がカチカチと時を刻む音が響く。どうも時計の針は秒針だけ働いて他の針は働くつもりがないようだ。そんなことを考えていた時だった。
「いすみ帰ってきてるんでしょ。手伝って」
廊下の方から声を張るママの声が聞こえた。お客さんがいるから恥ずかしいことは本当にやめてほしい。というか帰ってたの知ってるんだ。仕方ないので何度かため息をついてようやくベッドから起き上がりままのいるであろうキッチンへと向かうことにした。
「ちょっと手伝って」
「分かった。これ運べばいいの?」
「じゃあお願いしてもいいかしら」
私はキッチンに並んでいた料理をテーブルへ運んでいく。すでに宿泊客はテーブルに座っていて食事が来るのを待っていた。
「大変お待たせいたしました」
私は接客用の明るい声を務めて発する。さっきまで沈んでいた気持ちは今も変わらないがそれでもこうして動いていると気は休まるしお客さんと話せば一人でぼうっとしているよりはずっとましだ。一通り料理の配膳を終わらせるとお客さんからは見えないキッチン裏に夕食を用意してくれていた。
「これ今日の夕ご飯ね」
「ん。ありがと」
私は、少しだけ心地よい疲労を感じながら夕食を取り始めた。まだままはやることが残っているようでキッチン周りでばたばたと働いている。もうお客さんもみんな揃って食事をしているんだし休めばいいのに。そう思いながら私は黙々と夕食をとる。次第に食堂から聞こえるお客さんの声が小さくなるのを感じる。食事を終えて部屋に戻っているのだろう。私も夕食があと少しになったときにようやくままも食事をとり始めた。けれでも私とままのあいだには特に会話もなく気が付けば私は食事を終えていた。
「ごめん。向こうの食器も片付けて洗ってくれない?」
ままは私にお客さんの食器を片付けるようにお願いする。まあそれくらいならいいかと思い私はお客さんの食器を片付けに向かう。同じサイズの食器を重ねキッチンにある食洗器の中に並べていく。なるべく多く食器が入るように工夫をして洗浄のスイッチを押す。業務用の食洗器なのですぐに洗い終わる。食洗器は轟音をあげる。そして食器の洗浄があっという間に完了する。これをあと2回繰り返せば終わりだ。終わったころくらいならかけるんに連絡してもいいかな。そう思うとネガティブな感情は晴れていき楽しみの方が大きくなっていく。帰ってきたときの気持ちと比べると全く違くて我ながら感情のジェットコースタがすさまじいと思う。ウキウキしているうちに食洗器は最後の洗浄を終えた。少し熱い食器を重ね棚にしまう。これで仕事は終わり。部屋に戻ろう。そう思った時だった。
「ごめん。もう少しだけお願い」
ままが私に手伝いをさせようとしてくる。
「いや。これからやることあるんだけど」
「どうせスマホいじるだけでしょ?」
「どうせって何だし」
私は語気を強める。しかしままは私の感情のことなどお構いなしに
「朝はやくに起こされるのとどっちがいい?」
と拒否をした場合のデメリットを提示してくる。手伝う以外に選択肢のない理不尽な問いかけだ。仕方がないのでもう少し手伝いをすることにした。今日は宿泊客が多いので明日の朝の仕込みをしたいようだ。自分たちの生活にも関わるからしかたがない。そう自分にいいきかせててきぱきと働いた。
面倒だな。さっきか頑張ったからもう体力ないんだけど…だらだらと仕事をしようかなと思った。しかし突如謎の寒気に襲われる。急に窓の隙間から冷気が差し込んできたような感じ。なんだか嫌な予感がして残った体力をフル稼働させるつもりで私は指示された仕事に取り組むことにした。すぐにでもかけるんに連絡しないとまずい気がしたのだ。もしかして後輩の人がなにかよからぬちょっかいをかけてるのかな。まさかね…
拭えない不安を抱え仕事を仕上げる。
「もう終わりでいいよね」
「うん。ありがとう。おかげで助かったわ」
「じゃあ部屋戻るから」
そう言い残して私は急いで部屋に戻った。ベッドにポツンと置いてあったスマホを拾いあげ急いでかけるんの連絡先を探す。でも何を送ればいいのかな。そもそもかけるんの勝手なのは分かってるんだけど、でも昨日約束したもん。そう思い
『そろそろ帰りの時間?』
『待ってるね』
私はかけるんを信じていつものような感じを意識してチャットを送る。正直に言うとすぐにでも返事が欲しかった。ここまでくるとさすがに私でも理解してる。これはきっと醜い嫉妬だ。かけるんの良さは私だけが知っていればいい。けれども恋人ではない彼にそんな本音を漏らすことはできない。それに嫉妬しているのは認めるけど恋しているのかと言われると正直なところ分からない。だってまだ私は恋なんて立派なものはしたことがないから。未だに着かない既読の文字を私はただただ不安な気持ちで待つ。もしかして私のことは忘れて今頃…なんて思っていた時だった。
『これから帰る』
既読と共にかけるんからメッセージが届く。まるでこっちの不安なんて全く気にも留めていない簡潔な文章だけどなんだか嬉しくなってしまう。
『分かった』
『待ってるね』
ちゃんと私の存在がかけるんの中にいることが分かって変な笑い声がでてしまう。この場所が自分の部屋で良かった。誰かに見られたら恥ずかしくてたまらない。そんな喜びを何とか文章に漏れないように抑えて務めて冷静に返答する。不安は一気に晴れて気分どころか身体まで軽くなる。
「お風呂行ってこよ」
今日の湯はいつもより気持ち良いだろうな。そう思いながら浴室へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます