第16話 晩餐

「遅くなってごめん」

「お疲れ様でした。ご飯も炊いておいたけど、一杯飲む?」

 ネクタイを少し緩めたスーツ姿の南條は、急いで来たらしく額に汗が滲んでいる。

「祐希さんはどう?待っててくれたんでしょう。お腹空いてるよね?」

「待ってた……て言ってあげたいけど、飲んでた」

 1口だけ口をつけた、飲みかけの缶ビールを振りながら、祐希は答えた。

 待っていると気を遣わせちゃうからね。ビール開けておいて正解だった。

「あー、俺もビール飲みたい。喉乾いちゃって」

 緩んでいたネクタイや上着を脱ぎながら、ほっとした笑顔を見せる南條に見惚れてしまいそうだ。

「飲んだら風呂って面倒くさくならないの?俺はさっきシャワーしたけど、良かったら先に汗流してくる?着替えなら大きめの貸してあげるし」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。駅から走って来て俺汗臭くなってるから、祐希さんに嫌われそう」

 自分をクンクンと嗅ぐ仕草をする南條が大型犬のようで可愛く見える。

 可愛くってカッコよくって、しごできで、気配り上手って、何物与えるんだよ神様。

「汗臭くはないけど、お風呂はあっち。着替えは入っている間に出しておくから、洗濯機にシャツなんか入れて置いて。後で回しちゃうからパンツもどうぞ」

 何だか同居しているみたいで、恥ずかしい。照れ隠しで一気に言って、南條を風呂へ追いやった。

「はー、サッパリした。シャワーありがとう」

 タオルドライしただけの濡れた髪は普段と違い下ろしている。下ろした前髪だけを見ると普段より幼い感じもするが、髪を搔き上げる腕には筋肉とすじが浮き出て仕草は逆に色っぽい。

 自分の貸したTシャツやスウェットパンツはオーバーサイズの安物なのに、南條が身に着けるとジャストサイズの高級品に見えるから不思議だ。

 祐希はさりげなく釘付けになっていた目を逸らす。

 自分の貸したTシャツやスウェットパンツはオーバーサイズの安物なのに、南條が身に着けるとジャストサイズの高級品に見えるから不思議だ。

「ドライヤー置いてあったんだけど、場所わかりづらかったかな」

「すぐ乾くからいつもこのままなんだ。気になる?」

 首を振りながら、向かいの席に南條を促し、缶ビールを手渡した。

 テーブルの上には、南條のシャワーの間に温め直した料理を並べてある。

「うまそう。頂きます」

 南條は手を合わせ、挨拶だけは上品だったが、未だかつてない程ガツガツと気持ちよく食べる。

「お腹空いてたの?ご飯、かやくご飯なんだけどよそおうか?」

「うん。お昼軽くでずっと仕事してたからお腹すいてて。祐希さんの手料理美味しいし。でも、ごめんね行儀悪かったかな」

「はいどうぞ。気持ちよいほど食べてくれて嬉しいよ」

 もしかして、俺と一緒で、少しでも早く帰れるようにとか、思ってくれたんだろうか。

 自分は勝手にそうしたけど、南條にはしっかり昼食を摂って欲しいし、気にせず仕事もして欲しい。でも、心がほわっと温まる気がするのも事実だ。

「美味しいのは一緒に食べるからだよ、きっと。リクエストくれた南條さんの手柄でもあるね」

 南條は嬉しそうに目じりを下げて微笑んでいる。

 楽しく会話をしながらの夕食の時間は、多めに用意した料理が殆ど南條の腹に収まりお開きとなった。


「あー。腹いっぱい。片付けは俺がするから、祐希さんゆっくり休んでて」

 立ち上がろうとする祐希を押さえ、南條が台所に食器を下げに行こうとする。

「一緒にやったら早く終わるから。その後一緒にお茶でも飲もう」

 料理作りは普段からしても、食べ終わった片付けは義務のようにしていた。片付けまでがこんなに楽しいものだなんて、南條と一緒に過ごすまで知らなかった。

 好きな人となら、何していても楽しいんだな。幸せを噛みしめる祐希だった。


「そんでそいつ雨宮っていうんだけど……」

 賢悟は、祐希の苗字が聞こえたテーブルを横目でちらっと振り返る。

 客商売をしていれば、聞きたくない話を聞いてしまうことは多々ある。勿論、聞かない振りをするし、聞いた話は忘れるよう努力し他言もしない。

 ただ今回は、名前が出る前の内容が内容だけに、その場を離れられないでいた。普段しないようなフロアの片付けをしながら、注意深くそのテーブルを観察する。

 全て聞き取れたわけではないが、情報は理解できた。ただ情報を理解しただけで、どうしたものかと対処方法が見つからない。賢悟の悩みが増えただけだった。

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