chapter.6 たった一人で

 雑踏の声は耳に入らなかった。

 全ての神経が大型ディスプレイのなぎさに向いている。

 普段通りの、いやそれ以上の活躍だ。なぎさはいつも全力だ。しかも、まどかとは違って敵の動きや被害状況など、現場全体をくまなく見ている。それがドローンからの映像でハッキリと映し出され、伊織は息を呑んでいた。

 変身前はあんなに飄々としていて――ワザとそう見せていただけかも知れないと、彼の部屋に行き思ったばかりだった。

 手が疼いた。

 何かをせずにはいられないのに、何も出来ない自分に腹が立つ。


「円谷君!」


 動かない伊織を見かねて安樹が腕をグッと掴んだ。


「逃げないで。君が戦わないで、誰が戦うの」


 ハッとして安樹に視線を落とすと、彼女は長い前髪の隙間から怒りの形相を覗かせている。


「……やめたって言ったじゃん」

「じゃあどうして立ち止まったの」

「それは」

「未練があるんでしょ。本当は戦いたいんじゃないの。後悔してからじゃ遅いんだよ。わかってるクセに何やってんの」


 ぐうの音も出なかった。

 伊織を追いかけ続けていたという安樹の言葉は、グサグサと心に刺さり続けた。


『届け! “スターダスト・トルネード”!!!!』


 スピーカーから響き渡る、なぎさの声。

 大型ディスプレイに映し出されていた映像は、目映い光で真っ白に染まっていく。

 ドオオオオッとビルの向こう側が振動し、建物の間をすり抜けた爆風が伊織と安樹に容赦なく迫った。ブワッと駆け抜けた風と粉塵に、二人は慌てて顔を背ける。


『これでラスト!! 《ステラ・バトン》!!』


 風が収まり伊織が顔を上げると、ディスプレイの映像は通常に戻っていた。

 新アイテム《ステラ・バトン》を手にしたなぎさは、瀕死の蜘蛛型V2モンスターに高く掲げたバトンの先端を向けた。


とどろけ!! ライトニング・ストライク――!!!!』


 バリバリバリッと天が裂けるような音が鳴り響いて、空が何度か真っ白になった。

 ドドド……

 静かに地面が揺れ、音と振動が尾を引くように小さくなっていく。

 V2モンスターが光の中に溶けて消えていく映像が映し出されると、群衆は一気に湧いた。


「凄い! なぎさありがとう!!」

「一人でやっちゃった」

「まどか来る前に倒しちゃってる!!」

「カッコいい!!」


 空中からなぎさを捉えたドローンのカメラは、彼女が肩で息をする様子を映し出していた。手で額の汗を拭い、それからクルッと振り返って、カメラ目線。パチッとウインクしてVの字にした右手を顔の横に添え、何もなかったみたいに満面の笑顔を振りまいている。


『応援ありがとう!! ピンチの時は私達の名前を呼んでね!!』


 私

 ズキッとまた胸が痛む。


「円谷君……」


 伊織は顔を伏せて、ブンブン頭を横に振った。

 大型ディスプレイの中で大きく手を振るなぎさを横目に、伊織は安樹を無視してそのまま駅の方へと向かっていった。






 *






「お兄ちゃん、最近変じゃない?」


 バリッと煎餅の割れる音。

 テレビを横目に夕食後のまったりタイム。不登校で引き籠もりがちのどかだが、以前より自室から出ている時間が増えていた。それもこれも、エンジェルステラが活躍し始め、両親とともに彼女らの話を良くするようになったことが原因なのだと、のどか以外の家族はみんな感付いている。


「まどかが現れないからじゃないか。伊織もまどか推しだったろ、確か」


 ソファにどっぷり腰を下ろして父の良悟が言うと、食卓で煎餅に齧り付きながらのどかはふぅんと口を尖らせた。


「お兄ちゃん、まどか推しだったっけ?」

「赤とかピンクとか、そういう髪色のキュアキュア好きだろ」

「確かにそうだけど、エンジェルステラでどっちが好きとか、そういう話、そう言えばしたことがないような……」


 本人が部屋に引き籠もっているのを良いことに、のどかと両親は伊織についてコソコソと妙な憶測を立てていた。

 台所仕事を一段落させた母のみどりも、椅子に腰掛け話題に混ざる。


「まどかちゃん、どうしたのかな。怖い大人に絡まれて魔法少女やめちゃったのかな」

「ママはまどか推しだもんね。心配だよね……」

「俺だってまどか推しだぞ」

「はいはい。二人ともピンク髪が好きだよね」


 エンジェルステラの二人が一般人に絡まれる動画が出てから一週間。その間何度かV2モンスターが現れたが、その度に現れたのはなぎさだけだった。

 北は北海道から南は九州まで、一体どういう理屈で現れるのか、なぎさはサッと現れて敵を一蹴し帰って行く。

 心なしか以前より出現回数が増えているとワイドショーでも話していたし、SNSでも話題になっている。それをなぎさは一人で片付けている状態だった。


「なぎさ、大丈夫かな。無理してないかな」


 のどかは大きく溜め息をついて、天井を仰ぎ見た。


「無理……してるかもね」


 母の言葉に、のどかはまた息を吐く。


「まどかが帰ってきたらいいのに。最近、なぎさもなんか疲れた顔を見せる時があるんだよね……」


 廊下に漏れ聞こえるそんな会話を、トイレに向かう途中で伊織はうっかり耳にする。

 同じような会話を、昼間学校でも聞いたばかりだった。

 まどかが居なくなった、まどかは魔法少女をやめたらしい――……そんな噂が蔓延している。

 気にしなければ良いのに、伊織の耳には何故かエンジェルステラの話題が聞こえてくる。


「……ッ!!」


 モシャモシャと頭を掻きむしり、伊織は何度も頭を振った。

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