chapter.6 健太郎の過去の話

 拳を強く握り悔しそうに毒づく健太郎に、伊織は息を呑んだ。

 初めて見せた表情だった。

 いつもは飄々としていて何を考えているのか、ふざけたような言葉ばかり吐くくせに、突然何を言い出したのか理解するのに少し時間が必要だった。


「……は?」


 ようやく音になったのは、裏返ったような声で。


「いずれバレると思っていたし、いつまでも言わないのもフェアじゃないなって。のどかちゃん……だっけ? 妹のためにどうのって友達と一緒に喋ってんの、キュアキュアStoreでうっかり聞こえてさ。要するに妹が犠牲者なんだろう?」


 聞いていたのか。

 伊織はビクッと思わず肩を竦めた。


「つまり俺だけがお前のことを知っていて、お前は俺のことを何にも知らないわけだ。そのままでも良かったんだが、……なんだ。俺の方が一方的に心を閉ざしているみたいで、ちょっと、悪いかなって」


 そこまで言うと健太郎はソファから立ち上がり、多肉植物の棚の隣に置かれたチェストの方まで歩いて行った。よく見るとチェストの上には一抱え程の白い箱があり、その隣に小さな写真立てが飾られている。

 健太郎には似合わない植物の方にばかり目が行って、ぱっと見で気付かなかった。自分の無神経さに、伊織は凄まじい勢いで血の気が引いていくのを感じていた。

 写真を手に取り、健太郎は大きく息を吐いた。


「中身は入ってない。けれど確実に、死んだんだ」


 ボソッと言い放つ健太郎は、まるで伊織の知らない誰かになったみたいに見えた。


「一瞬だった。あと三ヶ月も待てばもう一人家族が増えるはずだったのに、あの瞬間、俺の人生はめちゃくちゃになった。自暴自棄で、何度死のうと思ったか分からない。目の前であらぬ姿になった彼女を、俺はどうすることも出来なかった。非力だった。力が欲しかった。力があればどうにか出来たかも知れなかった」


 ――結婚、してたのか。

 驚いて、言葉にはならなかった。

 健太郎はそんな伊織を見て、フッと小さく笑った。


「V2なんてものがなければ、今頃家族で平和な日常を送っていたんだろうと思う。けれど、終わったことを、済んでしまった出来事を何度蒸し返しても陽菜子もお腹の子も帰ってこない。俺に出来ることは、二人が生きるはずだった時間をどうにかして生きていくことぐらいだと思ったんだ。生きて生きて、生き抜いて、お前達の分も俺は生きたって、堂々と叫んで死ぬことぐらいだって」


 起伏のない、淡々とした健太郎の言葉が、ズシンズシンと巨大な石の塊みたいになって伊織に襲いかかった。けれど伊織には、それを避ける技術も要領もなかった。ぶつけられた言葉の塊を、バカ正直に受け取って、そうして……ボロボロと、大粒の涙を零した。


「……恐らく、緑川瑠璃絵は知っていたんだ。女史は何らかの手段を使い、V2に対して強い感情を持つ人間を捜していたんだろう。魔法少女好きだったのは偶々なのか、伏線なのか。キュアキュアStoreで定期的に見張っていた可能性もある。ともかく俺達は利用された。あの女史の思惑通りに。けれど俺は清々してるよ。この手でこの理不尽な世界を終わらせることが出来るかも知れないんだ。そしたら、陽菜子と出会うことの叶わなかった子どもに、俺はやれることは全部やった、俺が世界を救ったんだって堂々と胸を張れるんじゃないかってな」


 持っていた写真立てを、健太郎は伊織にスッと差し出した。

 綺麗な人だった。

 満開の桜を背景に、長い髪をなびかせた女性が、はち切れんばかりの笑顔で映っている。


「美人だろ」


 涙でぐちょぐちょになりながら、伊織は大きく頷いた。


「だよな。俺、彼女より綺麗な人に出会ったことがない」


 よいしょと、健太郎はまた、伊織の隣に座り直した。


「このマンション、一緒に住むために買ったんだ。ローンはまだ残ってる。観葉植物は彼女の趣味だった。キュアキュアも……彼女に教えて貰った。筋トレくらいしか趣味じゃなかった俺に、面白いんだよって一から教えてくれてさ。すっかりハマっちゃって、二人で揃えたんだ。彼女の使ってた部屋にコレクションしてある。俺のグッズコレクション見せるなら、この話は絶対にしなくちゃならなかった。――悪いな、しんみりさせて」


 ううん、と伊織は首を横に振った。


「……ただの、変態だと思ってた」

「は?」

「ただの、頭のネジのぶっ飛んだ変なヤツだって思ってた」

「酷いな」

「変態発言ばっかしやがって、こいつヤバいなって、俺は真面目に世界救おうとしているのに、こいつは妙な楽しみ方してて、絶対おかしいって思ってたんだ……!!」

「ははは。言うじゃん」

「けど……」


 伊織はソファの上で両膝を抱え、顔を膝に埋めてボソリと言った。


「知れて良かった。お前のこと」


 健太郎は頬を緩めた。

 肩を震わせる伊織の頭を、大きな手で何度かグシャグシャと撫で回し、それからギュッと、思いっ切り自分の方に抱き寄せた。


「どうせ逃げられないんだ。思いっ切りやろうぜ。誰にも言えないかも知れないけれど、それでも堂々と、やれることは全部やるんだ。これ以上後悔をしないためにも……!!」


 うん、うんと、伊織は何度も頷いた。

 健太郎の太い腕が、いつもよりずっと逞しく感じる。


「よし、飯作るからちょっと待ってろ。隣の部屋、好きに触っていいからな。あ~、でも、限定フィギュアとか特典のアクスタとか、ガラスケースの中のは例外な」


 伊織を解放すると、健太郎はすっくと立ち上がって、さっさとキッチンの方へと歩いて行った。

 その緩急の激しさに呆然としつつ、伊織はまた少し縮まった健太郎との距離に、小さな喜びを感じるのだった。

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