第2話 互いのことを知らなければ

chapter.1 まさかの誘い

 御園が追加で寄越したミルクチョコのアイスを伊織が食べ終えたところで、


「お前、寝起きか」


 と健太郎が聞いてくる。


「寝起きじゃないよ。サッと飯は食ってきた」

「……ふぅん。寝間着みたいだし、寝癖が酷いから寝起きかと思ったぜ」


 言われてハッとし頭を撫でると、確かにぴょんぴょん髪が跳ねている。お茶漬けとおかずを掻き込んで慌てて飛んできたのだ。部屋着にしているTシャツと短パン姿なのはそのためだ。身なりを整える余裕など、伊織にはなかったのだ。


「う……うるさいな! 健太郎はなんだよ。そっちだってジャージじゃん」

「俺は筋トレしてたんだよ。ずぼらな男子高校生と一緒にするな」

「むっ……!!」


 同じような姿に見えたが、確かに健太郎は寝間着というよりは運動に適した格好に見える。伊織と同様家から飛んできたらしく靴は履いていなかったためラボのスリッパを借りてはいるが、寝て起きたままの格好ではなさそうだ。

 通気性の良いトレーニングウェアの半袖の下からは、厚めの胸板が透けて見えている。スーツの時は細く見えていたが、実はしっかりした体つきをしているらしい。ハーフパンツの下、ふくらはぎの筋肉も引き締まっていて、如何にも運動が得意そうに見えた。


「伊織、お前今日暇か」

「は? まぁ……暇と言えば暇だけど」


 優也からLINKでやたらと誘われてはいた。エンジェルステラの正体を突き止めたいから、情報収集に付き合えと。どうにかして回避したくて、ずっと未読無視しているところだった。


「じゃあ、俺に付き合え。飯でも食わせてやる」


 思いがけない健太郎の言葉に、伊織より先に反応したのは御園だった。


「え~!! いいなぁ!! 私にも奢って、なぎさちゃん!!」

「御園さんは三ツ浦さんと仕事してください」

「つれないなぁ~!! 私も一緒に御飯食べたい~!! なぎさちゃん、今度仕事終わりにどう?」

「時間が合えばね」

「ありがと~! その時まで我慢する……。今日はお仕事頑張るね……」


 健太郎はあしらうのに慣れているのだろうか、御園の下手な演技にも笑顔を崩さなかった。

 わざとらしく御園が泣き真似をするのを、少し遠くで三ツ浦が微笑ましく眺めている。


「良いんじゃないかな。エンジェルステラとして活動していくためにも、互いに素性を知らないままというわけにもいかないだろうから。奢って貰いなさい、円谷君」

「はい……」


 三ツ浦にも押されて、伊織は渋々と返事をした。

 ……が、考えようによっては、これで優也の誘いを断る良い口実が出来たというもの。そう思うと、伊織は決して悪い気はしなかった。


「俺も身支度してからだから……そうだな、三十分後、キュアキュアStoreに集合で」

「え! 三十分後?」

「ウォッチに地点登録しとけよ。とにかく来いよ」

「わ、分かった」


 一旦戻って着替えて……と考えている間に、健太郎は《ステラ・ウォッチ》の転移機能でさっさと消えてしまっている。


「え! 早!!」

「円谷君も急がないと」

「ほら、まどかちゃんも。ちんたらしてると時間になっちゃうよ」

「あ、はい! 行きます!!」


 自分の部屋を指定して、伊織は転移機能を起動させた。


「今日はご馳走様でした。またよろしくお願いします!」


 二人にぺこりと頭を下げると、御園も三ツ浦も嬉しそうにして軽く手を振っていた。






 *






《とんでもない展開になりました。RABIの今後の身の振り方が気になりますが、どうでしょうか渡邊さん》

《惜しかったですよね、角度が》

《可愛いしかっこいいのは反則だと思うんですよ》

《エンジェルステラのことじゃなくて、RABIについてなんですけど》


 自宅へ戻り慌てて洗面所へ向う伊織の耳に、リビングの方からテレビの音が漏れ聞こえてくる。

 バタバタ急ぐ伊織の足音に気付いたのどかが「あれ、お兄ちゃん居るの?」とリビングから顔を出してきた。


「居たよ、ずっと」

「え~? だってさっき部屋覗いたらどこにも」

「気のせいじゃない?」

「居なかったよ? RABIの生中継バズってるから教えに来たんだけど」

「そうなんだ。へぇ~」


 適当に返事をしつつ、洗面所で顔を洗い、歯を磨き……爆発頭を整える。

 健太郎も御園も三ツ浦も笑いはしなかったが、よく見るととんでもないところが立ち上がっていたり、ボサボサしていたりと、鳥の巣のような頭をしたまま外に出たことを考えると、妙に恥ずかしくなってくる。


「RABI、どうなるかな。配信やめちゃうんじゃないかってXyエクシィで騒ぎになってて」

「僕はやめないと思うけどな」

「え? なんで?」

「やめないだろ。身体を張ってまで配信して、それでやめるような人には見えなかったけどな」

「あれ? お兄ちゃんも配信観てた?」

「見てた見てた」


 配信ではなく、目の前で。

 洗面所の入り口を封鎖するようにして話してくるのどかの相手をしつつ、伊織は必死に身支度を調えた。


「よっし……何とか」

「お兄ちゃん、どこか行くの?」

「うん。ちょっとね」


 部屋に戻って着替えをし、リビングにチラッと顔を出す。


「ちょっと出かけてくる! 昼は要らないから!」

「どこ行くの?」

「キュアキュアStore行って、飯食ってくる!」

「気を付けて行ってらっしゃい~!」


 忙しなく出ていく伊織を、母の声が送り出す。


「優也君の誘いかな」

「かもね~」


 のどかは普段と様子の違う伊織に妙な違和感を覚えて、不思議そうに首を捻っていた。

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