chapter.2 円マークな人々

「動画観た?」

「観た観た! めっちゃ可愛いかったよね!」

「あんな美少女そうそういるかな?」

「それな」

「きっと普段から可愛いと思うんだよね」

「まどかはちっちゃくて動き素早いじゃん? 何かスポーツしてるとか」

「あ! そうかも。運動部に潜んでたりして……!」


 教室は朝から騒がしかった。

 家でも電車でも学校でも、ずっと話題はエンジェルステラ。バレる要素は当然皆無で、気にする必要もゼロなのに、伊織は無意識に耳をそばだて、神経を無駄にすり減らしてしまう。


「伊織はどっち? まどか派? なぎさ派?」


 前の席に荷物を置くなり優也がそんなことを言い出すので、伊織は椅子から滑り落ちそうになった。


「いや、べつに、どっちとかは……」

「両方か! 隅に置けないな!!」


 勝手に都合よく解釈したらしい優也の口元はやけに緩かった。伊織に何か聞いて欲しそうな顔をしていたので、渋々「何かあった?」と尋ねてみた。


「エンジェルステラ、この近くに居るかも知れないって話聞いてさ!!」

「ええっ?! そうなの?!」


 声が変に引っくり返った。

 

「噂だよ、噂。電車もこの沿線だったし、昨日のスクランブル交差点も近いじゃん。だからさ、この界隈に居るんじゃないかって」


 優也の目は明らかに円マークになっている。

 いつぞやに父に聞いたことがあるのだ。お金に目がくらむと、人間の目は円マークになる。お金が人格を支配し、お金が全ての判断基準になるというのだ。だから、うまい話が舞い込んで来ても冗談程度に構えていないと、人生がめちゃくちゃになるぞ……と、そういう話だ。

 前日に両親が皮算用をしているところに遭遇した伊織だが、流石に本気ではなかった。ネタとして楽しんでいたことを確認してホッとしたところだった。

 父は堅い仕事だし、お金に目が眩むようでは勤まらない訳で。

 ……だが優也はどうだ。やたらとテンションが高いし、目がギラギラしているような気がする。


「ま、魔法少女は正体不明なのが良いと思うけど……」

「そりゃね! でも一千万には勝てなくね?」

「いや、僕は」

「一千万手に入ったら、キュアキュアの二十周年限定ブルーレイボックス買ってもらう予定なんだ。あと、プレミアム会員登録して限定イベント行っても良いって言われてさ! 俄然やる気出たわけ!!」


 ふぅんと無表情に返事をする伊織を余所に、優也は鼻息を荒くした。

 いよいよヤバい。

 どうにかして逃げ切らなければ。

 伊織はこれからのことを考えて、ブルッと身震いした。






 *






 生きた心地がしないとはこのことだろう。

 目が円マークなのは優也だけではなかったのだ。

 クラスメイトの殆どがエンジェルステラの話をしていて、毎時間のように教科担任がネタで一千万の話をする。誰推しだの、何で観ただの、正体の予想、次の出没はどこだろうとか、V2の脅威なんかすっかり忘れて、都合の良いことばかり話しているのだ。

 昼休みになる頃には、伊織はげっそりとやつれていた。


「姿を変えているとはいえ、自分のことを話題にされてるのはちょっとキッツい……」


 屋上の片隅、背中をフェンスにくっつけて、今日もひっそり一人で過ごす。

 昨晩からのことを思い出して深く溜息をついていると、《ステラ・ウォッチ》から飛び出した白うさぎのティンクルが、弁当を広げる伊織の肩をポンと叩いた。


「人気者の宿命だよ。まどかは可愛い。めちゃくちゃ可愛いってこと!!」

「うぅ……それは認めるけど……」


 客観的に見ても、エンジェルステラの二人は可愛い。中身がアレ・・ななぎささえ、間違いなく可愛いのだ。


「これからは魔法少女ってことより、懸賞金目当てで騒がれるってことでしょ? それがなぁ……」

「納得出来ない?」

「出来るわけないだろ。指名手配犯じゃないんだからさぁ……」


 揺れる電車の中、うっかり緑川瑠璃絵の声に応じてしまった。それがそもそもの間違いだった。反省したところであのとき伊織には逃げるという選択肢がなかったのだが、それもこれも隣で話を複雑にした渚健太郎のせいに違いないと思うと、また空しくなってくる。


「そうだ。伊織、位置登録しといたら?」

「位置登録?」

「いつでも転移出来るよう、細かく座標を記録しておくんだよ。そうすれば、来たい時にいつでも来れる」

「セーブポイントみたいな感じかな。やっとこ」


 前日に館花が言っていた《ステラ・ウォッチ》の機能だ。アプリと連動させれば、記憶させておいた場所まで瞬間移動出来るらしい。

 ティンクルを肩に乗っけたまま、伊織は一旦弁当を置いてスマホを弄り始めた。

 アプリを起動し、位置情報メニューをクリック、現在地を記録……


「“学校の屋上”……っと。これでヨシ」


 今朝方、自分の部屋とマンション近くの路地、駅前の路地裏を登録しておいたから、これで四地点目。実際にその場所に行かないと登録出来ないらしいから、立ち寄る度にコツコツ登録するしかない。

 ひと気がなく、なるべく誰の目にも触れないような場所を選ぶのだって一苦労だ。

 ホッと一息ついたところで、伊織の視界が一気に暗くなった。


「円谷君……?」


 女子の声だ。

 さっきまで誰も居なかったから油断していた。

 屋上は伊織専用の場所というわけではないのだ。

 スマホを持つ手をゆっくり下げて、代わりにゆっくりと顔を上げていく。

 上履き、足、スカートが目に入り……思ったより近い!! グイッと覗き込むようにして、伊織の真ん前に前髪で半分顔を隠したお下げ髪の女子が立っている。


「ねぇ、今、誰かと喋ってなかった?」


 彼女の名前は安樹やすき星来せいら

 伊織のクラスメイトだった。

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