TS☆魔法少女エンジェルステラ

天崎 剣

【1】魔法少女エンジェルステラ登場!

第1話 僕らが変身?! ありえない!

chapter.1 伊織と妹と、V2と《きらキュア》

 たった一人の妹が事件に巻き込まれたと伊織いおりが知ったのは、中学の帰り、塾に向かっていたときだった。学生服のポケットに突っ込んだ普段は鳴らないスマホが何度も震え、妙だなと通知を見て愕然とした。

 母親から大量に着信とメッセージがあった。

 

《のどかが魔物に》

《帰り道V2にやられたの》

《連絡ちょうだい》


 スマホを持つ伊織の手が震えているのに気が付いて、優也ゆうやが「大丈夫か」と声を掛けてくる。


「分かんない。ダメかも……ダメかも知れない……!!」


 伊織は通学カバンを背負ったまま、短く刈った頭をグシャグシャと掻きむしり、その場にしゃがみ込んだ。

 スマホがアスファルトの上に転げ落ち、ガラスフィルムにヒビが入る。が、それを持ち上げる心の余裕が、伊織にはなかった。


「V2はヤバいって……!! どうしてのどかなんだよ……!!」


 商店街、人目も憚らずに伊織は慟哭した。

 優也はハラハラした様子で、伊織に必死に声を掛け続けた。


 ヴィラン化ウィルス――通称V2 (villain Virus)が世界中で猛威を振るい始めて一年半。このところ一般市民が魔物化したV2罹患者に襲われる事件が多発していて、登下校中も注意するようにと、そういう話を丁度ホームルームで聞いてきたばかりだった。


 塾を休むことを優也に告げて、伊織は頭が真っ白になったまま、フラフラした足取りでのどかが入院する病院へと向かっていった。





















「あ、《きらキュア》のアクスタみっけ」

「新作じゃん!」

「売り切れる前に買ってくわ」

「のどかちゃんに?」

「そうそう。あいつ《きらキュア》大好きなんだよね」


 高校帰り、優也と立ち寄ったグッズショップ《キュアキュアStoreストア》で、伊織は《きらきらジュエル☆キュアキュア》のアクリルスタンドに手を伸ばした。


「のどかちゃんはサファイア推し?」

「そう。僕はルビー推しなんだけど、優也は?」

「俺はパールちゃんだな。追加戦士枠だし、可愛いし」

「わっかる~!」


 透明なアクリル板の上に印刷された、フリフリの青い衣装を纏ったキュアキュアサファイア。大人しく儚げなのに凜としている姿が好きなんだと、のどかが話していたのを思い出して、伊織は少し頬を緩めた。

 二月から始まった《魔法少女キュアキュアシリーズ》、アクスタ第二弾には登場したばかりのキュアキュアパールの商品も追加されていた。


「やっぱキャラデザ良いな、《キュアキュア》は」

「だよな。今回は宝石モチーフだからめっちゃキラキラしてる」


 駅前の《キュアキュアStore》は女子が多く、男子高生二人で入ると少し目立つ。


「サファイアのアクスタで、のどかちゃん、少しでも元気出してくれたら良いな」

「うん。ありがと、優也」


 中三の冬、当時小六だった伊織の妹のどかがV2に襲われた時、絶望に打ちひしがれていた伊織を励まし続けてくれたのが優也だった。

 小学校からの同級生で、お互い妹が居ることもあってキュアキュアシリーズが大好きで意気投合して――あの日も結局、優也は伊織を見るに見かねて一緒に病院へと付き添ってくれたのだ。

 幸い、のどかの怪我は軽く済んだ。しかし、V2に襲われたショックで心を閉ざしたのどかは、以降外出を極端に怖がり、すっかり不登校になってしまっていた。

 

 殆ど胸の内を語ろうとしないのどかと唯一会話が弾むのが、毎週日曜日朝八時半放送《魔法少女キュアキュアシリーズ》の話題。どんなに強い敵にも前を向いて戦い続けるキュアキュア達が、のどかの心の支えになっているのを、伊織はよく知っていた。


「俺はパールの買ってくけど、伊織はどうする?」

「あ……今日はのどかの分だけにする。次の小遣い出たらルビーの買うよ」


 財布の中身と相談しつつ、伊織はサファイアの、優也はパールのアクスタを手に取ってレジに向かおうとしていると、その背後からヌッと痩せぎすの若いサラリーマンが現れた。

 仕事帰りらしく少し疲れた顔をしているが、眼光は鋭く、《きらきらジュエル☆キュアキュア》の棚に並ぶ新商品を舐めるようにして見つめている。

 背も高く、如何にも女性にもてそうな顔をした彼も、どうやらキュアキュアオタクらしい。

 棚から一種類ずつ新商品を手に取り、纏めて籠に突っ込んでいる。大人買いだ。伊織は少し目を丸くした。


「伊織、どうした?」

「あ~、いや。何でも」


 声を小さくする伊織の目線が大人買いの男性の方に向いているのに、優也は直ぐに気が付いた。


「気にすんなって。小遣い貯めて妹のためにアクスタ買ってる伊織は偉いよ。もっと誇れ」

「う、うん……」

「俺が伊織の妹なら、お兄ちゃんの買ってくれたアクスタが世界で一番嬉しいけどな」

「うん。サンキュ」


 普段は緩い優也の何気ない一言が嬉しい。

 あの日の自分と妹のことを知っている優也に励まされ、伊織はアクスタをギュッと握り締めた。

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