第32話

 一旦、子供達を部屋に落ち着かせると、改めて応接室で旦那様と対峙した。


 私は、ただの保護官。

 たかが『子守』だ。


 このお屋敷の問題ならば、旦那様にお任せする他ない。


 ならばと、奥様が心配なされていたことを、包み隠さず伝えることにした。


 たった数ヶ月の関係だ。


 余計なお世話かもしれない、自己満足かもしれない。

 それでもと、挑むように、私自身の考えを口にしていた。


「旦那様、どうかもう一度、奥様の心と向き合ってくださいませんか。たかが子守が、何を言うかとお怒りは承知です。ですが、旦那様も道を探してらっしゃるのではないですか」



 あの月の眩い夜。


 奥様の部屋の前に立つ、旦那様の顔に苦悩を見ていなければ、ただ情も冷めたのだと思ったろう。

 奥様を取巻く状況に抗うことにも、挫けてしまったのだと、思っただろう。


「奥様の部屋を訪ねようとしては、立ち去っていたのは、奥様に心を残していらっしゃるからではないのですか」



 余計なことを言いすぎた自覚はある。

 言い終えたことを示すため、頭を下げて待つ。


 長い、長い、沈黙があった。

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