第12話 崩壊した日

 昼過ぎ。

 ナザトはタマネギを訪ねた。

「もう来ないでと伝えたはずですが」

 露骨に不機嫌になる。

「今日は確認したいことがあるんです」

「何ですか?」

「ピラミッドが崩壊した事故があったと聞きました」

「!」

「その時、貴女の恋人が亡くなったのではありませんか? それも死体が潰れて、復活の見込みが無くなったのではありませんか? それが原因で貴女はこの仕事に不平や不満がある。違いますか?」

「……なぜそう思ったのか、聞かせてもらえますか?」

「以前は真面目に働いていたと聞きました。だから、不真面目になるキッカケがあったと分かります。そこで白羽の矢が立つのが、崩落事故です。聞けば、貴女以外の職員は亡くなったというではありませんか」

「だからといって、やる気を無くしたとは言えないはずですが?」

「亡くなった方の中に、深い繋がりを持った方が居ればどうしょう。親しい人を亡くしたときの心の濁りは理解できます。まして死体すら残らなければ、やりきれません。さらに残念なのは、死体さえ残っていればいずれ復活して再会するという希望がある。でもそうはならなかった」

「復活なんてものも、眉唾ですけどね」

「多分貴女と亡くなった方は、信心深い方だったのではないでしょうか? だから余計に現実を否定したくなる。サボリはささやかな抵抗なんじゃないですか?」


 暫しの沈黙が流れる。

「恋人ではなく友人です」

「え?」

「亡くなったのは友達です。ナザトさんの推察通り、彼女はモトトク教の敬虔な信者でした。毎日教会に行き、宗教行事には全て参加し、貧困地帯へのボランティアに精を出すほどでした。しかし彼女、イガナマの体は石に潰され、跡形も無くなりました」

「詳しく話していただいてもいいでしょうか?」


 数年前。

「タマネギ。今どんな感じ?」

「あと1体で一区切りつくよ」

「さすが。仕事が早いね」

「私にはこれくらいしか出来ることがないから」

「もー、卑屈になっちゃって。誰かの役に立ててるんだから、もっと胸張りなよ」

「それはちょっと難しいかなー」

 その時遠くで小さく、ガラっと音がした。イガナマはそれを聞いていた。

「何の音だろう」

「え?」

 タマネギの足場が崩れた。

「タマネギ!」

 イガナマは落ちそうになった彼女の手を取る。当の本人はいきなりの事で思考が追い付かない。

 タマネギを持ち上げる。

「一体何が?」

「崩落したんだよ。きっと建築中に不備があったんだ」

「えっと、死体はどうしよう?」

「そんなことより、緊急時の集合場所になってる、祭壇の間に行こう」

 

 縦横高さの丁度真ん中、祭壇の間にたどり着く。

「タマネギ、イガナマ共に到着しました」

「よくぞ無事だった」

 班長が人数を数える。作業員の8割ほどが集まっていた。

「これだけいれば死体を運び出せる。あと3分待つ。時間になったら棺桶や壺を運ぶぞ」

 出口は1つを除き潰れていた。唯一の出口に向かってミイラを運び出すとのこと。

 時間までに合流できた人は僅か3人。足が挟まれた人を救助していて遅くなったらしい。

「よし。始めるぞ」


 保管室からバケツリレー方式で棺を運び出す。タマネギは出口の外にいて、棺桶が出口を塞がないように配置する役割を与えられた。イガナマはタマネギに死体を直接渡す配置だ。

 テキパキと運び出す。ピラミッドの中にある棺と壺はおよそ200個ずつ。まずは本体とも言える、棺桶から運び出す。「はい」「はい」と息を合わせて、最速で動く。同じ宗教を信仰する者だから成せる業だ。

 棺を運び終わった。次は壺だ。残り200、170、120、……、最後の壺が運ばれる。

「タマネギ。これがラスト」

「はい」

 壺を手に取った時だった。イガナマの頭に石が落ちる。

「イガナマ!」

 出口は須臾しゅゆと崩れた。それを皮切りに、建物全体が崩壊した。足場が崩れたタマネギは落下した。

 事態が落ち着き、辺りを見渡す。足元には赤い石。目の前には、自分以外の死という、冷たい現実だけが広がっていた。

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