第16話 普通じゃない停電

近くで実験体が逃亡し、姉からも気を付けるよう言われたが、俺達は普通にショッピングモールを満喫できていた


互いに服をコーディネートして、着せ替え人形にしたりされたり。火鍋が思ったより辛くて驚いたカゲリを2人でからかったり


そして今は、3人で様々な芸術作品が紹介されている本を読み漁っているところだ


忘れかけていたが、今回の本来の目的はラルラのスランプを解消すること。こんなありきたりな方法で解消されるとは思えないが、他の方法も思い付かない


しかし、1番最初にラルラが飽きた。本を棚に戻して、カゲリを連れて下着を買いにいってしまった。もちろん、その買い物に付き合う程の覚悟は俺にはない


俺は2人が戻ってくるまで、書店内をうろうろすることにした。適当な本を手に取り、ラルラの刺激になるようなものはないかを探しながら…


にしても、人間という種族は昔から何も変わっていない。常に「効率」と「文化」を両立させようとしている。『本』は良い例だ


今の時代、科学技術の発展によって基本的に何でもタブレットの中に収まるようになった。学校の教材や図書館の書物の保存先も『電子化』だ


そういう俺も、学校の授業は1つのタブレットで教材を確認し、もう1つのタブレットでノートを取っている。今の学生は、これが『普通』だ


しかし、そんな世の中になったとしても、実物の本やノートやシャーペンなどの文房具は残っている。それはきっと、人類そのものが、物体への愛着があるからなのだろう


俺は、ボールペンの売られている棚に向かい、黒のボールペンを1本手に取り、備え付けられている横長の紙に軽く線を書く


軽いタッチで、あまり力を入れていなかったけど、スラーと書くことができた


数百年前は、このボールペンを使うのが普通だった。しかし、技術は発展し、人々の硬い考え方も時間によって溶かされていく。普通は、変わりゆくものなのだ


不変的な普通は存在しない。それは、人が変われる生き物だからだ


『なんの因果もシガラミも関係なく、普通の幸せを掴んでね…』


ずっと昔の記憶。あれから俺は、普通にやれているだろうか。移り変わる普通に適応できているのだろうか


「…暗くなりすぎか」


シャーペンを元の棚に戻し、俺は芸術ジャンルの棚へと戻っていった。そんな俺のことを見つめる、影の存在には気づかずに…


◇◇◇◇


買い物を終えたわたしとラルラは、話しながらカキネの元へと戻っていた


「カゲリって以外と大胆なの着けてるんだね」


「ふふっ、派手で困ることはないからね。でも、ラルラは普通過ぎると思うよ?」


「どうせ見せる相手なんていないし、いいんです~」


「カキネには?」


「え~…あいつに見せる下着なんて、地味なので十分でしょ」


「見られるのはいいんだ」


「その時は逆に見て、笑ってやるけどね」


「ふふっ、やっぱり2人は仲が良いね」


カキネのことを話すラルラは楽しそうにしている。けど、話を聞いてる限り恋愛感情は無さそう。男女の友情が成立しいる数少ない特異点みたい


いやでも案外、男女の友情は成立してると思っている。そういう人たちは結構見掛けるけど、感情を隠しているだけなのかもだけど


「2人は、相性がいいんだね」


わたしがそう言うと、ラルラから「カゲリには負ける」と返されて、ポカンとしてしまった


カキネとは仲良くやっている、少なくとも嫌いではないけど…出会ってからまだ1週間と少しだけ。それで相性がいいかの判断はできないと思う


なんでラルラは、私とカキネの相性が良いと思ったんだろう?


「ねぇ…なんでそう思ったの?」


わたしは浮かんだ疑問を、そのまま口にしてみた。「なんで、わたしとカキネの相性が良いと思ったの」と…


「え~、それぐらい、眼を見れば分かるよ。私は乙女だし、あいつの親友でもあるからね」


ラルラのくれた回答は、抽象的で明確な答えではなかったが、どういうことなのかは分かった


けど、実感は持てないかな…


わたしの中で答えが出た瞬間、世界は暗闇に包まれた…物理的な意味でね。要は停電が発生した


わたしたちのいる場所は女性下着売り場ということだけあって人は少ない。そして、全員パニックというよりは困惑の方が強そうだ


他の人たちはスマホのライト機能で光源を確保しているみたいだけど、わたしはスマホのバッテリーが勿体ないと思ってしまう


するとラルラが、光を発する球体を生み出す魔術を使って、光源を出してくれた


717


淡い光がわたしとラルラの顔を照らしてくれる。とりあえず、これで身動きは取れるようになった


「停電みたい。こういうのって珍しいの?」


わたしの質問にラルラは答えてくれなかった。いや、正確には彼女の耳には届いていなかった


「あは…あはは、あはははは!」


隣の少女からの急な笑い声。嬉しそうだが、どこか狂喜的な笑い声が響き渡り、周囲のお客さんもこちらを向いている


「あはは! ああ、ごめん。つい嬉しくって」


ラルラは笑い涙を指で拭って、軽く呼吸を整える


「カキネちゃん。これは、明らかな『異変』だよ」


「異変…?」


「そう。だってからね。これは、人為的に電源が切られてる」


そういえば、どこかで聞いたことがある。研究地区は危険な物質や実験生物が保管されている関係で、全地区の中で最も電気関連の防御が強いのだと


だから、電気の提供が途切れることはあり得ないと、停電はあり得ないとラルラは言っている


そして、ラルラはとあるニュース記事を私に見せてくれた。その記事には、ここの近くの研究施設から実験体が逃げ出したことが書かれていた


「異変…事件…異質…へへっ、インスピレーションの音がする!」


ああ、なるほど。彼女が興奮している理由はそれね。確かに、元々はラルラのスランプを解消するためのお出掛けだったし、こういう機会に巡り会えたのはちょうどよかったのかも?


けど、所詮わたし達は学生。まあ、わたしは少し有名だけど、こういう異変に対応するような立場じゃないから、ここは普通に待機して…


「えっと…電気室はどこだっけ?」


嫌な予感がする。普通の高校生なら、ここで何もしない。カキネなら絶対に待機している


一方その頃…カキネは本屋で他の客と一緒に待機をしていたのであった。「くしゅっん!」

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