21_ポテンシャル付与

 「あっ、ところで、ポテンシャルは今付けますか?」


 マリーは、鏡の前で自分の姿を入念に確認しているアヤセに尋ねる。尋ねられたアヤセは、鏡の前でピタリと動きが止まり、迷った顔をして俯いてしまう。


 「やはり、ポテンシャルはここで付与する必要がありますよね……。今回はどのポテンシャルも有用なので、どれが付与されても『当たり』と考えていいと思いますが、付与の瞬間は何度やっても緊張します。万が一、望まないポテンシャルを付与してしまった日には、マリーさんは自分のことを一生許さないのではと思ってしまうくらいです」

 「許さないだなんて、そんな大袈裟な……。私はアヤセさんにそんなこと言いませんよ。それに、前にポテンシャルは、生産者がどのように作製したかによって変わるかもしれないって、アヤセさんはそう言われていましたけど、そうだとしたら、ポテンシャル付与の責任は、最終的に生産者にもあると思っています。だから、アヤセさんが感じている責任を私にも分けてください。それに、この服はどのポテンシャルであっても、アヤセさんのお役に立つと信じています」

 「マリーさん……。分かりました。ポテンシャルはここで付与します」


 マリーの後押しを受け、アヤセは各装備品にポテンシャルを付与していく。


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  【防具・頭】深緑のケピ帽 品質8 価値9 生産者:-

   ポテンシャル(1)…マッピング(位置情報等の取得可能)

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  【防具・外体】深緑のプリス 品質9 価値10 生産者:-

   ポテンシャル(1)…念動(伸縮自在に装備者が念じる通り動かせる)

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  【防具・内体】深緑のドルマン 品質9 価値9 生産者:-

   ポテンシャル(1)…大天使の守護(物理攻撃被ダメージ55%down)

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  【防具・脚】深緑のズボン 品質8 価値9 生産者:-

   ポテンシャル(1)…大天使の摂理

            (状態異常自動回復(回復まで7秒。一撃死無効))

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  【防具・靴】宵闇のヘシアンブーツ 品質8 価値8 生産者:-

   ポテンシャル(1)…足場設置(空中に透明な足場を設置可

            (10秒間持続、連続5個まで設置可))

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  【装飾品】軽騎兵のサーベルタッシュ 品質7 価値7 生産者:-

   ポテンシャル(1)…インベントリ積載量3,000up

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 「ポテンシャルの付与が済みました。どれも素晴らしい性能です」


 それぞれのポテンシャルについて、マリーに報告を行う。マリーも自分が仕立てた服でありながら、その性能に驚いているようだった。


 「アヤセさんの前で言うのも申し訳ないのですが、正直ポテンシャルというとネガティブなイメージが先行していました。でも、これを見て装備品の性能が大きく変わってしまうことに、ようやく気付かされました」

 「正に『ポテンシャル』、潜在能力というところでしょうか……。ちなみに、アイテムマスターの職業特性で性能値に加算率1.045のボーナスが付きますので、これほどの性能でしたら数値の上乗せが目に見えて実感できそうです」


 アヤセは、各装備品のポテンシャルを見直してみる。


 「深緑のケピ帽」は、丈の短い円筒形の帽子であり、デザインのモデルとなった軍服より後の時代に登場した軍帽である。本来だったら、シャコー帽と呼ばれる丈の長い円筒形の帽子を着用するのだが、アヤセが刀を振りかぶる際に邪魔にならないように丈を短くするよう注文をして、変更された物だった。ただし、マリーがシャコー帽に近づけたデザインを採用し、違和感が無いよう工夫を施していたので、帽子だけ浮いているという状況になっていない。

 ポテンシャルの「マッピング」は、レーダーのような機能も備えているようで、怪しいオブジェクトや敵対する人物やモンスターを発見することに役立ちそうだった。チーちゃんにも偵察を手伝ってもらえば更に精度も期待できる。また、特殊効果によって素材の採取も捗りそうだ。


 「深緑のプリス」はペリースとも呼ばれる上着の部類に入る丈の短い服である。きれいな銀刺繍が施され、襟袖に毛皮があしらわれた華やかな衣装であるが、特徴的なのは、左肩に袖も通さず、マントのように羽織って着用する点にある。当然ずり落ちないようにストラップを右肩に回しているが、不安定なことに変わりはない。ただし、そこはゲームの世界、防具として認識された以上は、装備者の体から離れることはない。ちなみに、左腰のベルトに刀を差し込み、帯刀するスタイルのアヤセにとって、左半身を覆うかたちになるプリスが抜刀の妨げにならないか懸念されたが、その点も仕組みはよく分からなかったが、問題は無さそうだった。

 特殊効果のHP及びMPの自動回復はこれだけでも防具に付いていたら高値で取引されるくらい貴重なものである。なお、ポテンシャル「念動」は詳細が不明だ。後で検証する必要があるだろう。


 「深緑のドルマン」は、プリスに準拠した丈の短いデザインで、銀の飾り紐や袖口に施された刺繍が見事な出来栄えだった。ドルマンは、前を閉じるボタンを中心として、左右にボタンと飾り紐が付けられており、その外見があばら骨を連想させることから肋骨服とも呼ばれている。ちなみに、裏地もプリス同様、贅沢に絹を使い品質と価値の底上げが図られていた。

 特殊効果「初撃被ダメージ無効化」は、レイドボス等の切り札的な特殊攻撃すら防げるようなら、バランスブレイカーになりかねない性能だ。PKフラグ誘発のため、わざと攻撃をくらう戦法も思いついたが、今後上手くいくのか試す必要がある。戦術の幅が広がったことは素直に喜ばしい。

 特殊効果もさることながら、特筆すべきはポテンシャル「大天使の守護」だろう。物理攻撃によるダメージが、ほぼ六割近く軽減される効果は、服そのものの防御力も合わさって、自身に不沈艦さながらのしぶとさを持たせる結果になった。ただし、魔法攻撃に対しては、服の防御力自体は高いものの慢心は禁物である。それに、他にも言えることだが、攻撃を受けたことによって減少する耐久値も逐次確認の上、修復に気を配らなければならないだろう。


 「深緑のズボン」も外見はプリスやドルマンに合せたデザインで統一されており、控えめであるが刺繍も施されている。アヤセはマリーに対し必要以上の派手な装飾は不要であると伝えていたので、ズボンも含め全体的にサンプルと比べ派手さは抑えられている(それでも目を引くことには変わりがないが)。

 やはり驚くべきは、特殊効果とポテンシャルである。特殊効果「全ステータス+50(加算率込みで52)」は、一連の服の装備条件として必要なステータス値が足りないアヤセにとって必要不可欠なものである。言わばこの特殊効果が無いと、DEXだけ辛うじて20あり、何とか装備可能なズボンを除き、他の服は装備ができず、宝の持ち腐れになってしまうからだ。意図して特殊効果を生み出した訳では無いだろうが、マリーが自身の貧弱なステータス値のことを考えて仕立てをしてくれた結果として、この効果が付いたのだとアヤセは感じている。

 また、それに加えて、状態異常の対策として万能な「大天使の摂理」までポテンシャルで付与されているのは、今まで見てきた中でも秀逸の性能だった。ドルマンとズボンのポテンシャル、仮に「大天使シリーズ」と命名するが、このラインナップから言って、二つの服は、深緑装備の中核と言っても過言ではなかった。


 (欲を言えば、ドルマンは「大天使の庇護」で、ズボンは「大天使の冥護(みょうご)」が欲しかったのだが、今のものでも十分なポテンシャルだろうな。最後は、靴と装飾品か。ひと目性能を見て、これらの特殊効果とポテンシャルは、単純に嬉しかったな)


 「宵闇のヘシアンブーツ」は艶やかな黒が印象深い、膝丈くらいまであるブーツである。特殊効果とポテンシャルは「健脚」と「足場設置」でどちらも戦闘以外でも応用がききそうだった。

 「軽騎兵のサーベルタッシュ」は本来、騎兵が地図や小物を入れる用途で腰のベルトに吊る図嚢 (小型のカバン)である。元々サーベルタッシュは、オーダーメイドに含まれていなかったが、マリーが機転を利かせ余った素材で作製し、サービスしてくれた物だった。最も余剰品の再利用とはいえ、価値と品質がそれぞれ7もあることは、マリーの面目躍如と言えよう。


 (「足場設置」は空中にいる敵の追撃等で利用したり、使いようによっては、断崖絶壁を登る手段になるかもしれない。早速試したいポテンシャルだ。あと、「健脚」は無銘の刀のポテンシャル「鞘の内」と相乗効果があるのだろうか? そうだとしたら、どんな道だって四倍速で駆け抜けることができるだろうな)


 無銘の刀のポテンシャル「鞘の内」には、抜刀技の「一連の技の流れが続く限り全ての攻撃速度及び威力四倍」という効果があり、「一連の技の流れ」は技を繰り出す前の動作も含まれる。しかも、戦闘中でなくてもポテンシャルによる効果があるようで、例えば街中であっても、柄と鞘に両手をかけたり、左手を鍔元にやったりして、立ち技をイメージして歩くか走るかしたら、不思議なことに素早く移動ができてしまうことをアヤセは、最近になって発見した。本来の主旨と異なり、若干反則気味ではあるが、「健脚」との相乗効果を期待し、高速移動によって活動の場が広がる可能性に思いを馳せる。


 (それと、サーベルタッシュ、これは完全なバランスブレイカーだ!)


 このゲームにおけるアイテムボックス、つまりインベントリには二つの収納制限がある。一つは「種類枠」で、これは「何種類のアイテムが入るか」の制限であり、もう一つは「積載量」と呼ばれ、「アイテムの重量」に関する制限である。例えば、下級ポーションは重量2のアイテムであるため、これを上限がそれぞれ種類枠200、積載量500のインベントリに一つ収納した場合は、残り199種類、498の重量分までアイテム等が収納できる仕組みになっている。ちなみに武器、防具及び装飾品は例え装備をしていても、インベントリ制限の対象になって種類枠と積載量をその分必要とする。


 通常、プレイヤーのインベントリは、種類枠200、積載量500が初期にそれぞれ設定されている。各枠の拡張は、高額で貴重な拡張アイテムの使用か、商人や農夫等といった、インベントリが元々大きめに設定されている職業を選択するか、又は手元にある「軽騎兵のサーベルタッシュ」のような装備品を入手する他ない。


 (自分が知る限りだと、現時点での収納制限は、種類枠が400で積載量は1,500くらいが最高のはずだ。「軽騎兵のサーベルタッシュ」と初期設定枠を合せて、自分の上限がそれぞれか加算率を入れて1,245と5,202になるから、とんでもない数量になってしまったことは間違いないぞ……)


 インベントリの収納制限のことを思いつつ、アヤセは、以前所属していたトップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」において、戦闘職の幹部から「ポーター奴隷」と呼ばれていたプレイヤーのことを思い出す。彼女は、職業がインベントリの制限枠が大きい商人だったこともあり、ダンジョン探索や採取の度に、休みなく強制的に荷物持ちの役割で駆り出されていた。パーティーにも入れさせてもらえず、ついて行くのもやっとの状態のなか、戦闘職のクラン団員から常に罵声や怒声を浴びせられていたようで、アヤセは、彼女がクランハウスの中庭で人知れず泣いているのを何度も見かけたことがあった。

 

 「アヤセさん?」


 マリーが、急に考え込んでしまったアヤセを心配して呼びかける。


 「ああ、済みません。この『軽騎兵のサーベルタッシュ』を見ていたら昔を思い出してしまいまして」

 「昔、ですか?」

 「ええ、これの種類枠と積載量を見て、同じような能力を持った人を思い出していました。今でも元気にやっているかな……」


 「……(また、女の人ね。もうっ、誰なの! 気になる。気になるけど、あまり話したくなさそうだから、無理に聞くのはちょっと止めておいた方がいいわね……)」

 

 マリーは、アヤセが語る人物が女性であることを即座に確信する。アヤセが今のような表情を見せるときは、大体クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」に関することか、困っている人物(特に女性)絡みであることは、察しがつくようになっていた。

 本当は、口に出してその女性との関係を聞き出したいのだが、ここはアヤセにも話したくないことがあるだろうから、本人が話さない限りそれ以上聞かないようにしようとマリーは逸る気持ちを何とか抑えるのだった。


 (幸いにして、自分は再起のチャンスを得ようとしているが、彼女は今でも変わらず、クランで「ポーター奴隷」として酷使され続けているのだろうか? そう思うと、自分一人だけ、クランから解放されて、マリーさんとの出会いという幸運に恵まれたことを手放しには喜べないな)


 彼女は一度行動を共にした縁があり、以来、アヤセがクランで唯一親しくしていた団員だった。


(もし、今でもクランに縛られていて、更に脱退を望んでいるなら、自分も何か手助けしたいものだ)


 いつか、アイオス達に一泡吹かせるのと同時に、クランに苦しめられている生産職に対して、何かできることがあれば協力をしたいとアヤセは思うのであった。


 ここまで考え、アヤセは、自分のせいで横道に逸れてしまった話を再び元に戻そうとする。


 「それより、サービスでこれほどの物まで作製していただいて、全部合わせて十万ルピアで本当に良いのかと感じてしまいます。それで、申し訳ないのですが、自分は刀をサッシュに差す形になりますので、なるべく腰回りは空けておきたくて……。サーベルタッシュは左肩から右側にベルトで吊りたいのですが可能でしょうか?」

 「余った素材で作ったものですから、気にしないでください。確かに前に刀を腰に差すと言われていましたよね。配慮が足りなくてごめんなさい。この後、時間を少しだけいただければ、すぐに直します」


 マリーは笑顔で応じる。それと同時に疑問に感じたことをアヤセに質問する。


 「話が変わりますが、ポテンシャルで気になった物があるのですが。プリスの『念動』とは、どういうものでしょうか?」

 「実は自分も検証を行わなければと思っていたところでした。説明文を見ると、装備者が念じたとおり動いたり伸び縮みするらしいです。試しに頭の中でプリスを動かすイメージを今からしてみようと思います」


 アヤセは目を瞑り、プリス全体を頭の中で思い浮かべる。プリスは短めの上着で、本来の丈はアヤセの腰くらいまでの長さであるが、試しに裾を膝丈くらいまで伸ばすイメージをしてみる。


 「あっ! プリスが伸びましたね。ここまで伸縮する素材は使っていないのに、どうやって伸びているのでしょうか?」


 アヤセも目をあけて実際の様子を見てみるが、本人がイメージしたとおり、プリスの裾は自身の膝くらいの位置まで伸びていた。


 「これは、不思議なポテンシャルですね。敵の攻撃を防ぐ際に利用できそうでしょうか? あと、少し試したいことを思いつきました」


 そう言ってアヤセは、プリスの袖を何回か伸縮させた後、壁際へと伸ばしていく。袖は地面に落ちることなく、悠然と空中を生き物のように伸びていき、その先にあったハンガーラックから、掛けられた一着の服をハンガーごと取り出し袖口に引っ掛ける。その後、袖を縮ませ、途中でマリーがいる方向に向きを変え、ハンガーと服をマリーに手渡した。


 「す、凄い……。器用に物を掴んだりできるのですね」

 「実際やってみましたが、コントロールは難しいですね。それに握力は弱いようです。袖口で縛ったり、引っ掛けたりする必要がありそうですが、応用次第で色々な場面で活用できそうです。面白いポテンシャルだと思います」


 (初めは、「ステルス+++」の方が有用ではないかと思っていたが、これはこれで幅広く利用できそうだな。刀や銃の扱いは難しいかもしれないが、他に攻撃手段もありそうだし、色々実験してみるか。あと、戦闘だけでなく、採取とか狩猟でも活用の場面が出てくるかもしれない)


 アヤセはプリスの両袖で、ウサギのラビちゃんと、亀のターちゃんの頭を撫でながらそう考える。力加減の調整が難しいと本人は言っていたが、二匹に嫌がられることなく撫でる程度のことは、既にできるようだった。


 「(適応が早い……。さすがアヤセさんね)そうですね。他のポテンシャルもそうですけど、これが一番ユニークかもしれませんね」

 

 自分も頭を撫でて欲しそうにしていた、猫のスーちゃんを抱きかかえてマリーもアヤセに同意する。


 アヤセが先ほど、ポテンシャルの付与にプレッシャーを感じていることを語ったが、マリーもまた、アヤセからポテンシャルの内容を聞き、マイナス効果のものが無かったことに胸をなでおろしていた。どんなに性能が優れていてもポテンシャルに問題があったら、装備品として台無しになる可能性がある。そう考えると生産者こそ、マイナス効果のポテンシャルがある装備品を作り出さないよう、気を引き締めて作製に当たることが求められるだろう。これは、マリーにとって相当なプレッシャーだった。


 いずれにしても今後は、ポテンシャルの有無や優劣が攻略を始めとする様々な状況で、明暗を分けることになる。そう考えると、絶対数自体が少ないアイテムマスターで、更にスキル【良性付与】と【一目瞭然】を有し、効率的な良性ポテンシャルの付与が見込めるアヤセの存在は、計り知れないくらい貴重であると容易に想像できた。マリーは、アヤセとビジネスパートナーになれた巡り合わせを喜ぶと共に、いつものように、将来的に自身のライバルになり得る女性が現れる可能性を心配し、一人でやきもきするのだった。

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