第37話

「いろは、大丈夫?」



恥ずかしさのあまり、周りの声から逃げるように耳を塞いでいたから、宇野くんの声が聞こえなかった。



「いろは?」


「え?あ、はいっ!」


「気分悪い?」


「ううん、大丈夫。す、すごい人だったね」



言いながら、慌てて宇野くんから離れた。


離れた今も心臓がドキドキして苦しい。


男の子にこんな風に抱きしめられるなんて初めてだもん。



「ほ、ほらっ宇野くん、そろそろ行けそう。行こっか」


「いろは、待って」


「え?」


呼びかけに振り向いた瞬間、離れていた宇野くんの手が再び私の腕を掴んだ。


そして、宇野くんの掌に右手が包み込まれた。



「迷子防止」


「……迷子?」


「……と言って、ただいろはと手を繋ぎたかっただけ」



ニッと無邪気に笑う宇野くんの表情に、恥ずかしさとは別の擽ったい感情が沸き起こる。


宇野くんと触れ合うことで生まれてくる初めての感情が、さざなみのように押し寄せてくる。


ポッと生まれる優しくて温かい気持ち。


今まで他の誰にも感じたことのない、この感情の名前を私は知らない。


宇野くん。


どうしてキミは、私にこんな風に優しさや温もりを教えてくれるの?


あの日、あの図書館で出会えたのが他の誰かじゃなくてよかった。


宇野くんがこんな風に他の女の子に触れることを、今の私はもう考えられないよ。

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