お姫様格闘家、ジョゼ
1 いじらしい義妹
山ん中の館からさあ旅立つぞとなってから、お師匠様は衝撃の事実をオレに伝えた。
「黙っていたが、八年前に、おまえの両親は事故で亡くなっている」
は?
死んだ?
父さんとベルナ母さんが?
嘘だろ……
「じゃ……ジョゼは? ジョゼはどうなったんです?」
オレより二つ下だった義妹(いもうと)のジョゼ。八年前って事は……、八才か。
「おまえの義妹(いもうと)は、親族にひきとられ、育てられた。暮らしには困っていない」
お師匠様は、いつもと同じ無表情。
知ってたのに、両親のことを今までオレに内緒にしてた、ってわけだ。
ちょっと、ムカっときた。
けど、教えてくれなかったのは、オレの為だろう。
お師匠様なりの優しさだ。
知ったところで、オレは何にもできなかったし。
一人前の勇者になるまで外の世界に出られなかったんだ、葬儀にも行けなかったろう。
家族とは、十年前に別れたっきりだった。手紙のやりとりもしていない。
父さんは羽振りのいい商人で、オレが四つの時、ベルナ母さんと再婚した。ジョゼは、ベルナ母さんの連れ子だった。
ベルナ母さんは、陽気でパワフルな美人だった。もと女格闘家。オレを実の子のようにかわいがってくれたっけ。格闘も教えてくれたんだよな。
そして、ジョゼ……
『おおきくなったら、ジャンおにいさまの、およめさんになる……』が口癖の、甘えん坊だった。
オレの後を、チョコチョコついて歩いてた。ちっちゃくって、かわいかったよなあ。
ジョゼは、オレのする事は何でもやりたがった。木登りも、泥遊びも、剣士ごっこも、格闘ごっこも……いつも一緒に、泥だらけになって遊んだんだよな。
けど、すっごい人見知りだった。知らない人がいると、急いでオレやベルナ母さんの後ろに隠れたんだ。
ジョゼがまともに話せたのって、家族以外じゃ、隣のサラぐらいだったよな。サラか……あいつも、もう十七か。元気かなあ。
お師匠様がオレこそ今世の勇者だと見出した時……
父さんもベルナ母さんも、寂しそうにしてたけど、でも、笑顔で見送ってくれた。
勇者は使命の時を迎えるまで、世俗と交わらず、山の中で暮らさなきゃいけない。そこから出ちゃいけない、外の世界の誰とも会っちゃいけない。そうお師匠様が言ったからだ。
ジョゼは大泣きでオレに抱きついて、『おにいさま、はやく、かえってきてね』ってしゃくりあげてたっけ……
あれから十年か……ずいぶん待たせちゃったな、ジョゼ……
「ジョゼは、今、幸せなんですか?」
オレの問いに、お師匠様は抑揚のない声で答えた。
「非常に豊かな暮らしをしている」
何かひっかかる言いかただ。
「ずいぶん姿も変わった。会ったら、驚くと思う。しかし、この十年、おまえの事を慕い、己を鍛えていたのだ。その実力もなかなかだ。できれば、萌えてやってくれ」
義妹に萌えろとか、そんな無茶な。
でも、会えるのは嬉しい。
かわいくなったんだろうな、ジョゼ。
て、思ってたんだけど……
さすがに、これはびっくり。
移動魔法で跳んだ先は、部屋と呼ぶにはちょっと広すぎる程の場所だった。
数歩先には、オレより背が低い、すっごく可愛い子。綺麗な衣装も似合ってる。
ジョゼ……?
何となく面影はある……
腰を覆うほどのまっすぐの黒髪がとても艶やかだ。線が細くって、かよわそうで……儚げって言うのがぴったりくるような、可憐な少女。
オレを見つめるダークブラウンの瞳が、うるうるとうるむ。
その子犬みたいな表情を見て思った、あ、ジョゼだって。
泣き虫で、甘えん坊な、オレの義妹だ。
「ジャンお兄さま……」
口は動かすんだけど、それしか言えない。
ゆっくりとぎごちなく踏み出した足が、はじける様に駆けだし、オレに抱きついてくる。
昔と変わってない。
最初、誰だこれ? って思っちゃったけど。
見るからに『お姫様』! って格好してんだもん。
リボンやレースがたくさんついた、裾の広がった白いドレスだ。デザインは控え目だけど、上品だ。よく似合ってる。
昔、オレにくっついて、庭や野原を駆けまわってたジョゼとは思えない。一緒に殴りっこしたり、投げっこしたり、虫取りをした。妹というより、弟みたいだったのに……
違和感バリバリ。
それに、ここは何処だ?
親族にひきとられたって聞いてたけど……
やけに豪華だ。
調度品も部屋も床もシャンデリアもピカピカのキラキラ、それでいて下品になっていないトータルコーディネート。相当な金持ちとみた。
いや、金持ちどころじゃない。まるで貴族の館だ。
ここでジョゼは育てられたのか……?
なんで……?
「お兄さま……ジャンお兄さま……お兄さま……」
オレの胸んところから消え入りそうな小さな声が聞こえる。
十年ぶりの再会だ。伝えたい事は、いっぱいあるんだろう。
けど、喜びのあまり胸がつまって言えないんだ。
だから、思いをこめて、ただ、オレの名前を呼んでいるんだ……
ジョゼ……
「会いたかったよ、ジョゼ……大きく、いや、綺麗になったな、お姫様みたいだ」
「お兄さま……」
ジョゼが少し顔を離して、オレを見上げる。頼りなげな、かわいらしい顔がオレを見つめる。
「ジョゼは……お兄さまのお役に立ちたい……連れて行ってください……」
胸がキュンとした。
何ってかわいいんだ、オレの義妹は!
お姫様みたいになっちゃったけど、中身は、全然、変わってない。
オレのことが大好きだった、ちっちゃなジョゼのままだ!
「一緒に行こう、ジョゼ」
「……お兄さま……」
「昔みたいに、オレがおまえを守ってやるよ」
「嬉しい……」
ジョゼが、又、オレにぎゅっと抱きつく。
「愛しています、お兄さま……」
聞こえるか聞こえないかってぐらい小さな声だ。
ああああ……かわいい。
本当に、内気だ。
オレだって、愛してるよ、ジョゼ!
おまえは、オレの大切な義妹だ!
オレのハートは、キュンキュンと鳴った……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます