第32話

どうして今敷島さんの名前が出てくるのか訳が分からない。


だけど、もし理央くんが敷島さんを引き合いに出して、私と離れる理由にしたいのなら……。


「良い人だよ。とても」


「……好きなのか?」


既に飲みきったのだろうか、彼が持つビールが傾いて……そしてそれを握りつぶした彼はそのまま缶を床に落とした。


好きなのは、理央くんだよ。


理央くんしか好きじゃない。


でもそれを言ったら、貴方は困るでしょう?


「嫌いじゃない、よ。良い人だもの」


俯いて、嘘とも本当とも取れない言葉を呟く。


「……」


「……帰ります。本当にごめんなさい。二度と貴方の前に顔を出さないようにするから」


沈黙に耐えられなかった。


でも、私から始めた事だから、別れを告げるのは私からじゃないとダメだよね。


ビールを冷蔵庫の上に置いて、もう一度理央くんを見た。


項垂れた彼の表情は見えない。


私の顔なんて、もう見たくもないよね。


小さく息を吐いて彼に背中を向けた。


扉に近付き伸ばした手でドアノブを掴んだ途端、強い力でそれを引き剥がされる。


「⁉︎」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る