マニピュレーター 9



「了解した。すぐ戻る」



 清子と美月の死体発見は、佐伯を通じ即座に人見へ伝えられた。



「さて、こっちもすっきりして面白くなってきたな」



 言葉とは裏腹に、面倒くさそうに帽子を被りコートを羽織る人見を見て金堂は笑う。



「すげえ下品な展開で、人見さんにぴったりですね」


「ああ、そうですか。――なんて冗談言ってる場合じゃないよ。ちゃんとやれ」


「へーい」


「上田さん達によろしく。なるべく早く合流する」


「了解です。じゃあ」



 立ち上がって敬礼をする金堂の腹に人見は手を回した。濃厚なコロンの香りが金堂の鼻を刺激する。


「あれれ、中尉。――俺はそういう趣味じゃあ無いんだけどなあ」


「いいじゃん、一回くらいさ。やらせてよ」


 少しだけ頬を赤らめた人見は、目も合わさず踵を返すと、背中を少し丸め大股でドアへ向かう。金堂はその後姿に、少しだけ微笑みながらもう一度敬礼をした。




 勢い良くドアを開けて本部に入るなり人見は顔を顰める。引き上げてきた山狩り班が上げる湿気と事態が動いたことへの熱気が篭る部屋の中で、涼しい顔をしている三人の背広組を横目で睨むと、定位置になった隅の席に帽子とコートの姿のまま座り、死体の写真を凝視する。



「状況はあ……どうですか? 管理官」


「清子の死体はあの写真のように。バラバラ死体で発見された少女は、美月と断定。頭や顔の毛は染められていましたが、体毛が真っ白だったので」


「二人とも殺害されてたってことね」


「そうですね。恐ろしい惨殺だ。庄野氏の殺害にも通じる感じがある。しかし、そうなると国崎氏の証言はどうなるのか……」


「嘘でしょうね。そしてこんなお粗末な嘘を付く理由は」


「捜査のかく乱だけでしょうな」


「そゆこと、かな?」



 佐伯は頷くと、立ち上がってマイクを取った。



「皆さん、まずはお疲れ様でした。死体が出たことで、国崎氏の証言の矛盾がはっきりしたので、とりあえず国崎氏の任意同行を求めたいと思います。土井琴美の捜索と合わせてよろしくお願いします」



 言い終え、咳払いをしながら座る佐伯にゆっくりと立ち上がった人見のウインクが飛ぶ。


 照れ笑いで崩れた顔に人見は歩み寄ると、腰を曲げて顔を寄せた。



「でも、多分琴美は捕まらないでしょうけど」


「そうですか。それでも皆さんには形だけでも頑張って頂かないと」


「頑張ってる感は大事だよね」



 言いながら人見は踵を返し、再度ホワイトボードを見る。市内の赤十字病院に死体を搬送したことを確認すると、湿気の多い部屋を出て溜息をついた。内ポケットからロリポップを一つ取り出し口に入れると、大股で廊下を突っ切り玄関を出る。


 そして、恨めしそうに天を仰ぐ。


 ビニール傘を広げると、携帯がバイブした。



『高見沢です。新山の自家用車を駅西側で追跡中ですが。どうも動きがおかしいです。他二名乗ってるようですし』


「よし、よし! 手間が省ける。おそらく春野と国崎だろう」


『言われてみれば……。え? ここまで読まれてた?』


「国崎に任同がかかった」


『了解です』


「死体を見たらあたしもそっちに向かうわ」


『状況が変わったらまた連絡します』


「よろしくー。殺されないように気をつけてね」


『はあ、なんとか――』



 半笑いの高見沢が言い終わる前に電話を切ると、人見は病院へ向かった。




 病院受付で許可を取り、地下の霊安室へ向かう。


 重い扉を開けると、冷たくどんよりとしたカルキ臭が人見の鼻を刺激した。暗いオレンジの照明にストレッチャーや棚が浮かび、奥には簡単な祭壇が置かれている。人見はそれに向かい、手を二度叩く。



「こうだっけ? 帰国子女だから許してね。ナムナム、私のせいじゃないー祟らないでーとり憑かないでー」



 頭を二度下げ、よしと納得すると、反対側の壁面を覆う遺体保存用冷蔵庫に向き合った。


「明警察署」と雑な張り紙をされた二台を勢い良く引き出し、一つ目の死体袋のジッパーを開ける。



「泥付き採れたてかよ」



 穴と言う穴に泥が詰めこまれた清子の死体を観察する。やはりちぎられたような乳房の傷に違和感がある。続けて、もう一台に乗った真ん中だけがこんもり膨らんだ死体袋を開ける。



「なんだ、このままかよ。って当たり前か」



 中にはビニールのゴミ袋が入っている。結ばれた口を解き、にわかに立ち上る生臭い血の臭いに顔を顰めながら、人見は袋の口を広げた。


 黒い瞳が見開いたままの少女の顔を見るとため息をもらす。



「あなたが清子を?! ……なーんて。殺せないよねえ。胴体と頭離れちゃってるし。でもそれだと動機的にはばっちりなんだけどなー……そういうことにしなーい?」



不意に扉が開き、人見は慌てて口を閉じる。



「刑事さん?」


「お医者さんですか? なんかやばいとこ見られちゃった」


「結城です。そうですな。死者にはもう少し敬意を払ったほうがいい。特にこんなむごい殺され方をしたお子さんには」



 決まり悪そうに視線を巡らせながら、人見は死亡時刻を聞いた。



「よくわかりませんな。冷たい泥水に浸かってたし、化膿やら炎症みたいな生活反応も確認できない。警察にはあまり触るなと言われてますしね」


「はあ……明日、大学病院のほうに搬送しないとならないんで」


「ただ、子供のほうは角膜の濁り具合から見て、二十四時間そこそこってところでしょうな。その黒い瞳はカラーコンタクトでした。下には緑の瞳が。ちょっと触らせてもらいましたよ」


「なるほど、かまいません。角膜か。参考になりました。有難うございました先生」


「あと、大人の方の傷ですが。尋常じゃない」


「はあ」


「頭蓋はジャリジャリに割れているし、胸の傷はまるで、人間の手でつかみちぎったようだ」



 じっとりと絡みつく医師の視線を感じなから人見は頭を下げ、逃げるようにその場を後にした。



「ああ、びっくりした! もー!」



 車に飛び込むと叫びながらキーを捻る。


 しかし、収穫はあった、と人見は一つ頷く。



 子供の切断部分は鋭利な刃物と適切な道具で合理的に切断されている。


実際はどうあれ、短時間で仕事を済ませようという意思がそこには垣間見られた。


 しかし清子の酷い傷にはそういう意図は無い。引きちぎられたようなその傷口からは恨みや憎しみがほとばしっている。


 予定どうりに美月を殺した清子は、その後、琴美に殺されている、ということだろう。だが、琴美がそこまでの憎悪を清子に向ける理由は少々弱い。


 或いは、似たような境遇で、命まで絶たれた美月に対する同情からか。



 ――これで、やっと事件はシンプルになった。つまり琴美はバケモノだ。



「イジメは怖いねえ」



 言うと、人見は鼻歌を歌いながら高見沢達の下へと急いだ。

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