第2章 第8話 鳥とトカゲが戦利品

 ≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫が一跳びで間合いを詰め、鋭い鉤爪を持った足で蹴りつけてくる。悠里が咄嗟に剣で受けると同時に剣を鷲掴みにされ、動きが止まったところにくちばしによるついばみ攻撃が悠里の頭部狙って降ってきた。


「くっ?!」


 悠里は状態を反らして啄み攻撃を躱すが、右手に握った長剣は≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫に鷲掴みされたままだ。

 悠里は剣に纏わせるプラーナの出力を上げ、その刃にプラーナを纏わせて柄を両手で握り、擦り斬るように振り抜いた。


「クァアア?!」


 悠里が振り抜いた長剣は≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の足の指を削ぎ落とした。≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫は悠里から距離を取ろうと後ろへ跳ねるが、それを先読みして追い縋った湊の刺突が、≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の胴に深々と突き刺さった。


「グワァァァッ!」


 ≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫が半狂乱の鳴き声をあげつつ、湊を啄もうと頭を振り上げる。その頭が振り下ろされる前に、湊は剣を捩じって傷口を広げながら後ろ跳びに距離をとった。


「【穴掘り】!!」


 エンリフェの【穴掘り】の魔法が≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の足元に深い穴を空けると、≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫はその穴にすっぽりと両足を取られて穴へ落ちていく。


「クァッ?!」


 混乱して慌てた≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫が両の翼をバサバサと振りあおぎながら穴からの脱出しようと暴れるが、その隙を悠里達は逃さない。


 悠里、湊、祥悟が3方向から囲んで≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の長い首筋に横薙ぎの一撃を狙う。

 正面から向かっていた悠里の剣は≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の嘴に防がれ火花を散らしたが、祥悟と湊の剣はその長い首に深く食い込み、そこから擦り斬るように刃を引くと、ぼとりと≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の首が落ちた。その断面から勢いよく血液が噴出する。


 首を刎ねられて動かなくなった≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫を、祥悟が【異空間収納】に収めた。

 

「まずは1匹目……っと」


 祥悟が額の汗を拭いつつ、【洗浄】で“現場の掃除”を行う。


「嘴と鉤爪の攻撃は鋭かったけど、手応え的に防御能力は大したことはなかったわね」


 湊が【清浄】した長剣を鞘へと戻しつつそう評した。


「いや~、その攻撃力が馬鹿にならないというか。嘴くっそ硬かったし、多分鉤爪だって硬いんでしょ?機動力もなかなかだったし。久しぶりに後手に回った感じがしたよ。エンリフェのフォローがなかったらあんなにあっさり片付けられなかったんじゃないか?」


 悠里も長剣を【清浄】して鞘に戻しつつ、エンリフェを見ながらそう言った。


「確かに。あの両足ともすぽーんときれいに穴に落ちたやつ。あれが決め手だったのは間違いないわね」


 湊もエンリフェをみて微笑んだ。


「え、あ、ありがとうございます?役に立てているなら嬉しいです」


 突然褒められたエンリフェが目を白黒させながらも口元を綻ばせた。


「むぅ……。エンリは出番が多くて褒められてズルい」


 ネロがエンリフェにジト目を向ける。


「【気配察知】して警戒している分、ネロの方が私より役に立ってますよ?私なんか誰も怪我していないから仕事しない日すらあるのに」


 シエラもどんよりと曇った空気感を出していた。


「ん?シエラが後ろに控えてくれてるお陰で思い切って無茶が出来るし、そのシエラをネロが護衛してくれてるから3人で前に出られるんだ。気にすることないぞ?」


 祥悟が後衛組の引け目を感じているのが丸わかりな会話に割り込んだ。


「うぅ……ショーゴさんありがとうございます。プラーナの訓練、頑張って戦えるようになります」


 ネロが尻尾をしなしなと垂らしながら祥悟に礼を述べた。 



◆◆◆◆



 初日は食人鬼族オーガ出没地帯と≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫の出没地帯の境的な曖昧な場所で野営した。


 【認識阻害空間】で野営地で囲って天幕を張り、食事を取って不寝番を回す。不寝番は祥悟、悠里、湊、ネロの4人が交代で行うのがこのメンバーでの定番である。エンリフェとシエラの2人は【気配察知】などの索敵能力を持っていないため、不寝番から外れている。そのうち【気配察知】を教えてくれとか言い出しそうだと思うが、感覚的なもの過ぎて伝えるのが難しい。というjか、ネロが出来るのだから直接ネロに教えてもらうように言い含めようと思った。


 

 夜間の不寝番はしてみたものの、特に近付いてくる気配などはなかった。ひょっとしたら食人鬼族オーガや≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫が昼間に活動して夜は寝る習性なのかもしれない。




 北の森滞在2日目。


 何時もの早朝稽古にネロ達3人が混ざり、6人でプラーナ操作の稽古を行った。


 プラーナを認識できるようになったばかりの3人は悠里が専属で指導にあたり、丹田にプラーナを熾す訓練に終始した。


プラーナを熾せなさすぎて感触を忘れそうです」


 シエラが不満げに言い、それにエンリフェとネロも追従する。


「もう1回、外部からの介入してもらえませんか?」


 エンリフェが両掌を合わせて悠里を拝み倒す。


「そうそう、また丹田しきゅうに教・え・て」


 ネロが上着をぺろっとめくり、薄っすらと割れた腹筋と綺麗なへそを悠里に見せつける。


「言い方!ルビが怪しい!またセクハラする気だろ!!」


 そう何度も揶揄われて堪るかと悠里は拒否するのだが、真面目にプラーナを巡らせる外部操作が必要だと訴えられると嫌とも言い辛くなり、結局引き受けることになった。


 その成果か、悠里が外部からプラーナを熾してやれば、その状態を3人ともある程度維持できるようになった。しかし自発的にプラーナを熾すのはまだ出来ないらしい。


「私たちは何日も馬車で移動するだけの、暇しかない時間で練習してた訳だし。朝練とか隙間時間で練習するだけなら、なかなか掴めないのは仕方ないよ」


 と、湊からもフォローが入った。

 

 早朝稽古を終わらせて【清浄】で身嗜みを整えると、改めて朝食の時間である。

 【異空間収納】で持ってきた温かい屋台飯(串焼きと蒸かし芋的な物)で朝食を済ませる。≪迷い人≫組には質素な食事なのだが、この世界で探索者が利用する携帯食料と比較すれば雲泥の差である。嬉しそうに尻尾を揺らしながら食事をするネロをみると頬が緩む。食後に周囲一帯に【消臭】を掛けて痕跡を消すと、本日の探索開始である。



 一通り片付けも終わったところで【認識阻害空間】を解除して森の奥へと向かう。


 昨日は食人鬼族オーガ地帯を抜けたところで、≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫と遭遇、交戦した。

 ≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫は食人鬼族オーガより動きが速く、嘴と鉤爪に関しては食人鬼族オーガより頑強で、打ち合うと手には痺れが走り、刃に火花が散った。しかしそれ以外の部位に関しては食人鬼族オーガと然程変わらない強度、という印象を受けた。


「さて。今日は昨日に続いて≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫と、大きなトカゲってのを狙ってみよう」



 祥悟が斥候として先に進み、本隊は悠里とネロ、湊の3人掛かりで警戒しながら祥悟の後を追う。森の起伏で野営地が見えなくなった頃、祥悟が≪止まれ≫≪来い≫のハンドサインとジェスチャーで合図を出した。


「例の大きなトカゲ、ってやつだと思う」


 祥悟のもとに集まった皆が、祥悟が指差す木陰の向こう側をチラ見する。悠里達の視界に4足歩行する目測全長4メートルを越えるコモドオオトカゲのようなトカゲがいた。大トカゲの背中側は褐色の厚そうな鱗や角ばった甲殻を纏っており、装甲ごと斬り下ろすような攻撃は非常に非効率に見える。逆に、地面側に接するような部位は鼻先から尻尾の中ごろまでにかけて薄汚れた白い皮で、背中側とは質感の異なる姿をしている。


「……思ったよりでかいな。さしずめ≪鎧大トカゲ≫ってとこか?」


 悠里の感想に祥悟も頷き返した。


「ああいう装甲持ちは、狩りゲー的に腹側が弱点だよな」


 祥悟の言葉に悠里も同意するが、攻め手に思案する。


「とはいえ、ほとんど腹這いだ。腹側への方なんてそうそう攻撃できないな」


「噛みつきを誘って、頭が上がったところで顎下や喉元を狙う感じかな?」


 湊が討伐方法をシミュレートして剣を手にする。前衛3人が立ち回りを検討しているところに、エンリフェが控え目な素振りで手を挙げて意見を口にした。


「胴体の下、魔法で突き上げましょうか?【氷槍】か【岩槍】とか」


「良いね。トカゲなら【氷槍】が良いかも。エンリフェの魔法攻撃を合図に突撃しよう」


 悠里がエンリフェの案に乗り、戦端を開き方に組み込んだ。


「では魔法いきますよ~。【氷槍】!」


 エンリフェの【氷槍】の魔法が地面から生えて≪鎧大トカゲ≫の腹部に突き刺さり、そのまま掬い上げるようにその上体を持ち上げた。


「ギュァア゛?!」


 ≪鎧大トカゲ≫は突然のダメージに驚き四肢をバタつかせるが、前脚は宙を掻き空振りする。


「今ッ!!」


 悠里の合図に湊と祥悟と3人で一斉に行動を起こす。


 駆け出した前衛3人はそれぞれが両手持ちにした剣を刺突の構えで突貫チャージし、≪鎧大トカゲ≫の薄汚れた白い皮膚の部位、顎下と喉元と胸部の3個所に、剣の切っ先が深く突き刺さった。


「ギィ……カッ……」


 刺し穿たれた傷と口から血を吐いて大きく痙攣し、≪鎧大トカゲ≫は動かなくなった。


 3人が剣を引き抜くと、≪鎧大トカゲ≫の上体を持ち上げていた【氷槍】が中程で割れて折れ、≪鎧大トカゲ≫の死体は腹を見せるように地面に転がった。



「ふぅ……。エンリフェの【氷槍】のおかげであっさり斃せたけど、あれなしだったら結構時間がかかる敵かも」


 顎下から剣先を突き込んだものの、表層部の甲殻を貫けなかった湊がそう評した。


「だな。柔らかい側は何とでもなりそうだけど、硬い方の甲殻からは難しそうだ」


 祥悟と悠里もその感想に同意して頷いた。



◆◆◆◆



 前日の≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫と翌朝の≪鎧大トカゲ≫を狙って狩りをすること3日が経過した。



 そろそろ豚頭族オーク討伐隊の件も動くのでは?ということで一度王都に戻ることになった。道中例の陥没穴付近は行きの時よりも豚頭族オークの遭遇率が更に上がっており、そろそろ森から溢れ出すような気配を感じた。


 午後の早い内に王都に帰着すると、一行は探索者シーカーズギルドに直行した。豚頭族オークの討伐隊の件を窓口で確認する。顔なじみになっている受付のアーシャ嬢の列に並び、順番を待った。


「アーシャさん、こんにちは。豚頭族オークの討伐隊の件って、どうなってますか?」


「あら、ユーリさん。お帰りなさい。豚頭族オークの討伐隊は明日の早朝に北門集合で出発する予定ですよ。ユーリさん達も参加されますか?」


「明日の早朝ですか?分かりました。参加でお願いします」


「承知いたしました。それでは参加予定のグループとして記帳しておきますね」


「お願いします」


 豚頭族オーク討伐隊の参加の申請が終わると、一行は裏手の解体場に回り込む。


「こんにちは。今回も引き取りお願いしますね」


 悠里が声を掛けたのは、解体場を仕切っている坊主頭の厳つい中年男性である。皆が「親方」と呼ぶため、本名は知らないが釣られて“親方”と呼んでいる。


「んぁ?あー、【異空間収納】組か。お前らまとめて持ってきすぎなんだよ。いくら王都ギルドが【異空間倉庫】を設置しているからといっても、ものには限度があるからな?」


「ハハハ……。すみません、親方。今日も森に連泊した分を持ってきたので、結構量があります。対応お願いします」


「やっぱりか?【異空間収納】持ちがこんなにいるなら、もっと解体場の職員増やさないとだな」


「なんか色々すみません。今日もよろしくお願いします……」


 狩りのメインターゲットにしていた≪脚の長い大きな鳥ダチョウモドキ≫と≪鎧大トカゲ≫、行き帰りの道中で狩った豚頭族オークなどを積み上げていく。


「多すぎるわボケェ。買取明細は明日の昼頃までには出しとく。格上をこれだけ狩って来れるならついでにランクアップも申請しろ」


「明日は早朝から豚頭族オークの討伐隊に参加するので、戻ってきてから受け取ります。申請もその時に」


「あぁ、豚頭族オークの討伐隊に参加するのか。先輩探索者達の戦いを間近にみて、学んで、ちゃんと帰ってこい」


 坊主頭の厳つい親方が討伐隊に参加すると聞いて悠里達の身を心配してくれていた。悠里はその気遣いに頬を緩め、頷いて応えた。


「はい、無理はせず、生きて帰ります」



 戦利品の提出も終わって一旦宿に戻る。宿泊日数の延長手続きを済ませると、次は食料品や消耗品の買い増しである。


「即金にならなかったのは地味に痛いな……」


 悠里はパーティ運用資金用の財布の残金を確認しながら溜め息を吐いた。


「討伐隊から帰った後、収入のアテがあるだけマシと考えましょう?」


 湊が肩を竦め、悠里を宥めた。


「そうそう。俺達は【異空間収納】で獲物を丸ごと持って帰れるんだし、換金率の高い部位だけ持って帰る一般の探索者シーカーに比べれば稼ぎはずっと良い方だろ?」


 祥悟も【異空間収納】なしの場合を考えてフォローを入れる。


「そうですね。素材を持って王都との往復が多い一般の探索者シーカーに比べたら、かなり効率良いですよ?」


 先輩探索者シーカーのシエラにも窘められ、ユイエは素直に頷いた。


「それもそうだね。鳥とトカゲで大分稼げた筈だし、討伐隊終わったら装備整えたいね」


 悠里達は気を取り直して宿へと帰って行った。

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