第1章 第8話 講習前半
湊が頭を抱えた昼休憩の後、座学からはじめるとの事で参加メンバー達は大講堂に集められた。食堂でみた
メイア教官のようにパッと見で目を引く特徴はなかったが、男子に
一般教養に続き、こちらでもお世話になるらしい。
「えー、皆さんこんにちは。
メイアが教卓について一礼した。
「一般教養で一緒に学んだ方が多いですが、新しいメンバーもいますので、まずは自己紹介から開始しましょう。廊下側の前方から後方に向かって順に挨拶をお願いします。先に21名の挨拶を済ませてから、新しい参加者の6名という順番でお願いしますね。あ、教えるのも覚えるのも今はファースト・ネームだけで良いです。フルネームは後々で」
廊下側に座っていた町田グループからそれぞれ自己紹介を開始し、初手で21人が≪迷い人≫であることを明かすと、新しい参加者達6名から驚きの表情をゲットできた。
21名分のファーストネームでの挨拶が済むと、次は合宿からの合流となった6名の番となる。
17歳の
「(思ったよりも全体的に子供が多いな?)」
悠里は年下の少年少女達に優しくしようと心に留めた。とはいっても、相手はこの世界のネイティブ達である。多少一般常識を学んだとは言え、こちらが教わることの方が多そうだよな、とも思っていた。
「さて、自己紹介も終わりましたので早速ですが初心者講習を開始します」
メイア教官がそう言いながら全体を見回した。
「皆さん
メイア教官が見回しながら生徒達の反応をみる。
「そうですね。では
指名されたエリュシルは背筋を伸ばして喉の調子を確かめるように咳払いをしてから話しはじめた。
「駆け出しの
エリュシルはそこで一旦言葉を切り、メイアが頷きながら聞いている様子をみて続きを語りだした。
「実力がついてくると魔物の討伐依頼や護衛、素材回収などの仕事に切り替わって行き、この頃から戦闘職らしい活躍をするようになってきます。それなりに経験を積んで装備が整ってきたら、自分達に合った都合の良い狩場のある地域へと渡り歩いて行く、非定住者というイメージです」
ここで再度言葉を切り、メイアの様子を確認して未だ止める気が無さそうな様子をみて更に言葉を続ける。
「中堅どころの実力がついてくるとそれなりに尊敬されるようになります。更に力を付けていくと≪二つ名≫なんかが付けられたりして、有名になったりします。上位の
メイア教官がなかなか止めないため、語り切ったところで不安げになり、エリュシルは様子を窺うようにメイアに訊ねた。
「はい、大変素晴らしいです。世間での
メイアの言葉にエリュシルはホッと胸を撫で下ろした。
「
メイアの言葉を皆が傾聴していた。
「この≪駆け出し≫の範囲には
言ってみれば、日雇いバイトの登録者のような物だろう。
「次に≪初心者≫の範囲についてですが、街中だけの安全な活動から卒業して、街の外での採取や素材集め、弱い魔物の討伐などに挑戦できるだけの知識と準備ができた層になります。いわゆる
各々がメイア教官の言葉を咀嚼して飲み込んでいく。言っている事は分かるし納得もできるのだが、悠里は何か違和感を感じた。
この合宿は4週間予定で、早ければ2週間で卒業できると聞いていた。メイア教官のいう初心者のレベルまでの到達で、2週間も必要だろうか?初心者らしい
「メイア教官、質問良いですか?」
「はい、ユーリ君。なんでしょう?」
「≪迷い人≫組は既に
「そうですね。再度同じような戦いになった際、皆が適切に判断して連携し、何度でも倒せる程に再現性のある戦闘経験であれば、戦闘としては問題なしと判断できると思います」
ここでメイア教官は一旦言葉を切り、受講者達を眺めまわした。
「しかし
命に関わると訊けば自然と表情が引き締まる。
「例えば森で食料を調達する際、食べられるキノコと毒キノコの見分け方は?薬草と毒草の区別は?燃やすと致死性の毒煙が出てしまう植物に注意を払えますか?魔物の解体や食材の状態から食事の状態にまで、自給自足で用意できますか?それに、チームで安全に野営するためのノウハウはいかがでしょうか?」
メイア教官の落ち着いた声での丁寧な回答に、悠里は成る程と納得した。つまり、
サバイバル生活で生き残れる下地が出来るまでを、≪初心者≫としている。悠里のイメージ的にはそれは≪ベテラン≫だと思っていた。
「時間を要する理由に納得しました。回答ありがとうございます」
悠里は礼を述べると、素直に引き下がった。初心者講習とはいえこれは命に係わる講習である事を、皆が理解した。
◆◆◆◆
初心者講習では、座学で野外活動時に注意するべき動植物や獣、魔物の縄張りのマーキングについて、森や山で道に迷った際の歩き方、魔物の習性や縄張り意識、遭遇した際の対処方法、野営のやり方など、幅広く学ぶ事になった。
ただし現代日本と違って写真で見分けられるような便利な情報源がなく、精緻に描かれた高級品の図鑑などを用いての座学が主である。
図鑑は授業で見せて貰えるだけで個人ごとに配布される物ではなく、欲しいと思うなら自分達で稼いで購入するように、とのことだった。
座学で予習し、フィールド・ワークで野営をしながら体験と実践を繰り返して身に着ける。
そしてフィールド・ワーク中に遭遇した
予定された2週間の講習前半は、あっという間に過ぎていった。
「さて、皆さんお疲れ様でした。最低限の2週間の講義はこれで終わりとなります。更に学びたい方は追加で2週間、ご一緒いたしましょう。初心者合宿を卒業したい方は、戦闘実技の試験を行い、合格すれば初心者合宿を終了できます」
メイア教官からの言葉に皆が聞き入り、どうするべきかを考える。
「(初心者合宿なんてすぐ卒業してしまおうと思っていたけど……。想像以上に有益だった。今後のことも考えればあと2週間、講習を受けた方が良いな)」
悠里と祥悟、湊の3人は講習の継続を望んだ。それは他の≪迷い人≫達も同様である。逆に、講習の終了を望んだのは、この世界のネイティブである6人である。≪迷い人≫組が知らないことを
「明日1日は休養日とします。引き続き2週間の講習を希望される方々は、明後日からもよろしくお願いします。卒業希望の方々は訓練場に移動して、戦闘実技の試験を受けて下さい」
メイア教官は一旦ここで言葉を切って、教室内を見回す。
「また、講習で手に入れたお金を等分して分配しますので、宿舎のご案内カウンターでしっかり記録を付けて貰ってください」
◆◆◆◆
2週間の受講が終わり宿舎の部屋に戻ると、悠里達と同室の
「相原と橋本はあと2週間の講習を受けるんだよな?このまま
圭吾から訊かれ、悠里が答えた。
「その予定に変わりはない。藤沢は迷ってるのか?」
「あぁ、正直迷ってるな……。
「
悠里が圭吾に別の選択肢を提示してみたが、藤沢はやんわりと首を振って否定の意を示した。
「それは何か違う気がするんだよ。折角恵まれた体格と能力があるんだ。そっちを活かしたいって思いもあるしな」
藤沢圭吾の身長は190センチを越えていて、この世界の
「……迷ってる段階なら、とりあえず
判断の先延ばしではあるが、祥悟としてはこの合宿はかなり有意義と感じているし、
「そうだな。折角ここまで受講したんだし、合宿は最後まで参加してから考えた方が良いか」
圭吾は祥悟の意見に納得し、とりあえずあと2週間は合宿に継続して参加する事にした。
◆◆◆◆
翌日の休養日。今日は宿舎では朝食と夕食は用意されるが、昼食はなくそれぞれ各自で食事してくるようにとのお達しである。皆で朝食を済ませると宿舎のロビーのカウンターでお小遣いの革袋を受け取り、町田グループと桜木グループは早々に外出して行った。しばらく待っていると湊が降りてきて合流する。
「おはよう。今日は藤沢君も一緒なんだね?」
「片倉おはよ。とりあえずカウンターのリューネさんからお小遣い受け取ってきなよ」
「おっと、そうだね。忘れない内に貰って来るよ」
湊がカウンターのリューネに挨拶に行き、革袋を受け取ると頭を下げてから戻ってきた。
「おまたせ」
「おかえり。見ての通り、今日は藤沢も一緒だ」
「珍しいね?藤沢君よろしく」
「あぁ、片倉もよろしく頼む」
4人は宿舎から出ると、
「……っていう訳で、
一通り説明した悠里が藤沢に目線で「だよな?」と確認をとると、藤沢は黙って頷いた。
「ふ~ん……。まぁ一度職に就いたら永久就職って訳じゃないんだし。
「だな。衛兵にしろ騎士にしろ俺達じゃイメージでしかない訳だし。意外と夜勤とかあって近くに住んでいても休みの予定が合わないとかありそうじゃないか?誰か詳しそうな
「休みを合わせるって一点なら、確かに
相談相手に湊が追加されても結論的には変わらず、「
圭吾のお悩み相談の後は、
「物価的には前に来た時と殆ど変わらないかな?」
湊が付けられた値札を見ながらそう判断した。
「後半の合宿でどのくらい支度金が用意できるか、ちと不安だな」
店先に並べられた中古の直剣を手に取りながら、悠里が刃の歪みや刃零れの具合を確かめる。
「
祥悟も刀身の短めの剣を眺め、今後についてどう動くのかを推測する。
「後半はフィールド・ワークの実地研修が多いらしいし、貸し出してもらう装備での実戦経験も積むことになりそうだな?」
藤沢も自分の体格と膂力にあったポールウェポンの類を手にとって重心や振り易さを確認している。
「貸し出し武具の品質がどんなものかは分からないけど、このお店の中古品くらいだとすると手入れの道具を用意しておいた方が良いかもね」
湊が武具の手入れ用品のコーナーに行き、そこで荒さの違う3種類の砥石を手に取って考える。
「へぇー、砥石だけでもこんなに種類があるのか。どれがいいとかあるか?」
悠里が肩越しに湊に話しかけた。
「使い方が違うのよ。粗い砥石で大雑把に刃物を砥いで、真ん中の砥石で大体の調子を整えて、最後に細かい砥石で仕上げるの。だから砥石は3本用意しておくの」
湊が目の粗さの違う砥石を指差しながら解説してくれた。
「中古で借りれる刃物が手入れ済みなら良いけど、今借りてるのだって刃零れや歪みがあるでしょ?状態の良い武器を自分達で買えるようになるまでは、砥石を買って自分達で砥いでおく方が
安心じゃなくて?」
湊の説明に悠里と祥悟も頷いた。圭吾は湊の説明に成る程、と感心している。
「1人で3本の砥石は資金が厳しいから、1人1本買わない?帰ったら砥ぎ方教えるよ」
湊の提案に3人は頷いて答えた。
「さすが経験者、助かる。粗い砥石は俺が買うよ」
「それじゃ俺が真ん中の砥石」
悠里が粗い砥石を手に取り、祥悟が真ん中の砥石を手に取る。
「それじゃ、私が仕上げ用の細かいのを買うわね」
湊が仕上げ用の細かい目の砥石を手に取った。
「俺はどうする?」
手の空いてる圭吾が湊に訊いた。
「藤沢君はまだ進路がブレてるんだから、無駄遣いしない方が良いでしょ?借りてる剣を砥ぐのは、こっち3人でまとめてやってあげるから」
圭吾は湊の回答に頭を下げた。
「こっちまで気を使ってもらってすまん、助かる」
武器防具屋の次は商人ギルドの立地を確認しに行ったり、昼食に肉料理の店に入ってみたりと、それなりに王都の観光を楽しんで夕方前には宿舎に帰着した。
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