神隠しにあった俺達はこの異世界で生きていく
篠見 雨
第1章 神隠しは異世界へ
第1章 第1話 神隠し
最初はテンションの高かったクラスメイト達も、天候は快晴であるが変わり映えしない景色と特に案内する見所もない区間で暇を持て余すようになった。
茶髪のボブカットの添乗員、
一番手は“2-Bの残念系イケメン”こと
一誠は細身ながら割と絞り込まれた筋肉のついた良い身体付きをしており、黙っていればイケメンなのだ。しかし口を開けば空気を読まないオタクトークを連発する残念キャラである。そんな一誠を筆頭に漫研仲間のオタクグループがマイクを占拠して、流行りのアニソンを熱唱していた。
2-Bのオタクグループは男3名女比3名の計6名で、全員が漫研の部員でもある。一誠も黙っていればイケメンで通る容姿をしているが、他に日仏ハーフの金髪碧眼の美少女、
それがこのクラスのオタクグループであった。他の男子2名は長身瘦せ型の
オタグループがはじめたアニソン縛りに倣ったかのように、パリピのウェーイ系グループこと
桜木達はオタクという程ではなくとも、面白いと噂のアニメなら観てみるくらいには理解があり、激推ししていたアニメの主題歌が年末の歌番組に呼ばれなかったことに息巻いていたくらいにはオタクグループに理解のあるウェーイ系であった。
中でもリーダー格の桜木遥は身長が187センチとこのクラスで2番目に背が高く、スポーツ万能で容姿も男らしい風情で整っており、クラス内のウェーイ勢の代表格である。
桜木のグループは人数が多い。野球部の
その他のグループとしては女子の運動系部活動を中心とした運動部グループと幼馴染集団の藤沢グループがある。
運動部グループだと
幼馴染集団の
このグループは基本的に小学校からずっと一緒の幼馴染グループで、藤沢圭吾の身長差カップルである身長150センチの小柄な彼女こと、
悠里自身は身長は175センチで一誠と同じくらいの身長と体格、いわゆる細マッチョ体型である。
悠里の幼馴染の
悠里は深夜アニメの類はスマホで暇な時にみているので、町田のオタクグループや桜木のウェーイ勢グループが歌っている歌が何の主題歌か、4割ほどは理解していた。クラスメイト達の歌声を聴きながら、アニメのオープニング映像やエンディング映像を脳裏に再生し、聴き役専門に回ってそれなりに場を楽しんでいた。
このクラスはいわゆるクラス・カースト的な序列意識が低く、仲の良し悪しやイジリは在れど、イジメの類とは無縁だった。恵まれたクラス環境に属していることに、悠里は居心地の良さを感じている。
今も桜木グループの軽音女子3人が歌うアイドル物の日常系アニメ、と思わせて実はサスペンス物だった意外性にやられた某アニメの主題歌を聴いている。
長いトンネル内のオレンジ色の灯りにバス内が照らされていて、バスの前方からはトンネルの出口の光が見え始め、バス内に光が差し込んでトンネルを抜けたと思った瞬間、車体から突然ガタガタと悪路を走る妙な感触がした。
悠里は何事かと通路側の席から身を乗り出して前方をみてみると、それまで走っていた現代的な舗装された道路がなく、草木が疎らな荒れ地めいた、だだっ広い平野が広がっていた。
「……は?」
余りの衝撃に思考が停止し、今までの弛緩した空気が一変した。
「あれ?何か変じゃね?ていうか全部変じゃね?」
悠里の隣、窓際の席に座る幼馴染の腐れ縁こと橋本祥悟が、頬杖を崩して呆然と窓の外を見て言った。悠里は祥悟越しに窓の外を見ようと振り返るが、悠里より背の高い186センチの祥悟が露骨に邪魔で、立ち上がって覆いかぶさるようにして窓の外を覗き込んだ。
バスの横側も、前方に見えたような平原が広がっていて、遠くには美しい山脈が見えていた。
「様子っていうか景色がオカシイな?“トンネルを抜けたらそこは平原であった”って、今時の日本でありえるか?使われなくなった旧道路とかでもなきゃそうはならないだろ……」
悠里は祥悟越しに車窓に顔を寄せて外を見ながら言った。
「な?トンネル抜けただけでこの景色はないっしょ……?なにこれ?」
祥悟が状況の変化に顔を強張らせて悠里に同意を求めるが、同意を求められても「そうだね、おかしいね?」という同意しか返せない。
「……バスの後ろ、山もトンネルもないんだけど?どゆこと?」
最後尾の長席を占拠していた桜木グループでミルクティー色の茶髪で横髪を巻き毛にしている根岸美月が席に膝立ちして後方を覗き込み、戸惑いの声を上げた。
トンネルを抜けた直後だったのだ。背後にはトンネルと、トンネルが必要だった原因となる山があって当然の筈だったのに、それが無い。
「……ホントだ。トンネルもアスファルトもなくなってるし。何で?“トンネル抜けたら異世界だった”ってこと?」
オタクグループの金髪碧眼の日仏ハーフ美少女、古淵リオンが立ち上がり、後部の窓越しに背後を確認して声を上げた。その言葉にオタクグループはじめ、クラス全体がざわつきはじめる。
悠里もリオンの解釈に納得しかけ、産毛が逆立つような、ぞっとした気分を味わった。
バス添乗員で歴の浅い鶴間も突然の状況に動転しつつ、バス運転手の
同乗していた担任教師の
とはいえ、状況の把握といってもバスの運転手と添乗員の2人からしても初めての異変に混乱しており、とりあえずバスを停車させて周囲を窺うことになった。
混乱しているのは生徒達も同じで、状況把握をしたいという気持ちも皆同じである。クラスの半分程の生徒達は大人3人と共にバスから下車し、周囲の確認に出た。
「やっぱり後ろ、トンネルどころか山すらないよ?」
茶髪をツーサイドアップにまとめた美月が、バスの後ろ側に回ってみて、そう口にする。ついさっきというには遠すぎる場所に薄っすらとしか山が見えてはいない。あからさまに距離が離れすぎている。
「アスファルトどころか建物も、対向車線すらも見当たらないな……」
桜木グループの石川十兵衛が落ち着かそうにキョロキョロと周りを見回している。
「スマホ、電波入ってない」
同じく桜木グループの白に近い程の金髪を巻き毛にした山手香織が、スマホを取り出してSNSを開こうとし、圏外になっていることに気付いた。
混乱するクラスメイト達を尻目に、悠里は若干離れた場所にみえた小高い丘を目指した。周囲を見回して様子を探るにしても、高所からみた方が得られる情報が多いと思っての行動である。丘を登って周囲を見回してみると、バスから丘を挟んで反対側、数百メートル離れた位置に
「悠里、なにか見付かったか?」
後ろからついてきた祥悟が悠里の横に立ち、訊いてくる。
「あそこ、道っぽいものが見えないか?多分、轍かな?どうだ?」
悠里が祥悟に答えて道を指差した。身長差で若干悠里が祥悟を見上げる角度となる。声を掛けた祥悟は悠里の指先の指し示す方を眺め、首肯した。
「あぁ、確かに轍っぽいな。車輪に何度も踏み均された感じの道じゃないか?」
祥悟が悠里に振り返らず、道の左右、その行き先を見渡しながら答えた。
「……助けを求めるなら道沿いに移動してみるのが一番かね?道の左右の先はどちらも遠くの山脈くらいしか何も見えねぇな?地平線みたいにだだっ広いぞ……。北海道の田舎の道かな?」
祥悟が若干見下ろす角度で悠里を見て言うと、悠里も頷いて答えた。
「道に出たら、左右どちらかに移動していけば人里に出るかもな?そのくらいしかパッと対策が思いつかねぇよ」
悠里の言葉に祥悟は頷いて同意をすると、根本的な疑問を悠里に問う。
「確かに道の先には人里とかあるかもだけど……そもそもここ何処よ?分からないのが分かった感じ?」
祥悟の困り顔に悠里も困り顔で返す。
「だな。原因不明で意味不明な場所にバスごと放り出された時点で、分からないことだらけだよ……。あの轍ができた道らしきものが人里探しのヒントになりそうってことが分かって、とりあえずは御の字かな」
悠里の言葉に祥悟も同意し、2人は一度バスの方へ戻る事にした。
バスのところまで戻ると、一誠達オタクグループが割と落ち着いた様子で話し合っていた。
「もしかして……異世界ってやつ?」
小柄でほっそりした体型のショートカット女子、淵野辺琴子が若干興奮気味に言った。
「まじか、召喚されちゃった系?」
ラガーマン体型で肌が褐色の相模原太が、琴子の発言に乗っかった。
「いや、召喚なら召喚の儀式をしていた人達と顔合わせする筈だ。ストーンサークルみたいな特殊な装置っぽい物も見当たらないし、召喚されたって線は弱くないか?理由は分らんが転移の方がしっくりくる」
オタクグループのリーダー格である町田一誠が、腕を組みながら懐疑的に言った。
「それだと、≪神隠し≫が近そうかな?」
金髪碧眼の美少女リオンが、
「“トンネル抜けたらそこは異世界だった……”。有名アニメの神隠しそのままだな?」
180センチの長身痩躯の矢部裕斗が頷きつつ乗っかる。
「それな。名前取られるやつな」
相模原太が矢部裕斗に合いの手を入れる。
「でも神隠しだと日本か海外のどこかのど田舎に来ちゃった、ってパターンもあり得るんじゃない?」
ツインテ女子の成瀬美玖が、可能性に一石を投入した。
「それは、確かに」
一誠もここが地球ではないという根拠が見付からず、見知らぬド田舎説を切り捨てることができなかった。
「ステータス!メニュー!オープン!鑑定!」
リオンが腕を振り下ろしながらアレコレと試行錯誤しているが、お約束なメニュー画面は現れないようだ。
悠里はオタクグループの話を耳に入れつつ、傍に立っていた担任教師の横田に声を掛けた。
「横田先生、あちらの丘の向こう側に、轍のような道っぽいものが見えました」
「相原か。携帯もつながらず何もわからん現状だ。その道を辿って人里を探すくらいしか出来そうなことがないな……?」
「そうですね……。とりあえずバスに戻って、見付けた道沿いに走ってもらいませんか?」
「あぁ、そうだな。ちょっと話をしてくる」
担任教師の横田はバスの添乗員と運転手に話に行き、その方向で動いてみることに決めた。
運転手の長後はバスの運転席に着いてエンジンを点火しようとするが、バスのエンジンが動き出すことはなかった。
「駄目です……。歩く、しかないですね」
長後が困り果てた顔で横田に答えた。
「……それなら、荷物だけでも取り出しましょう?」
鶴間が言い、長後と鶴間で車体下部の格納庫を開けて、各自の荷物を取り出していく。格納庫に備えで入れていた防災グッズも取り出し、僅かながら食料と飲料水を持ち出した。
「2-Bの生徒集合!」
担任教師の横田が周辺の探索に出ていた生徒達を呼び戻しに走らせ、バスの横に全員を集合させた。バスに残っていた者達も呼んで並ばせている。
「見ての通り、状況不明の非常事態だ。相原があの丘の反対側に道らしきものを見付けてきてくれた。道沿いに行けば人里に出られる可能性が高い。だがバスはエンジンが動かなくなっており、バスでの移動は無理だ。残念だが、各自荷物を持って徒歩での移動とする」
横田が状況と判断を端的に周知し、防災グッズもバラして分散させ、体力のあるメンバー達にその運搬を頼んだ。長期保存の飲料水や非常食なども手分けして運ぶ事になった。
「食料と飲料水は生命線になる可能性がある。くれぐれも勝手は謹んでくれ」
横田が飲料水と非常食を勝手に消費しないよう、言い含めた。
「てかこの状況って何なわけ?町田達オタクグループが言ってたように異世界なの?」
クラスの中で派手目な桜木グループの女子で、金髪に脱色してロングヘアで、毛先を巻き髪にした磯子結衣が声を上げる。
「繰り返すが分らん!私見では状況的にバスが≪神隠し≫に遭って、見知らぬ土地にやってきてしまった、という町田達の解釈が一番しっくり来ると俺は思う。地球の何処かなのか、それとも別の世界なのか、今のところまだ何も分らん!」
言い切った横田が一誠に顔を向けると、一誠は横田に頷き返して同意を示していた。
「運転手さん、非常時の道具は防災グッズだけですか?発煙筒や脱出用ハンマーとか、バールみたいな工具とか、何かしら武器になりそうな物とかないですかね?」
オタクグループの長身痩躯、矢部裕斗が長後と鶴間に確認をすると、長後が車内に戻って発煙筒と緊急脱出用のハンマーも回収してきた。
「バールのような物もあれば良かったのですが、このくらいしかないです」
長後が持って来た発煙筒とハンマーを見せた。
「発煙筒は人を見付けてこちらに気付いてもらいたいような時に使えますね。ハンマーは武器にするには短いですが……誰が使う?危ない動物とか出て来た時にこれで戦う勇気のある人、いない?」
一誠が受け取ったハンマーをひらひらと振りながら2-Bの面々を見渡して確認する。
「……立候補がいないなら、俺がやってみようか?」
藤沢グループの藤沢圭吾が手を挙げた。藤沢は特に武道の経験はないが、このクラスでは唯一の190センチ台の高身長を持ち、素の体格と身体能力で上位に位置している。女子にハンマーを持たせるくらいなら、身体スペック的に自分が使った方が良さそうだ、と判断した。
「それじゃあ藤沢君、ハンマーを頼む」
一誠に頼まれ、藤沢が頷き返してハンマーを受け取った。
「とはいえ、武器を持って戦うとかしたことないし。俺がやられたら誰かにハンマーを任せるぞ」
藤沢は肩を竦めながら運動部系の生徒達を見渡してそう言った。
「ゲームとかでイメージする異世界っていうなら、魔物とかも居るかもね?空手部と柔道部は素手で何とか頑張って」
名前に因んでツインテールにしている成瀬美玖が冗談っぽく武道系部活動のメンバー達に話を振った。
「いや、ないわー。対人戦だって試合しかしたことないのに、危ない動物とかどう対処すればいいかわからねぇよ」
桜木グループの柔道部員、台場洋光が引き攣った顔で応える。
「そうだな、袖とか襟とかついてて二本足で立つ相手ならともかく、四つ足とか上半身裸で油塗ってたりするだけで何も出来なくなる予感しかしない」
運動部グループの柔道部員、
「俺も犬くらいなら倒せると思うけど、ヒグマとか出てきたらどうにもならんとおもうぞ?」
運動部グループの空手部員、
「とりあえず、移動をはじめよう。陽のある内に屋根のある場所に着ければいいのだが……」
横田の仕切りで、生徒達も一緒に移動を開始した。
◆◆◆◆
同日、遡ることトンネルの通過中。2-Bのバスの後を2-Cのバスがついて走っていたが、トンネルを抜けたところで2-Bのバスが忽然と消えた様子が、2-Cのバスの車載カメラに記録されていた。
バス1台丸ごとの失踪事件は日本はおろか世界でも報道され、オカルト研究者やライトノベル層の有識者達から、「異世界バス事件」として取り沙汰されることになった。
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