小さな恋

泡沫の

優しく、繋がる



誰も気づかない

結ばれない。


そんな、小さな小さな恋の話。



◯◯◯



「おはよう、蒼ちゃん」


 秋に入って、間もない頃だった。

 まだ少し暑くて、でも朝晩は寒くて、金木犀の香りが、ほんのり鼻をかすめる。

朝から、花が咲くような笑顔を見せてくれる花屋の店員さん。

 私、丸沢蒼が、その人に会うのが楽しみになったのは、いつからだっただろうか。


「おはようございます!海理さん!」

「今日も元気だね、いいこといいこと」

「海理さんがいつも挨拶してくれるおかげですよ!」

「それは良かった。」

「今日のオススメの花はなんですか?」

「お、待ってたよ。その言葉」


 ニッと歯を見せて笑う海理さんを見て、心がほっこりとする。

 この優しい男性、伊丘海理さんは、花屋で働く店員さんで、よく私にその日のおすすめの花や花束をみせてくれる。

今日はどんな花が見れるのかな、と心を踊らせながら待っていると、奥から3本の花束を持った海理さんが出てきた。


「これはダリア。白色は"感謝""豊かな愛情"って意味があって、こっちはススキ。"活力""心が通じる""秋風に想いを乗せて"って意味、それからこれは吾亦紅。"感謝""変化""明日への期待""物思い"って意味があるんだよ。」

「すごい!こんなにたくさんの意味が…」

「秋だからね。感謝を忘れず、明日の希望と活力を持って、変化を大切にする心を想いとして、秋風に乗せていってほしい…なんていう意味を勝手に考えちゃってたり。」


少し照れながら頭をかく海理さん。

ロマンチストなのかな、かわいい…。なんて思いながら、一緒に笑う。

 ふと、時計を見るともうあと10分で予鈴のチャイムがなるところだった。


「あっ、もう時間だ!海理さん、ありがとうございました!」

「そっかぁ、時間取っちゃってごめんね。」

「いえ!楽しかったです!またお話してください!」

「僕でよければ、ぜひ」


 お互い手を振って、私は駆け足気味に学校に向かった。


……また、お話できたらいいな。



◯◯◯



 早朝からのバイトが終わると、講義に遅れると行けないので、店長に挨拶してから自転車で駅に向かう。

 あの子はいつも、少し遅れてくるから駅のホームまでは進んでいく。

それから、あの子を待つ。

 アナウンスで、そろそろ電車が着きそう、というところで

声が聞こえた。


「ごめんねー、遅れた!」


電車のブレーキ音が響く中、負けないくらいの大きな声で僕に手を振る、幼馴染の夏沢舞。

駆け足気味に、僕の目の前に来る頃にはもう、電車は止まっていた。


「ちょっと寝坊しちゃって〜」

「またー?アラームかけときなよ」

「だーあって、かけても起きれないんだもん〜」

「ほーら、乗ろ?」

「はーい」


 まだ出発まで余裕があるので、ゆっくりと中に入って、席を探す。

まあ、毎回見つからないんだけどね。


「今日も立ち電車かー、きついねー」

「通勤通学時間だし、しょうがないよ」

「まーねー」


 ドアが閉まります、とアナウンスが聞こえる。

ゆるく内巻きになっているボブの髪が、電車が出発する勢いに合わせて、優しく揺れた。

ふわりと香るフルーティな匂いに、お腹がなりそう。


「ねえ、海理」

「ん?どうしたの?」

「私達3年生じゃん」

「そうだね」

「来年4年生で、その来年はもう卒業じゃん」

「うん」

「海理って、もう将来決めた?」

「うん、決めてるよ」

「え!?そうなの!?」


 僕達が通う唄片瀬大学は、偏差値55〜60の地方国公立。

僕は経済学部で、舞は心理学部にいる。

舞は、将来の夢がまだ決まってなかったから心理学ならだいたいどこでも使える!ってことで選んだらしい。


「海理、何になるの?」

「自営業でもしようかなって思ってさ」

「もしかして、お花?」

「うん、お花」


 昔から花が好きだった。

おばあちゃんの家が花屋だったからってのが大きいと思う。

ずっと僕の周りには花があって、花が僕に関わらないことなんて殆どなかったくらいに、花が好きで、しょうがない。


「いいなあ、海理の花屋!絶対常連になるよ!」

「嬉しいよ、ありがとう」


 舞が来てくれるなら、きっと楽しい毎日になるだろうな。

こんなに、花が好きそうな太陽のように明るい女の子だから。


「それで、いきなりどうしたの?」

「えっ、あー…えっとねー…」


 いきなりもごもごと勢いがなくなる舞。

どうしたんだろう。


「私、なりたいかもしれないもの、みつけてさ……」

「そうなの?」


急な話だった。

そんな素振り、見たことなかったから。

 でも、舞のやりたいことなら、全力で応援したい。


「じゃあ、何になりたいの?」

「…笑わない?」

「笑うわけないよ、言ってみて。」

「うん…」


ひと呼吸置いて

決意したように、口を開いた。


「私、心理カウンセラーになりたいの」

「心理カウンセラー…」

「…その、憧れたっていうか…」

「人の話を聞いて、その悩みを少しでも和らげられる仕事って聞いて、興味出たっていうか…」


恥ずかしそうに俯く舞。

でも、何が恥ずかしいのだろう。


優しい彼女らしい夢だと思った

いつも明るくて、人を笑顔にできる彼女の魅力が活かせる仕事だと思った

近くで、見てきたから言える

ずっと見てきたから。


「舞らしくて、いいと思うよ」

「ほ、ほんと?」

「うん、優しくて明るくて人を笑顔にできる舞らしい夢だよ」

「応援する」

「よかった、ありがとう海理!」


心底ホッとしたような顔をする舞

舞ならきっと、何にでもなれる。

そう確信できるよ。


「あ、もう着くね」


 僕たちがいつも降りる駅に着くアナウンスが流れた。

 それから、電車から降りて、駅から出る。

キャンパスが違う方向だから、僕達はその場で別れることにしている。


「じゃあね〜!」

「うん、またね」


手を振って

それぞれの道を歩いていった。


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