第42話 右大臣の屋敷

 新たちは右大臣の屋敷の入口近くで顔を見合わせていた。


「門番が邪魔だな。知らない場所だから、無暗に夢の回廊は使えないし、さて、どんな手を使おうか」


 どちらかというとノベバーより才気のあるマイキーが口を開いた。


「新様、こういうのは如何ですか?」


 マイキーが言うには、右大臣に解雇され巷を彷徨いその日暮らしをしていたが、懐が乏しくなり、もう一度、雇って貰えないかと~、それにしても手ぶらではと思い右大臣と敵対して居る司の宮の配下の者を捕まえて来たという体で行くらしい。


「なるほど、マイキーしては名案だな、アッ、ご免」

「気にしないで下さい。では、その手で行くとして~、ノベバー腰の帯紐(おびひも)を外しな」


「えっ!女子(おなご)の前で服を脱ぐのかい?」

「バカ、それでお二人の手を縛るんだ」


「それを先に言ってくれないと~」



 マイキーが先導し、その後ろを新とヒラリが後ろ手に縛られて続いた。

 しんがりはノベバーである。


 マイキーが門番に声を掛けた。


「やぁ、久しぶり」

「なんだ、誰かと思えばマイキーじゃないか。それにノベバーも~。確か、お払い箱になったって聞いてたけど~」


「そうなんだよ。にっちもさっちも行かなくなって、もう一度、雇って貰えないかと来てみたんだ」

「そうかい。それで、その二人は?」


「あぁ、手ぶらでは来れないだろう。右大臣様が喜びそうな奴らをとっ捕まえて来たんだ」

「はぁ~、お前たち二人でか?」


「これでも、やる時はやるんだぜ、なぁ~、ノベバー」

「そっ、そうとも。少々手こずったけど、ほれっ、この通りさ!」


 ノベバーは図に乗って、新とヒラリを突き出した。

 新はそうでもなかったが、ヒラリは気に障ったみたいだ。

 後ろ手に縛られて、その上、罪人扱いと成れば目くじらを立てるのも頷ける。



 新たちは右大臣の屋敷にまんまと忍び込めた。

 勝手知ったるマイキーが人気のない所まで皆を案内をした。


 手の紐をほどかれたヒラリが愚痴をこぼした。


「もう少し、軽く結んでくれませんこと。ほら、手首に縛られた跡が~」


「ヒラリ、声が大きいよ」


 と、新が辺りを覗いながらヒラリを窘めた。


「だって・・・ノベバー、女性には優しくするものですよ!」


「すいません。昔っから力加減て言うのが分からなくて~」


「お喋りはそれ位にして、マイキー、これからどうする?」


「はい、裏手に周り、いつも鍵が掛かって居ない出窓から忍び込みましょう」


 一行は誰にも認められずに地下の牢近くへと辿り着いた。

 さっきから首を捻って居たマイキーに新が囁いた。


「マイキー、何か気に成る事が有るのかい?」

「はい、余りにも中の警備が手薄なもんで~」


「なるほど。タケルが牢に入れられたにしては、可笑しいな」


 逸るヒラリが、

「それより、早く牢に向いましょう。タケルは弱っているんですよ。こんな薄暗い所、それに衛生状態も芳(かんば)しく有りません。一刻でも早く救い出さないと~」


「分かってるよ。マイキー、行こうぜ」

「はい、こっちです」



 地下牢に辿り着くや、ヒラリは鉄格子に駆け寄り、薄暗い牢の中に向って囁いた。


「タケル、居ませんか。救いに来たのですよ」


 しばしあって、

「あっ、ほんとだ。夢かと思ったよ。ヒラリが居る」

 弱り切ったタケルの声が聞こえた。


 新もヒラリの横に並び、

「こりゃ、そうとうまいってるな。どれっ、ここは俺の出番だ。マイキーたちは通路の方で見張って居てくれ!」



『カチャ、カチャ、カチャ』


「ちぇっ、随分、手の込んだ鍵だな!」

「新、まだですか?」


「ひらり、そう、急かすなよ。手もとが狂っちまう」


と、マイキーが慌てて、


「誰か、やって来ます」


 新は一先ず手を止め、マイキーの方に駆け寄った。


 すると、


『ガシャン』


 仕掛けて在った鉄格子が天井から落ちて来て、ヒラリ一人が閉じ込められて仕舞った。


「なんだい、こんな仕掛けが在ったんだ。どうやら、罠に掛かって仕舞ったようだぜ、マイキー」

「新様、手前はこの様な物が有ろうとは知りませんでした」


「だろうな。ほらっ、右大臣様一行がお出ましだ」



 小銃を持ち構えた者を従えて右大臣がぬしぬしと新たちの下に迫って来た。


「今日のネズミは四匹か。どれも見覚えのある奴だな」


 勝ち誇った右大臣が足を止め、そう新たちに話し掛けた。


 状況を捉えたヒラリは、

「新、早く、あれでここから~」


「バカ言うなよ。お前たちを置いて行ける者か!」


 右大臣が威嚇した。

「変な真似はするなよ。銃口がお前たちを睨んで居る事を忘れずにな」


「分ってら~それくらい」


 そうして居る間も、ヒラリは手の仕草で新を駆り立てて居た。


「私たちは大丈夫です。直ぐにどうこうする筈が有りません。右大臣にはそれなりの思惑が有る筈です」


「おや、まぁ、ピーチクうるさい小鳥が聞いた風な口を聞いて居(お)るな」


「新、早く!」


「ちぇっ、鉄格子が邪魔してヒラリを連れて行けないと来てら~。ヒラリ、済まない。後で、司と何とかするから~」


「ええ」


「マイキー、ノベバー、俺の傍に~」


 言われたままにマイキーとノベバーが新に寄り添い、新が瞼を閉じるや、三人の姿は糸を引くようにこの場から消え去った。


「うぬっ!なんだ、今のは。お前たち早く奴らを探せ!」


 

「まんまと逃げられて仕舞ったわ。まぁ、いい。ヒラリとか云ったな」


「あんまり気安く呼ばないで下さい」


 物怖じしない性格なのか、ヒラリは銃口を向けられて居てもいつもの調子である。 


 右大臣は腕組みをし、策をねった。

「そうだな。見る所、ヒラリ、お前にとってこ奴は大切な、いや、思い人で有ろう?」


 ヒラリは頬を赤らめて、

「思い人だなんて、私はただ~」


「ただ、どうした、さすがに、こ奴の前では言いにくいのか。まぁ、それは良い。虫の息のこ奴を助けたくば、司の宮が持って居る『八葉蓮華の小太刀』を持って来い。侍女ならどうにでもなるだろう。さすれば、お前たち二人を逃してやっても良いがな~」


「えっ、あの小太刀を~。それは出来かねます」


「随分あっさりとほざいたな。こ奴を見殺しにする気か」


「さぁ、それは~」

 

 右大臣の『八葉蓮華の小太刀』への執着は相当のもののようだ。

 未だ古文書を具(つぶさ)に解読出来ては居なかったが、その力用の程は覗えていたのであろう。

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