第36話 宮殿の奥で

 タケルは宮殿の奥に忍び込んだ。

 ヒラリには、ちょっと、用足しに~と言って別塔に置き去りにして来たようだ。


 サドから見せて貰った宮殿の見取り図は既に、頭の中に叩き込んであった。

 この辺は新と似通っている。

 同業者なのだから、さもありなんと言った所で在ろうか。



 抜き足差し足、タケルは宝物庫に辿り着いた。

 何処の世界でも、概ね鍵は同じ様なものであろう。

 彼の巧みな手さばきは宝物庫の鍵を物ともしなかった。


 タケルは宝物庫に入ると物色を始めた。

 高価な物が居並んで居たが、それには目もくれなかった。

 目指すは、幻のダイヤである。


と、棚にそれらしき物を見つけた。

 その宝石箱にも鍵が掛けられていた。


 少し手こずったが、漸く、開けることが出来た。

 中を改めると、それらしき物が数個。

 恐らく、原石であろうカットは施されて居なかったがタケルは確信したようだ。

 蝮の銀次に幻のダイヤを見せられていたのだ。



「あらっ、コソ泥さんが一人いる様ね」


と、背後から女性の声がした。


 タケルは一瞬体を沈めたが、声の主がヒラリだと分かると一つ息を吐いた。


「な~んだ、驚かせるなよ」

「な~んだはご挨拶ですわね。私を放って置きぼりにして置いて~」

「それで、誰かに報告するのかい」

「どうでしょう。あなた次第とでも言って置きましょうか」

「ふん。好きにすればいいさ」

「あらっ、本当にそれで良いの。むち打ち、水攻め、磔(はりつけ)が待っているかもよ」

「口から出まかせを言って」

「しぃ~、人の気配が~」


 ヒラリは腰を屈めて、床に耳を近づけた。

 小声で、

「二人、こっちに向って来てよ」


 タケルも声を潜めて、

「どうする?」

「どうして欲しいですか?」

「冗談を言ってる場合じゃないだろ」

「私は構わなくてよ。今、ここで大声を出してもね」

「ヒラリ~」

「なんですの、その目は」


 タケルは懇願、哀願、ありったけの眼差しを駆使してヒラリを見つめた。

 その表情から見ると、タケルは私欲でこの宝物庫に忍び込んだのでは無さそうだ。

 ヒラリにもそれが見て取れたようだ。


「後で、事情を説明してね、お分かり」

「恩に切るよ」


「どうしようかな?・・・」


 ヒラリはまるで幼児が戯れているような眼でタケルを見やった。。


「じゃぁ、タケル、囮(おとり)に成って」

「えっ、囮って?」

「そこの通路の奥に立って居て、警備の人がドアを開けたら、そうね、おどけて見てくれる」

「おどけるって?」

「それはあなたに任せるわ。タケルたちの世界なりのそれが有るでしょ」

「分ったよ、やって見るから~」

「わぁ~楽しみですわ。そうだ、その口を覆っているのを、もっと、目深(まぶか)にね。タケルの目鼻立ちはそれこそ目だってよ」

「ヒラリは隠さないのかい」

「私の顔を確かめる暇が有るでしょうか」


 宝物庫のドアの向こうで、なにやら話し声が聞こえた。

と、


『カチャ』


「おい、鍵が開いてるぞ」


 そ~とドアが押し開かれて、中に二人の警備員が入って来た。

 タケルが二人の目に留まった。

 すぐさま、タケルは半身に成り尻を突き出し、その尻をぺんぺんと叩いて見せた。


「なんだ、お前は!!・・・???」


 警備員がタケルに向って駆け出したその時、ヒラリは胸の真珠のネックレスの口を切り、数個の真珠の球を彼らの足下に転がした。


『ズッテン、コロリ』


「いてぇ!」

 まるで二人はシンクロしたかのように揃ってその場にすっ転んだ。

 透かさず、身を隠していたヒラリは駆け寄り、


『ドスッ、ドスッ』


と彼らの腹部に拳を入れた。


「ごめんなさいね。少し、お休みになっててね」


 タケルがヒラリの下に向って来て、

「ヒラリ、凄いね。それこそ、あっという間だった」

「感心している場合じゃなくてよ。コソ泥さん、逃げるわよ」

「はいよ」


 タケルが先に成り、元来た通路を駆け出した。

 しばらく行くと、


「タケル、大勢の人がこっちに向って来てよ」

「どうする、後戻りかい」

「あなたの頭の中に地下牢に行く通路が入っていますか?」

「地下牢って言われても~」

「ほらっ、見取り図にバッテンの印が在ったでしょ~」

「ん~ん、バッテン?・・・あっ、思い出した。で~」

「そっちへ向かいましょう」

「でもさ、そっちは行きどまりだったよ、確か~」

「いいから、そっちへ」

「わかったよ。全部君の言う通りにするさ」


 少しの間、タケルは目を閉じて頭の中で通路を辿った。

 その目を見開くや、

「ヒラリ、こっちだ。走るよ」

「後ろを見なくても大丈夫よ。あなたなんどに引けは取らないから~」

「言ってくれるね。よしっ」


と、この様にして二人は地下牢を過ぎ、秘密の通路を伝い、通気口から宮殿の外に出た。

 勿論、幻のダイヤはタケルが腰に付けていた袋の中に収まっていた。


「へぇ~、何処にもこんな仕掛けが有るんだね」

「そう云う事ですわ」

「逃げおおせたのは良いんだけど・・・あの真珠、勿体ないな~」

「おバカさん。あれは人工の真珠、お高く無くてよ」

「な~んだ」


「で、道々聞かせて貰うわよ。そのダイヤを盗んだ訳をね」

「うん」


と、タケルの話はこうであった。


 彼が育った菊生学園が廃園の危機に瀕(ひん)して居た。

 大金が必要であった。

 そこに来て、蝮の銀次からタケルは声を掛けられた。

 新から幻のダイヤの出所を探ってくれと。


 聞けば途方も無い値段の品物だという。

 なら、何とか新に言い寄って、金色世界に自ら赴いてその幻のダイヤを手に入れればと思い立ったそうである。


「そうだったんだ。あの学園がね~」

「この事は~」

「分って居てよ。二人だけの秘密って事でしょ」

「うん。頼むね」

「はいよっ!」

「ちぇっ、真似てやがら」






 

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