旅商人の日記
不細工マスク
第1話:旅する少女
緑一面の大草原の中、馬にまたがり馬車を引く一人の旅人、いや、商人がいた。青と白の洋服を着込み、トンガリ帽子には紫のアクセサリー、自前の紫色の髪を風に遊ばせながら悠々と道なき道を進む彼女は、魔女だ。
彼女は時たま馬から降り、辺りを見回したあと、魔法陣を描き始めた。よし、と出来上がった魔法陣を確認して、彼女は唱える。
「漂う空気、うねる草、流れる雲、その全てを捉え、模写し、宝石を代償に具現化せよ—『カプセル・キャプチャー』」
眩い光と共に現れたのは丸いガラスだった。だがこれはただのガラスではない、カプセル・キャプチャーはその場の10秒間の風景を捉える魔法、すなわち、このガラス球には今ここの風景が映し出されている。
「うん!これも上出来!」
彼女は旅をしながら時折このように風景を収め、訪れた街で売る、通称、旅商人をしているエルフの少女、アイシャ・ミミランだ。
彼女はこの風景球以外にも、相乗りや荷物の運搬などもやる。今はこの前訪れた街、レイレイクで頼まれた荷物を運搬中だ。とある男性からフォート・マンツにいる息子に届けて欲しいと頼まれたのだ。そして今、フォート・マンツの門前にいる。
「止まれ。通行許可書と荷物の検査だ」
「はい、こちらが通行許可書です」
門番が貰った紙を凝視する。ややあってその紙は返却された。
「アイシャ・ミミラン、この街に訪れたのは商売のためだな?ここは初めてか?」
「一度来たことがあるわ、10年程前かしら?あの時は戦時中ということもあって中には入れなかったけれど」
「10年前?」
不意に出たこの疑問を口にした門番、それもそのはず、アイシャの容姿は10代前後、発言とは一致しないようにも思える。
「私、エルフなの、見てわからない?」
髪を掻き分け長く伸びた耳を指差しながら見せた。
「ああ、そうだったのか、すまない事を聞いた」
「いいのよ、もう慣れたから」
エルフは人族の中でも寿命が長い、平均年齢は実に300歳から400歳だ。アイシャは… 人間で言うところの20代前後だ。
アイシャは門番から聞いた場所へ向かった、そこは大陸中の旅商人が集まる市場だ。大きな街には必ず一つは存在する市場で、住民にとっては安く物が手に入ったり、珍しいものが売ってあったりと、相当数の人が集う。始まりは、余所者を1箇所にまとめるためであったが、今ではこうして住民達との交流の場となっている。
「すいません、ここでお店を出したいのですが」
「あい?嬢ちゃんも旅商人かい?すまないけど今は売店に空きがなくってなぁ…」
「開けた場所でも構いません」
「んー… そういうんならあるにはあるんだが…」
私が案内されたのは城壁の側の開けた場所だった。何が問題なのか私には分からない。
「ここが『呪われた場所』ですか?私には普通に見えますが…」
「嬢ちゃんは余所者だから知らないだろうがな… その昔、つっても10年前なんだが、ここで国王は処刑されたんだ。それ以来、ここにはだぁれも家を建てやしねぇし、踏み入ろうともしない」
私は納得した。そもそも私が10年前ここに訪れたのは、国王の処刑があると聞いたからだ。もちろん、そんな野蛮なものに興味はないけれど、人生何事も経験と言うし、この先長い人生なのだから色んなものを見ていこうと、若い自分は思ったりしたのだ。
「ま、私はここで構いません。お金には困っていないし、数日ほどここを貸してください」
「いいや、料金はいらねぇさ。流石に呪われた土地を貸してお金まで取っちゃあうちのメンツが潰れる」
「しかし、借りてる以上何かしらあげなければ示しがつかないと…」
「わかった、こうしよう!」
男は手を叩いた。
「もし、ここでなんかしら売れたのなら、その時に払ってもらうってのはどうだ?これでフェアだろ?」
「ではそう言うことで」
早速馬車を引き連れて、荷台を呪われた土地に置き、馬を馬小屋に入れる。私の荷台は右側を窓みたいに開ける、外から棚を展開し、商品を飾る。時間は30分程で荷台から屋台のように早変わり!よし、ここでお客さんを待つぞ!
「はぁ…」
お店を開いてから2時間ほど、辺りはすっかり暗くなってきてる。結局、人は通るけど、みんな素通りして行く。やっぱり呪われた土地じゃあ商売はできないのかなぁ…
私は一旦お店を畳んで宿に戻ることにした。別に荷台に止まってても良かったんだけど… 別に幽霊とか信じてないよ?本当だよ?到着した宿は如何にもな風貌の建物、玄関を開けるとカウンターがあり、そこで部屋の有無を確認して部屋に向かった。
疲れ切った身体をふかふかのベッドに包み、深い深い眠りについた…
翌朝、私は朝食を食べに外に出た。と、出る前に色々と受付嬢に聞いた情報を元に歩いてみる。まず向かったのは中央広場の『英雄の像』、全長3mからなる石の彫刻。
「懐かしいわね… こんな顔だったかしら?」
少しの時間、思い出にふけたのち魔法陣を地面に描く。これはもう何度も描き慣れた魔法陣、『カプセル・キャプチャー』だ。
次に向かったのは町一番の飯屋、レイデイ・パラス、なんでも肉料理が有名なのだとか。お店の中は客で活気付いてる、朝だというのにお酒を飲み干す男衆の一瞬の注目を惹きつけながら入店。この時間帯だと私みたいな女子は珍しいのかな?とりあえずオススメのレイジホッグ焼きを頼むことにした。10分して出されたのは、お皿を覆い尽くす数十枚の肉とそれを満遍なく覆うソース。うん、美味しそう!
店内にいる男たちは可憐な少女が皿一杯に敷き詰められたレイジホッグ焼きを上品に食すのを唖然と見ていた。30分もすればその皿も空になり、綺麗に少女の胃の中に入った。屈強な男一人ならわかるが、その子は160cmの小さな少女、唖然とするのも当然だった。
「ご馳走様!さてと… 」
少女は料金を机に置き、店を後にする。彼女は市場には向かわず、街の中心部へ向かった、そこにあるとある場所に用があるのだ。3階建てでオレンジ色の屋根の住宅街と出店がずらりと並ぶ大通り、メモを見ながら慎重に入っていった。
アイシャは建物の2階の「エレンジョウ」と書かれた板がかけられた部屋の前で再度メモを確認して、ノックした。
「はぁい?」
奥から女性の声がした。数秒経ってからドアが開いた、現れた女性は赤ちゃんを抱き抱えていて、育児が大変なのだろうとうっすらと思った。
「あら?お部屋を間違えてしまったのかな?それとも私に用が?」
「私は旅商人をしているアイシャ、少し前に立ち寄った街であなたの旦那さんに頼まれて… これを渡しに来たの」
「デインが?あらま!綺麗な首飾り!」
「では、私はこれで」
「ちょっとお待ち!」
奥さんが家の奥へ慌ただしく入ったと思えば奥から袋を持ってきた。
「これを持っていきなさい」
「これは…?」
「この街の伝統名物、メイピー菓子!これぐらいしかなくてごめんよ」
「私はエルフ… いや、ありがたくもらっとくわ」
旅商人の日記 不細工マスク @Akai_Riko
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