縁繋・無形(えんけい・むかたち)

@yazuku

プロローグ 1

とある場所、立派な城中にある施設の1つこと闘技場内にて。



「だ、駄目だ!! まるで歯が立たない!?」



 ありとあらゆる攻撃魔法、バフやデバフをこれでもかと使用してはたった1人の敵を相手に総出で戦いを挑むも、まるで歯が立たないことに驚愕する勇者パーティー。



「私達の魔法も、器形きがたちの力も無意味だなんて!?」



 賢者の少女が何をしても目前の敵である相手では、まるで歯が立たないことに驚愕。

 いくらたった1人の敵にありとあらゆる攻撃の雨霰を降らしても、まるで無意味。

 自分達を様々なバフでいくら強化しても通用しない。

 かといってデバフをかけてみても解呪と回避も何もしていないというのに、まるで通用していない。



「……はっ。この程度か? 勇者パーティーとやらは」

「く、くそぉおおおお!?」

「どうした? 貴様らの最高の力である器形を持ってしてでも、その程度なのか?」



 勇者パーティー内では最強の威力がある勇者パドルの片刃剣の形を取る器形こと絶刃ぜつじんすらも通用しない。

 絶刃はどんなに強く堅かった敵ですら、なんの抵抗もなく一刀両断できるほどの斬れ味を持つ。

 が、その絶刃でさえも目の前の敵が相手ではまるで通用しない。

 いや、通用しないどころか敵は防御魔法すらも使用せず無防備でいるにも関わらず、何度も斬りかかった勇者の絶刃が刃零れした上に剣身に複数の罅が入ってしまっていた。



「これがありとあらゆる幾千幾万の世界達を見守ってきた俺を含む管理者の力、だ。貴様ら如きでは到底適わぬし、この世界の神々ですら敵わん」

「か、管理者……!?」

「そうだ。俺はこの世界の神々を軽く超越した力を持っているが故に、貴様ら人類と神々では何の抵抗も無意味だろう」



 勇者パドル達からすれば謎かつ思い言葉を言う敵曰く、管理者とは。



「管理者とは幾千幾万の神々と世界の意思をも生まれからの時点で容易く越えている存在。その1人である俺がその気になれば、この世界を容易く破壊可能だ」

「そんな酷すぎる結末なんて嫌に決まってるだろ!? 受け入れてたまるか!!」

「ほう? ならば、どうする?」

「決まってるさ! 私達がお前を倒せば良いだけの話だ!!」



 管理者とは神々ですら敵わない存在だとしても、パドルは罅が入り刃零れした絶刃を敵に向けて構える。

 そのパドルの姿を見た敵は、ただ笑いながら。



「この世界全てを真っ白にさせないという選択肢をどうしても選ぶならば、自称勇者含む貴様らを葬る後に俺の物として支配し直してやる」



 敵からすれば雑魚以下の勇者達など放置しておいてもいいが、五月蝿い子蝿は始末しておこうという判断の元、パドル達勇者パーティーをこの場で葬る選択肢を取った。

 対する勇者パーティーは、これ以上は何の抵抗も無意味だと悟っている。

 ならば、もう自分達に出来ることは何もない。

 かといって一時撤退して体制を立て直そうにも、自分達と敵との実力差がありすぎてまず無理である。



「…………」



 ならば、せめて勇者パーティーとしての意地だけでも敵に見せてやるしかない。

 パドル達はここが自分達の死に場所だと覚悟して、目の前の最強の敵と戦おうとした。



「パドル、皆。俺をこの場に置いて逃げてくれ」



 が、その前に勇者パーティーのリーダーであり勇者であるパドルに、仲間の一人である30代半ばの男の戦士が告げる。

 戦士は自身の器形を改めて具現化させようとしながら、パドル達へ告げた。

 それは、戦士自身だけがここで死ぬことを選んだという意思表示。

 勇者パドル達にとって、それはあまりにも意外な言葉であった。



「ば、馬鹿! 何言ってんだよファルマ!? 私達は仲間だろ!?」

「そ、そうだよ! どうして貴方を置いて行かなければならないの!? そんなの嫌!!」

「そうですよファルマさん!! 目的が終わる最後まで皆一緒だって約束したじゃないですか!?」



 戦士ファルマの言葉に、勇者含む仲間達が異論を唱えて止めようとする。



「頼むよ。パドル、皆。俺という犠牲を踏み台にしてでも、いつか必ず未来のお前達が管理者と名乗るあの強大な敵を倒してくれ。今だけはそうでもしないと、お前らもこの世界そのものも危ないんだ」



 だが、戦士ファルマは勇者達の言葉に耳を傾けながらも、既に決めていた。



「ほう? 勇者達を逃がす為にたかが人間の戦士が単身で、俺に挑むと?」

「ああ」



 ファルマは単身で挑む覚悟であった。

 パドル達をこの場から逃がす為に、自身が壁となる。

 パドル達勇者パーティーが逃げ切るまで時間を稼ぐと。



「ファルマ……」



 パドルは戦士ファルマの覚悟に何も言えなくなる。

 確かに今のパドル達では管理者を自称する最強の敵に対して、何にもならないだろう。

 だから、ファルマからの一時撤退または逃走という選択肢は理に叶ってはいる。

 それでも仲間であるファルマだけを見捨てて逃走するという選択肢は、パドル達にとってあまりにも苦渋の決断を強いられようとしていた。



「たかが人間の戦士1人で時間稼ぎだと? 有象無象風情が俺を笑わせるな」



 ファルマの覚悟を嘲笑うかのように、敵は告げる。



「今のパドル達と俺ではお前を倒すどころか、僅かに傷付けることすら全く叶わない。だが、パドル達の為の時間稼ぎだけなら俺だけでもできるんだぞ。自称管理者様風情が」



 管理者を名乗る最強の敵に対する挑発、と取れるファルマの言葉。

 それを聞いた敵は、ファルマのやろうとすることに対して僅かに興味を持ったようだ。



「……よかろう! 貴様だけで何秒持つか見てやろう。勇者パーティーの人間の戦士とやらよ!!」

「ああ、見せてやる。俺の全てを、俺の器形に注ぎ込んででもな!!」



 ファルマは自身の器形を長い鎖へと変形させ、敵へと襲い掛かる。

 その鎖は自由自在に動きながら敵に巻き付くと、敵はそれを軽く力を込めて容易く破壊しようと試みるが。



「むっ? 砕けぬ?」



 ファルマの器形である鎖は、敵の力を以てしても砕けない。

 いや、正確には罅割れ砕け散ろうとなる度に修復されては、更に強度を増そうとする。

 それはまるで、自身の器形を通してファルマが宣言通り全てを注ぎ込んでいることを証明していることの証明。



「ふんっ! ……ほほう、軽く1%どころか10%の力でも壊れまいとする鎖か。これは少し面白いかも知れぬ」



 管理者を名乗る敵は、拘束してくるファルマからの鎖を破壊できないでいる。

 それでもファルマの鎖は、徐々にではあるが確実に罅割れ砕け散る速度が速い。

 かと思えば、それを凌駕する速度で修復される速度が速くなり、意地でも拘束を外さない。



「ぬぅうっ!! こ、この俺が30%の力を出しても破壊できぬ鎖とは!?」



 ファルマの器形である鎖が破壊できないどころか、罅割れても修復される速度がより速くなっていく。

 その事実には敵も驚愕を隠せず、ファルマの鎖の破壊に力を注ぎ始める。



「パドル、皆!! 今の内に、早く逃げてくれ!!」

「……け、けど! そんなことしたらファルマが!?」

「この、馬鹿野郎!! こんな奴に世界中とお前とパドル達が見知ってきた人達が好き放題される。お前らを逃がした俺が死んだ後にパドル達が奴を倒す。どっちがより1番大事かなんて、そこらの村と町にいるガキ共でもわかるもんだろうが!?」



 敵は驚愕しながらも鎖を破壊しようと力をより込めていくが、鎖からの拘束から逃れないまま。

 その状態を保ちつつ、ファルマはパドル達へ早く逃走をしてくれと叫ぶ。

 その叫びにパドルが叫び前に賢者イムタが感情のままに返すが、ファルマは怒りと共に早く逃げろと叫び返す。



「……パドル、皆。逃げよう」

「ジィム!?」

「ファルマの言う通りだ。わかりたくはないがこの選択肢は一理あるし、今の儂達では全く敵わない最強の敵なのだから。ならば、ファルマの最後の頼みを無下にできる訳がなかろう!!」



 魔法使いの男エルフ、ジィムが決意したことにパドルは悲鳴を上げる。

 この場から逃走をして生き恥を晒してでも、ファルマを犠牲にしながらもいつか必ず管理者を自称する最強の敵を倒すと、ジィムはこの場で決意するしかなかった。



「……ファルマ。ごめん!!」

「おう、今は年長者のジィムと一緒にさっさと帰れクソガキ共! ここはただの人間のおっさんでしかないが俺に任せときな!!」



 パドルもここでどうするかを決めた。

 ファルマをここで見捨てて、その後を深く後悔をしてでもいつか必ず自称管理者を倒すと。

 他の仲間達もパドルとジィムと同じく、この場から逃走することを決めながら、ファルマへ心底から言葉に出すのも難しい謝罪の思いを向けながらも、この場から逃げ去っていく。



「ぬおおおっ!? 管理者たる俺の50%でも砕け散らない鎖だとっ!? 貴様の全てを注ぎ込んだとしても、これが本当にたかが1人の有象無象の人間の力なのか!?」

「おうよ! 俺としては残念ながら妻すら持てず、まるで女達にモテなかった、人間のおっさんだよ!!」



 イムタが泣きながらも光速移動魔法を使用して、皆と共に遙か遠くへと逃げ去る絵を背中にしつつも。



「ざまぁみろ!! この世界どころか、目の前のおっさん1人を舐め腐るから痛い目見るんだよ! この、バーカ!!!」



 ファルマは敵へたかがおっさん戦士に足止めされるのは悔しいだろうと稚拙な罵倒をする。

 それに対する管理者の返しは。



「ならば、50%以上の力でこの鎖を破壊し尽くそうか! 勇者達を追いかけ始末するのはこの俺にとってあまりにも容易い事よ!!」



 もう手加減はしない、と管理者は100%の力を使用して鎖からの拘束を今度こそ容易く破壊しようとした。

 そうされた結果、瞬く間に鎖は砕け散る。



「な、何ぃっ!?」



 瞬く間に砕け散る寸前、鎖はまたもや修復されながら、より強度を増していく。

 ファルマの絶対に敵を自由にはさせない、という強い意志そのものが鎖による拘束という形でまさに体現している。



「ご、ぼぉっ!? ……は、ははっ。ほんっとう、ざまぁみろ、だぜ!!」



 自身の今ある全てを器形へ注ぎ込んだ反動がここで気始めたからか、多量の血反吐を地面へ吐き捨てる。

 吐き捨てながらもファルマは言葉が途切れ途切れになりつつも、パドル達の為の時間稼ぎは充分にできたことに歓喜する。



「……ふ、ふははは! ふはははははははは!! 良い、実に短くも良い生き様だったぞ! 人間……いや、戦士ファルマよ!!」



 100%の力でも、少なくとも僅かな間の今だけならばファルマの鎖の形を取る器形は破壊できない。

 このことで怒り、もしくは動揺するどころか本当に愉快だと管理者は大笑いをする。



「この世界全てを真っ白にして改めてやり直そうと思ったが、その前に少しばかり遠回りの道程を歩みたくなったな?」



 大笑いの後、敵は意味深な言葉の後。



「だが、俺がしてみたくなった遠回りの道程にはファルマ、お前の存在が必要だ」



 敵曰く遠回りの目的とやらに、ファルマの存在が必要となったと言い出してくる。



「しかし、この鎖でもある器形にお前が全てを注ぎ込んででも俺を短時間ながらも見事に封じてみせた結果、今にも死に逝こうとしている」



 とはいうが、今となってはそのファルマは今にも死に逝くことが確定している。



「ゆえにファルマよ。今から記憶と経験を保持したままの逆行をしてみたくはないか?」

「んな、もんに、興味なんざ、ねぇ。今に遺せるもんは、なんとか、遺せた……!」

「ふふっ。仮に勇者パーティーが逃げた後に極限まで短期間で鍛錬を積み、再び俺に挑んだと仮定しても、全く敵わぬことが確定している。ファルマよ、この短時間ながらも俺を封じてみせたお前が1番思い知っているだろう」

「……っ、……!」



 だからか敵は、管理者はファルマに今から転生をしてみないかと促してくる。

 ファルマは逆行とやらには何の興味もないとは返すものの、確かにパドル達が極限まで鍛え上げたとしても尚、目の前にいる最強の敵が相手では一矢報いることも叶わない。

 それも心身を持って、短時間で思い知りかけていた。



「この世界の人類全てから最強と言われた勇者の器形こと絶刃ですら、この俺に毛筋程度の傷すら刻めなかった。その勇者含めこの世界最強の人類1人1人が束になっても敵わない存在という真実。それが俺だ」



 確かにそうだ。

 今にも意識と視界が真っ白になりそうなファルマは、内心悔しいが同意するしかなかった。

 ファルマの知る限りでは最強の斬れ味を誇る勇者パドルの絶刃すら通用しないのであれば、目の前にいる最強の敵を倒す手段の心当たりはまるでない。



「しかし、ファルマ。お前の全てが込められた器形があまりにも短時間とはいえ、この俺を見事封じて見せたのも真実だ。だからこそ、未来のお前には俺の敵となり得る可能性を秘めている、と俺は予想している」

「俺、以外にも、強い奴ら、が、まだまだ、いる……!」

「かも知れぬが、勇者達を含めたそいつらがファルマが先程に見せた偉業並の事を成せることが可能かは、全く別の話だ」



 ファルマには心当たりはまるでないが、管理者にはもしかしたらの心当たりがある。

 それは、今にも死に逝く寸前のファルマだった。

 全てを賭けて自身の器形に注ぎ込んだとはいえ、勇者達を逃がすという目的を果たせたファルマと、ファルマの持つ器形が最強の敵に僅かな時間ではあるが通用した。

 ならば、管理者はこの世界そのものをどうこうする前にファルマからある可能性を見い出せたから、それを確かめたくなっていた。



「だから、いつかに時間をくれてやろう。お前が逆行した後から自身を鍛え直せるという、もしかしたらの時間を。極限まで鍛えたお前が再び俺に挑む為の時間をな」

「…………」



 返答をする力すらなく倒れ伏し命の火が今になって消えたファルマへ、管理者は時間をやると宣言。

 宣言した途端、ファルマの亡骸から抜け出て行く魂に対し、管理者がしたこととは。



「これで時を待てば、この世界の未来は今度こそ俺の手で真っ白からやり直すこととなるか、それともまだ繁栄の可能性があるかがわかるだろう」



 ファルマの逆行と次の人生そのものやその他諸々に干渉する為の準備として、いつかこの世界の存亡を懸けた戦いの運命を確定させようとすることだった。

 それを施した後、管理者は。



「さて、準備は終えたが……ファルマが命懸けで逃がした勇者達。その後が僅かばかり気にはなるな?」



 管理者として、個人として、初めて気になる対象となったファルマが文字通り命懸けで逃がした勇者達。

 その後の勇者達もまた、ファルマと同程度の事が成せるのか。



「勇者達が再び俺に挑むことは確定している。ならば、俺なりに戯れと興味を持って付き合ってやるとするか」



 初めて自身の興味心を擽ってくれたファルマが遺した者達なのだ。

 なら、ファルマの意志を汲んで付き合ってやるのも一興だと管理者は勇者達が再び来るのを待ってやることにした。




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