🌟偽装聖典と安寧、ついでに聖女  ~明るい未来のために今日も私は聖典を創る~

そろだよ

第一章 着任

プロローグ



「昇進ですか!?」


 そんな大声が聖導府の一室で響く。


「前にうちの部署に応援に来ていたエリナベルという人がいただろう。なんでもあの人がお偉いさんだったらしくてな。お前の事を評価してエリナベルのいる職場に引き抜きたいそうだ」


「あの人そんなに偉かったんですか? 普通に声をかけちゃいましたけど」


「お前は上司の儂にだってまともに敬語使わないだろう……まあいい、その異動通知書がここにあるんだが」


「早く見せてください!」



 そう言いながらテレジアは半ば奪い取った蝋で封のしてある手紙を開き、仰々しく読み上げた。



「なになに、貴殿の活躍を評価し大教主付第12秘書に任命いたします。大教主様の秘書なんて大出世じゃないですか! ちゃんと敬語とか所作とか守れるかな、大教主様怖い人じゃなければいいんだけど」


「大教主様お付きの秘書だって? 大教主様なんて普通に暮らしていたらお目にか かることすらできないルクシエル教の最高指導者だが」


 驚いた上司が声を少し声を上げながら異動通知書を見る。


「しっかりと書いてありますよ、ここに」


「本当にそうなのか? 何かの手違いとかじゃないのか?」


「大教主の印も下にあるし間違いないと思いますけど」


 そういいながらテレジアは書類の下を指差す。


「お前はその敬語や態度さえ直せばこんな所にいない優秀なやつだとは思っていたが、大教主様の秘書か」


 彼の声には、どこか寂しさが滲んでいた。


「なに寂しそうな顔してるんですか。いつも鬱陶しいからいなくなって欲しいとか言ってたくせに」


 上司は苦笑しながら肩を落とす。


「いざいなくなると分かると寂しいものなんだよ」


「そんなもんですか」


「そんなもんだ」



 少し悲しい雰囲気になっているとドアが突然開いて件のエリナベルがやってくる。


「どうも、室長さん。その子を引き取りに来たのだけど」


 突如響いたその声に、室長は驚きの表情を浮かべた。だがすぐに持ち直し、エリナベルに向き直る。


「これはこれはエリナベル様。これは唐突にどうされたんですか?こんな所まで来られなくても、そちらにテレジアを行かせましたのに」


「そういう敬語は要らないよ。お忍びで監査に来たときは敬語じゃなかったじゃない。この子を引き取りにこっちまで来た苦労は気にしないで。もしかしたら、下級神官はこの通知書を紛い物だとか言ってると思っていたけどそうでもなさそうで安心したからね。」

 

そう言いながらエリナベルはテレジアを撫でる。


「そ、そんなことありませんよ。な、テレジア」


「でもさっきーー


「あ〜〜ところでエリナベルさん引き取りに来たとおっしゃられていましたが我々にも引き継ぎというものがありますから数日ほどお時間を頂きたいのですが」


「大教主様は急いでいらっしゃるし、残念だけれど引き継ぎはできないわ。ここから大教主様のいる所までも時間かかるしね」


「……左様ですか」



 かくしてテレジアはエリナベルと一緒に最低限の荷物を持って部屋を後にした。

室長と話しているときは現実感がなかったテレジアも漸く自分の身に何が起きたか少しではあるが実感する。まだ心の準備もできていないまま、突然この場所を去らなければならないという事実が、彼女を強く押し流していく。

廊下を歩く間も、彼女の心の中には疑問が渦巻いており、ついに口を開く。



「失礼かもですけど大教主って、様はどんな人.......お方なんですか?」


 廊下を二人で歩いている途中にテレジアがぎこちない敬語で話しかける。


「敬語苦手なのは応援に来た時に知ってるし、私に無理して使う必要ないわ」


「本当ですか? ありがとうございます!!!」


「そこは敬語しっかりしてるのね。」


 そう呆れながらエリナベルは続ける。


「大教主様はあんまり読めないお方だわ。強いていうなら大教主様はご高齢だから結構人の扱いが上手いのよ。」


「なるほど、というか大教主って高齢なんだ。普段顔すら見ることがないから若いかと」


「大教主様は御年162歳。なんなら大シスマの時も生きていらっしゃったのよ」


「そんなに前から生きていたんですか、歴史の書物に載っていてもおかしくない人では?」


「ええ、だからくれぐれも優しくね」


「はい!」



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 テレジアとエリナベルは、聖都の賑やかな街並みに馬車で乗り込んだ。馬車の揺れに揺られながら、窓から見える光景に心が躍る。色とりどりの花々や人々の笑顔が広がる中、ついに大教主宮殿の壮麗な姿が目に飛び込んできた。


「改めて聖都へようこそ、ここが大教主様の宮殿よ」

 エリナベルが感慨深げに言った。


「本当に大きいですね」


 テレジアは驚きつつ、心の中で期待に胸を膨らませていた。しかし、宮殿に着くと待っていたのは予期しない知らせだった。


「今日の大教主様の予定は埋まってるってエリーに言わなかったっけ?あんたも一応秘書でしょ」


 と甲高い声で大教主の第四秘書であるミレーネが言う。


「最近外回りが多かったからあんまり確認してなかったのよね。今日は新任秘書の子が挨拶する予定だったんだけど」


 そうエリナベルが答えるとミレーネがテレジアを睨む。


「あんたが推薦してた子か。とにかく明日の予定にはねじ込んどくから今日は適当な宿でもとって休みなさい。君もこんなだらしない秘書になるなよ」


「ほんとごめん。今度何か奢るよ」


 エリナベルが謝りながらテレジアの方を振り返る。


「ということで今日は謁見できないそうだから明日で直しましょう」


「......急いでるとか室長に言ってたのに忘れてたんですか?」


「しょうがないじゃない、人は誰だって忘れることはあるものよ。そうだ、4日間も馬車に揺られていたし疲れたでしょ。スイーツを食べに行くのはどう?この街には美味しいお店がたくさんあるの。」


 テレジアは目を輝かせた。


「それ、いいですね! 何を食べましょう?」


「砂糖がふんだんに入ったパウンドケーキがおすすめでね。甘くてふわふわしていて、絶対に気に入ると思うわ」


「早速行きましょう!」



元気よく答え、二人は再び馬車に乗り込んだ。しばらくテレジアとエリナベルが世間話をしながら馬車に揺られていると、目指すスイーツ店「フジ」の看板が見えてくる。店の外には行列ができており、馬車の中からでも香ばしい甘い匂いが漂っていた。



「美味しそうな匂いがしますね」


「ここは聖都でも有数のスイーツ店でも何より値段が低くて位の低い貴族や庶民でも食べられるのが魅力なのよ」


 そういいながら店の中に入る。


「久しぶりだね、フジ屋のおばちゃん」


「珍しい客だね、最近は聖都にいなかったから寂しかったのよ。その子はどうしたんだい」


「新しい仕事の同僚で、初めて聖都だからここの店の美味しさを教えに来たのよ。だからまずはここのおすすめパウンドケーキを二つよろしくね」


「ここをお勧めしてくれるのは嬉しいねぇ」


 そういいながら店のおばちゃんは厨房の中に注文を入れた。


「それにしても聖都では砂糖が庶民でも食べられるくらい豊かってことですか?」


「最近になってからね。前までは庶民なんて手が出せない代物だったけど、どこかの領主が砂糖を大量生産することに成功したらしくてね。」


「それはすごいですね!」


「ええ、なんでもその領地では様々な技術が日々生み出されているとか」


「ふ〜ん」


 そんな他愛もない話をしているとパウンドケーキが運ばれてくる。


「おまちどうさま、特製パウンドケーキ二つだよ。この蜂蜜をかけてから食べな」


 テレジアは目を輝かせる。


「すごく美味しそう!」



 と声を漏らした。ケーキの表面にはアーモンドスライスとクリームが美しく飾られている。おばあちゃんが皿をテーブルに置くと、甘い香りが一層強まり、二人は自然と笑顔になった。



「いただきます!」


テレジアが言うと、二人は同時にフォークを使い、ケーキの一切れを口に運んだ。甘さとしっとりとした食感が口の中に広がり、思わず目を閉じる。


「これは...まさに絶品です!今まで食べた中で一番美味しいかも」


「そう言ってもらえると連れてきた甲斐があるよ」


 とエリナベルが続けながら、二人は幸せなひとときを楽しんでいた。



 とエリナベルが続けながら、二人は幸せなひとときを楽しんでいる

店内はほのかな照明に包まれ、落ち着いた雰囲気が漂っていた。外の喧騒が遠くに感じられ、まるで二人だけの時間がゆったりと流れているかのようだった。店のおばちゃんは厨房の奥で何かを片付けながら、ちらりとこちらを見て温かな笑みを浮かべている。


テレジアは最後の一口を惜しむようにゆっくりと食べ終え、エリナベルも同じく満足げにフォークを置いた。二人はしばらく言葉なくお互いを見つめ、心地よい沈黙がそこに漂っていた。


「ごちそうさまでした。やっぱり、フジ屋のケーキは最高ですね。」


エリナベルが立ち上がり、おばちゃんに声をかけた。


「ありがとうよ、またいつでも来ておくれ。」


おばちゃんは優しい声で返した。


「あの子も楽しんでくれたみたいだし、嬉しいよ。」


テレジアも立ち上がり、少し恥ずかしそうにお辞儀をした。


「ほんっと〜に、美味しかったです。」


「うふふ、若い子に喜んでもらえて私も嬉しいよ。またいらっしゃいね。」


そういいながら満足げな表情をするおばちゃんに見送られながら二人は店の外へ出る。



「あ〜美味しかった」


 パウンドケーキの感想を話しながらスイーツ店「フジ」を後にしたテレジアとエリナベルは、街の賑わいを楽しみながら宿を探し始めた。夕暮れ時、空はオレンジ色に染まり始めている。


 その時、カラカラと音を立てながら、一台の豪華な馬車が前を通り過ぎた。馬車の中には見慣れない国の紋章が刻まれている。ふとテレジアの視線が馬車の窓にいく。中にいたのは、厳かな雰囲気を漂わせた若い男性だった。彼もまた、一瞬こちらに視線を向けた気がした。その短い瞬間、テレジアは心の中に微かな違和感を覚えたが、馬車はすぐに遠ざかっていった。


「どうかしたの?」


 エリナベルが不思議そうに尋ねる。テレジアは軽く首を振り、何でもないという風に笑った。


「いや、気のせいかな......」


 そうつぶやくテレジアは馬車の中で目が合ったあの視線が、心の片隅に微かに引っかかっていたのも事実だった。








テレジアが見つめていた、馬車の中で一人の青年が揺られながら同じく外を眺めていた。


「どうかなさいましたか、殿下?」


 隣に控えていた執事が王子の様子に気づき問いかける。王子は視線を外し、冷淡に答えた。


「……聖職者姿の女がいたのだ。この国では女性が神職に仕えることを許しているのか?」


 その言葉には鋭い嫌悪が込められていた。執事が驚いたように窓の外を見たが、すでにその少女の姿は遠ざかっていた。


「ええ、そうでございますが」


執事が不思議そうに答えると王子は顔をしかめる。


「女が神に仕えるだと? くだらん。神に携わる仕事は、男の者が務めるべきだ。女がそれに関わるなど、神聖さを汚すだけの愚行だ」


 その声には、まるで女性が神聖な職務に立つこと自体が冒涜であるかのような強い偏見が滲んでいる。執事はそれ以上何も言わずに頭を下げた。



 

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「さて、どの宿に泊まるか考えましょうか」


とエリナベルが言う。


「私聖都に来たことがないので宿とかわからないんですけど、おすすめの宿ってあります?」


「女性も泊まってて安心できる宿は限られるけど個人的には『迷い猫の隠れ家』がおすすめね。ほら、あそこにある赤い屋根の宿。」


「じゃあそこでいいかな」


 二人が宿の中へ入ると、フロントには優しそうな年配の女性が微笑んで迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。一泊か連泊どちらでございますか?」


「一泊でお願いします」


とエリナベルが答えた。細かい手続きもエリナベルが終えて、無事にチェックインが終わり、宿の一室に入る。


「特に変わり映えのしない部屋ですね」


「そう言うものだと思うけどね。ここはガードマンが比較的多くて警備が厳重だから、女性に人気なんだ」


「そうなんですか。そういえばエリナベルさんは普段どこに住んでるんですか」


「大教主宮殿の一室を貰っているからそこに住んでいるけれど」


「そこに私も泊まればいいじゃないですか」


「大教主様が住んでおられる宮殿だから、まだ謁見や正式な手続きも住んでないテレジアが入ろうとしても追い出されると思うわ」


「そうですか」


「だからごめんなさいね。今日中に謁見できていれば良かったのだけれど」


「大教主にも予定があると思うので大丈夫です!」


と明るくテレジアは返した。



 明日の朝、迎えに行くからといいながらエリナベルは部屋を出ていく。彼女の言葉には、優しさと親しみが溢れていた。明日も一緒に過ごせるのかと思うと、心が弾む。新しい生活に期待を膨らませながら、彼女は目を閉じた。外の街の賑わいは、徐々に静まり、宿の中は穏やかな静寂に包まれていく。テレジアは、次第に意識が遠のき、夢の世界へと足を踏み入れていった。心地よい寝息が、彼女の安らぎを物語っていた。新たな一日が待っている。どんな出会いがあるのか、どんな生活が待っているのか、期待に胸を膨らませながら。


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テレジア「作品名とかは仮なので変わるかもしれないから、ブックマークとか☆つけておくと分かりやすいですよ!」

エリナベル「誘導が露骨過ぎない?」

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