第4話 ゆらめく髑髏

 コンクリートの壁に取り付けられている、大きな鏡に自分を映す。

 全身黒色のタイツをまとい、本革のベルトと同じ素材の小さなポーチに長靴……そして、目出し帽まで被るその姿は、なんだか悪の秘密結社の戦闘員みたいだった。下着さえ隠せればよかったんだけど、無事に逃げることを考えて、おもいきって全部着てみたのだ。


「うーん、かわいくは……ないな」


 それにしても、なんてひどい格好なんだろう。

 今朝の夢といい、この夢といい、どうやらわたしは、相当疲れているのか心が病んでいるみたいだ。


「おい、急げ! 非常事態だぞ!」


 遠くのドアが突然ひらき、同じ服装の男がわたしに呼びかける。

 どうしようか迷ったけれど、とりあえず無言でうなずき返し、その男に連れられるままロッカー室を後にした。



 さっき通ってきたのとは違う別の経路を、男と一緒に小走りで進む。


「──ったく、改造人間に逃げられるなんて、いったいどうなってんだよ。白神博士の尻拭いまでさせられるんなら、時給をもっと上げろってんだよ。なあ?」


 先導する男が同意を求めてくるので、わたしはまた無言でうなずく。

 しばらくすると、打放しコンクリートの壁と床が目立つ殺風景な大きな広間にたどり着いた。

 そこには、同じ服装の怪しいやからがざっくり百人以上、それぞれ雑談をしながら、これから始まる朝礼を待つ生徒みたく均等に並んでいる。

 全員が向く先には映画館みたいな巨大スクリーンがあって、髑髏どくろに二匹の蛇が巻きついたロゴマークがど真ん中に映し出されていた。

 わたしを連れてきた男と最後尾に並んだちょうどその時、急に広間が暗転して、鼓膜を破るくらいの大音量で不気味なBGMが流れる。

 スクリーンのロゴマークがゆらめいて消えると、今度は異形の仮面を被った人物が大きく映し出された。

 その仮面をなんて形容したらよいのやら。蛇のような、骨のような、とにかく不気味な、銀製のすっぽりと被るタイプの仮面だった。


『ウゥ~ララァァァ……ウゥ~ララァァァ……』


 銀仮面の謎の人物は、なにやら呪文でも唱えるみたく、仮面の下の両眼を赤く光らせては両手を掲げて左右にゆれている。


「偉大なる〈スカルコブラー〉に栄光あれ!」


 一斉に右手のひらを斜め前方に向けて挙げ、大声で叫ぶ黒タイツ集団。わたしも一応、少し遅れてから同じポーズをとる。


『みなさん、こんにちは。暖かい陽気が続き、ほころびかけていた桜の花びらも、今朝は大分と花開いておりました。もうすっかり、春ですね』


 すると突然、銀仮面は姿勢を正して穏やかに話しかけ始めた。


(校長か! 校長の挨拶か!)


 思わずわたしは、心の中でツッコミを入れる。


『えー、みなさんに残念なお知らせがあります。白神博士が先ほど、新しく造られた改造人間に逃げられました。これで通算八回目です』


(けっこう逃げられてるし! セキュリティ甘過ぎだろ、あの髭爺! なにを学んで博士になったんだよ!)


 思わずわたしは、心の中でツッコミを入れる。


『みなさんには、その逃走中の改造人間を探してもらいます。もちろん、手当てはつきませんし、残業代も出ません』


 ブラック企業的な発言に、全身タイツ姿の野郎どもがざわつく。おそらく、逃げた改造人間というのは、わたしのことだ。

 夢だとしても、こんな訳のわからないヤツらに捕まりたくはない。なんとかしなきゃ!


『ですが、捕まえた者にはご褒美として、大幹部への出世が約束されるかもです!』


(かもってなんだよ! そこはおまえの権限でハッキリと確約しろよ!)


 わたしは心の中でツッコミを入れつつ、逃走手段を必死に考えていた。


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