第2話 凱旋パレード
私たちを乗せた馬車は都の城門をくぐるとすぐに歓声とまき散らされる花びらで迎えられる。
沿道は立ち並ぶ家のテラスにまで人がぎっしりと詰めかけていた。
私たちは無蓋の馬車の上で左右に3人ずつ分かれて立っている。
進行方向に向かって左側は先頭がチヒロ、次に私、最後が神官のアンディという順だった。
馬車はごくゆっくりとした速度で都の大通りを王の住む城に向かって進み、私の視界を花吹雪が遮る。
一時的な喜びのために花を無駄にすることについて、以前の私なら嫌悪感を抱いたはずだ。
人間は何か祝い事があると野に咲く花を大量に摘み取ってまき散らす。
なんと傲慢で愚かなのだろうかと思っていた。
今でも少しはそういう思いがある。
しかし、他ならぬチヒロを称えるという目的のためになら許せる気がした。
むしろそれだけでは足りないとも思ってしまう。
うら若い乙女を召喚して魔神と戦わせる。
それはこの世界にとって必要なことだったのだろう。
実際のところ、チヒロが居なかったら魔神を倒すことはできなかったと思う。
マイルズの剣技も、カムリの強烈な一撃も、アンディの癒しの技、シャールの痛烈な魔法もそれ単独では力が及ばなかったはずだ。
直接目の当たりにした私の感想だから間違いない。
それを1つの力にまとめ上げたのは、1人の異邦人の女の子だった。
そのチヒロに対してはこの世界の人々は返しきれないほどの恩を受けている。
花びらを浪費するぐらいではその謝意を示すには足りないぐらいだ。
チヒロは無邪気に笑顔で沿道の人々に手を振っている。
今日という日のために汚れを落とし磨きあげられた銀色の胸甲をまとったその姿は光り輝き神々しくさえあった。
「きゃ~、勇者さま。すてき~、こっち向いてえ」
甘ったるい声が響く。
若い女性の一団がチヒロと書いた横断幕を掲げてきゃーきゃー騒いでいた。
私は複雑な気分になる。
チヒロの素晴らしさを認識できているということは人間にしてはよく分かっていると思うと同時に、気安く呼ぶんじゃないという気持ちがムラムラと湧き上がってきた。
お前たちにチヒロの何が分かるというのだ。
頭が高い、控えおろう。
私は思わず不機嫌な表情になってしまったらしい。
あちこちに向かって笑顔を振りまいていたチヒロが私の顔に視線を固定すると気づかわしげな表情になった。
「シンディ、どうしたの? どこか具合でも悪い?」
関心を独り占めできたことで不快な気分はすぐに雲散霧消する。
だけど、だめだ。せっかくのチヒロの晴れ舞台なのに余計な気を使わせてはならない。
人の町は石が多く植物が育っている場所は限られる。
そして建物が密集しているせいで風も感じられない。エルフの私にはちょっと向いていない環境であったがそれを告げるわけにはいかなかった。
ましてや、チヒロに黄色い声を上げている人間が不快だったなどとはなおさら口にできないだろう。
「あまりに人が多くて驚いてしまった。人に酔うとでも言ったらいいのかな。でも、心配してもらうほどじゃない。大丈夫だ」
「そうだね。あまり人の多い場所には寄り付かなかったもんね。私もちょっとびっくり」
魔神を倒すために必要なものは人里離れた遺跡にあることが多い。
それらを求めてさまよう旅は必然的に人の姿を見ることは少なかった。
もちろん、休息や必要な物資の補給のために町や村に立ち寄ることもある。
しかし、この西方王国の都ほど栄えており住人が多い場所というのはなかった。
今日は祝勝パレードということで住民以外の者もたくさん集まっているのだろう。
一瞬だけチヒロと目と目が合った。
これまでの旅路が脳裏に浮かんだのは一緒らしい。
同じ時間を共有してきた者同士のみが持ちえる共犯者のような笑みを閃かせるとチヒロは周囲の歓呼に応える作業に戻る。
名残惜しいが仕方がない。
祝勝パレードで晒し者になるのも仕事のうちだった。
都にたどり着くまでの間に何度か使者がやってきて今日の段取りを整えている。
西方王国としては未曽有の危機に立ち向かった勇者一行に他種族も加わっていたということを広めたいということらしい。
今まではお互いに不干渉だったエルフやドワーフともこれを機会に少しでも友好関係を築きたいというのがマイルズの父親である国王の思惑だった。
別に私はエルフ族の代表というわけでもなんでもない。
まあ、確かに同胞の中でも精霊魔法に長けている方だという自信はあるが、所詮は200歳ほどの若輩者である。
私のことでエルフ族が人間に対する態度を変えるとは思えなかった。
エルフ族は基本的に他種族とは関りを持とうとはしない。
ときおり私のような好奇心が強すぎる若者が外界の刺激を求めて結界の外に出てくるぐらいである。
エルフ族から見れば人間なんて不格好でがさつで臭い存在でしかない。
そんな気持ちは相手にも自然に伝わった。
人間の方もエルフ族に対してはよそよそしい態度をする者が多い印象である。
私も結界の外の景色には心を動かされたが、人間とはできるだけ接触しないようにしていた。
その私がチヒロたちの一行に加わったのは全くの偶然である。
黒い森のオーガと遭遇してやむを得ずに戦っているところにチヒロたちが駆けつけて共に戦ってくれたことが始まりだった。
オーガ1体なら私だけでもなんとかなったと思うが、3体も同時となるとさすがに持て余し気味だったところへの援軍は正直なところほっとする。
戦いが終わると、私もそこまで高慢ではないので助力に対しての感謝の言葉を口にした。
ただ、いつもなら、そこで別れて関係は終わりになったと思う。
しかし、その時はチヒロが居た。
まるで食事を一緒にどうかという気軽な口調でお願いごとをしてくる。
「ねえ。私はチヒロ。あなたのお名前は? さっきの魔法凄かったわ。私たちは魔神を倒す旅をしているの。一緒に来てくれないかな?」
目をきらきらとさせながら私の手を握った。
その瞬間、体の中にびりっという刺激が流れる。
冬のよく晴れた感想した日に金属製のドアノブに触れたときに感じるものに近い感覚である。
でも、チヒロに触れられたときは、不快な感じはしない。
むしろ体の芯に甘い痺れを残した。
今までも人間に触れられたことはあったが不快に感じることがほとんどである。
男女問わず同じように気持ちが悪かった。
それがどうだろう。
チヒロにだけは、もっと触れていたいと思ったのだった。
特に目的のある旅では無かった私は承諾の意を伝え、今に至るというわけである。
全く人生何があるか分からない。
「ねえ、ママ。どうして、あのエルフさんは怖い顔をしているの?」
子供の甲高い声が聞こえてきた。
視線を巡らせると母親に抱きかかえられた女の子を見つける。
人間というのは騒がしいが、その中でも子供は図々しい言葉が多いので好きではなかった。
ふん。
睨みつけてやろうかと思ったが、私も勇者チヒロの一行であることを思い出す。
私のせいでチヒロの評判が下がってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
女の子に向かって笑顔を作り手を振った。
思い切り作り笑いだったが女の子にはそれで十分だったようである。
顔をくしゃりとすると手を大きく振り返してきた。
やれやれ。
疲れるものだ。
チヒロとは反対側に立っているアンディが小さな声でぼやく。
「ああ。疲れた。早く終えて酒が飲みたい」
この日の高いうちから酒のことを考えるとは、この神官はもう駄目かもしれない。
そうは思うものの、この見世物が早く終わってほしいという部分には同感だった。
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