19話
「えー、今日からこの6組に編入することになったシノ君だ。皆、仲良くやるように」
儂は担任であるロレンゾに紹介され、皆に挨拶をする。
「儂はシノだ。こちらの従魔はウル、ルーヴァル。よろしく頼む」
「よろしくなのだわ!」
教室内からまばらに拍手が聞こえてくる。教壇から様子を見ると、なんていうか、恐れられているような?腫れ物を触るような?そんな様子が見て取れる。
「昨日のやつだよな?」
「大丈夫なのかな?あれで私達と同じ平民?」
「どうして妖精が喋ってるんだ?
「儂…とか言ってるぜ。なんかジジくせぇやつだな」
ひそひそと儂らに対してのネガティブな視線が届けられているのは感じるが、中には興味深々といった様子で見てくる者も居る。
「先生、儂はどこに座れば?」
「あー、そうだな、適当に空いてるところに座ってもらって構ないんだけれど…」
ロレンゾが教室内を見渡すと、視線が向くたびにその先にいる生徒が視線を逸らす。すると…
「はいはいはい!!ここ空いてるよ~!!」
虎人族の少女が勢いよく手を上げて、隣の席を指さす。
「あぁ、レオネアの列が空いてるな。ヴァリクスもいいか?」
「もちろんっすよ~!」
ヴァリクスと呼ばれた人族の少年が手を上げる。じゃぁあそこに、とロレンゾに促されて儂らは席に向かう。
「よろしくぅ~!レオネアだよ~」
「うぃっす~。ヴァリクスだ」
レオネアはウィンクをし、ヴァリクスは軽く手を上げる。
「いや~ワンちゃんおっきいっすね~。毛並みもつやつやで嬉しくなっちゃうなぁ~!」
身を乗り出しながらルーヴァルにレオネアが触ろうとする。
「こら~レオ~。遊ぶのは授業が終わってからにしてくれ~」
ロレンゾからすかさず注意され、レオネアはあちゃ~と言いながらすごすごと着席し、儂に耳打ちしてくる。
「後でそのワンちゃん撫でさせて…」
「あ、あぁ。ルーヴァルが良いというなら…?」
のそっと座っているルーヴァルをちらりとみると、耳がぴくッと動いた気がした。
レオネアの反対側の肩に座っていたウルはぼそっと、「…また変な人がいるのだわ…」と呟いていたのは聞かないようにしておこう。
この学園では1年次は基礎的な分野での教育が行われていた。
儂は簡単な計算などはできるが、お世辞にも算術などが得意という訳でもないので改めて学ぶ、というのはとても新鮮だった。
机の端にウルも座り、授業を真剣に聞いていた。
3の鐘が鳴り、午前の授業が終わると、教室内の生徒はそれぞれ席を立っている。
「ん~!!!休憩だぁ~!!」
「あ~座学なんてだっりぃなぁ。午後からは実技だからいいけどよぉ」
隣に座っていたレオネアとヴァリクスが疲れたように机に突っ伏していてる。
「うし、飯に行くぞ!飯!」
ヴァリクスは立ち上がり、レオネアと儂に声をかける。
「ご飯食べにいくのだわ!?ここには美味しいものあるのだわ?」
ウルがヴァリクスの言葉に強く反応する。ルーヴァルも耳がぴくぴくと動き、のそっと起き上がる。
「いいねぇ~。シノ君はどうするの?」
「あぁ、儂も行こう。ウルとルーヴァルも乗り気みたいだし」
「よーし!じゃぁ今日はシノの歓迎の意味も込めて、俺がおごってやるぜ!!」
「お!太っ腹だね~ヴァリ~。私の分もよろしくなのさ!!」
「て、てめぇは自分で払いやがれ!!」
面白い2人だ。座学の時にレオネアは非常に難しい顔をしていて頭を抱えていたし、ヴァリクスは半分寝ていたような気もするが、悪い子達では無いようだ。
ヴァリクスとレオネアの後について、食堂に向かうことにした。
道中や食堂ではやはり、大きな注目を浴びることになった。
どうやら
また、『喋る妖精種』自体も稀…というか確認された事象が無いらしく、あちこちからヒソヒソとこちらに視線を向けつつの話し声が聞こえてきた。
ウルも最近ではそういった反応に慣れてしまったようで、気にする様子がなくなった。
食堂では「俺が奢ってやるから好きなもの頼みな!」といっていたヴァリクスがウルの注文する量を見て目が点になっていた。
「…聞いて無いぜ…」と、顔面蒼白になっていたが、さすがに申し訳なさすぎるので、儂の分だけ、出してもらう事にして、ウルの分はこちらで出すことにした。
彼は涙目で「ありがとう、ありがとう」と言っていたが、それはこちらが言う台詞である。
食堂では彼らの話しも色々と聞くことができた。
ヴァリクスは短めの緑色の神で、緑の目をしている。オーラリオン王国南西、ロヴァネ領に隣接する国境沿いの小領地出身の中級貴族だそうだ。
父はその小領地の騎士団の団長をしているらしい。
ロヴァネとの交流もあり、儂がシェリダンの推薦で学園に編入したと言ったら驚いていた。
各学年で6組は下級貴族や、平民が中心で構成されているため、本来中級貴族がこのクラスに配置されることはない。
しかし、彼は座学が壊滅的だったらしく、6組になったと笑いながら言っている。
実技についてはかなり自信があるようで、『泰山の加護』という珍しい加護を持ち、その細身に似合わず大斧を使いこなす頑強な戦士として鍛えているらしい。
レオネアは虎人族で、王国北の山岳地帯の出身の平民だそうだ。
髪は肩までの短めのボブカットで、前髪は斜めにカットされ、大きな琥珀色のくりっとした瞳をしている。髪色は濃いオレンジと黒のストライプが混ざっていた。
元々虎人族を始め、獣人族は身体能力が優れたもの達が多く、傭兵や冒険者になって生計を立てるものも多いそうだ。
その中でも彼女は『闘気の加護』というこちらもかなり特殊な加護を持っていることが分かったため、生まれは貧しい部族ではあったが、部族総出で路銀や、学費を捻出して学園に通えと送り出してくれたらしい。
『闘気の加護』は魔力で身体を強化する『身体強化』とは異なり、 『闘気』と呼ばれる肉体の生命力や精神力を元にしているものだという。
鍛えることで身体強化よりはるかに強く強固で、魔法すら素手で弾けるようになる加護だそうだ。
彼女はその闘気を活用し、武闘家としてその肉体を用いて戦うことを得意とするそうだ。少し、儂の霊迅強化・纏に似ているような気もしないでもない。
ふと思い出したようにヴァリクスが口を開く。
「そうだ、俺のことはヴァリでいいぜ。"ヴァリクスさん"なんて堅苦しくてだめだ」
「私も~レオでいいよっ!」
「分かった。じゃぁお言葉に甘えさせてもらうよ」
ヴァリは貴族とは思えないほど平民と言われた相手とも距離が近い。理由を聞くと、小領地だからそこまで裕福でもないため、彼の領地の貴族は大部分が平民に交じって畑の手伝いをしたり、一緒に仕事をしたりすることが多いそうだ。
「私達の話しはしたからさ、今度はシノ達のことを聞かせてよ!!」
レオがルーヴァルとウルをちらちらと見ながら儂に話をせがんできたその時、1人の少女が現れ、儂らがいるテーブルの横に立った。
「貴方がシノ…ですの?」
「げっ、ナディアじゃねぇか…」
ナディアと呼ばれた少女はキッと腕を組みヴァリを睨む。その隣に座っていたレオは顔をそらしている。
「…ふん。6組の座学底辺組が揃ってるなんて…とーっても仲良しですこと」
彼女は淡いラベンダー色の、自然なウェーブのかかる長い髪をかき上げ、儂らを見下ろす。なにやらずいぶんと勝気な少女のようだ。
「儂に何か用かな?」
「…貴方に感謝を伝えに来たのですわ」
「感謝…というと?」
今日の挨拶の時に教壇上から眺めたくらいだから、彼女が教室にいたかどうかは分からない。ナディアという少女と相対するのも、言葉を交わすのも今日が初めてのはずだ。
彼女はなにやら言いにくそうな顔をし、目線を外しながら「き…昨日のことですわ…」とつぶやく。
「昨日?」
「あー!もう!察しが悪いですわね!昨日の朝の校門での出来事ですわ!!」
バン!と彼女の右腕がテーブルを叩くと、食堂の他の生徒の視線が集まる。
「あぁ、あれか。でも君に感謝を言われるようなことは無いと思うんだけど」
あの時は黒髪の少年が被害者だった。彼女ような少女ではなかったし、何か関係があるのだろうか?
「…あの時の首謀者…その、加害者のマルヴェックは…私の兄ですの」
ナディアは悲しげに少し目を伏せたが、再び勝気な顔を作り、儂を見る。
「兄の非道な行為を止めていただいたこと、深くお礼を申し上げたく存じます!!以上ですわ!!」
次は両手で机をバン!と叩き、彼女はくるっと踵を返して食堂から出て行った。あまりにも早い展開に少し、儂自身もそうだがウルもルーヴァルもきょとんとしてしまった。
「…嵐のような子だな」
儂は苦笑いをして呟く。
「あ…あはは…。あの子はクレモス領の令嬢で上級貴族なんだけどね、色々とあったみたいで6組にいるのさ。悪い子じゃないと思うんだけど…ね?」
レオもなんとも言えない表情をしながら、指で頬を掻いている。
「あいつはすげーズケズケと言ってくるけど、頭、めちゃくちゃ切れるし座学は他のクラスに負けないくらいのトップクラスなんだけどなぁ」
ヴァリが彼女について少し教えてくれた。
彼女は『知恵の加護』というものを持っていて、座学に関しては文句のつけようがないほどの秀才という。
だが、属性に関する加護を持っていないことから、その影響で属性魔法の習得が困難となっている状況、家庭の事情などもあって6組に配置されたらしい。
座学に関しては既に充分すぎるほどの知識を持っていることから、現在は実技を中心に授業に出ているので、今日の座学にいたのは相当珍しいようだ。
「入学当時は張り切っていたんだがな…。他の組に負けない成績を残してやるってよ。でも、アイツの兄貴が平民や下級貴族に対して酷いことしていることがショックだったらしくてな」
マルヴェックが下級貴族や平民に対していじめを行っている場面を目撃し、また、それに対して周りの貴族が止めようともしなかったことに大きな衝撃を受けたそうだ。
「私もあの子のクソ兄貴に嫌がらせされたのさ~」
「あぁ、あんときは胸糞悪かったぜ。俺がいたことに感謝しな」
「あの時は本当に助かったよ!感謝感謝!よっ!ヴェリ様!!!」
レオが自分も経験があるとこぼし、ヴァリがその場に居合わせたことで難を逃れたそうだ。その時から、レオとヴァリは一緒に行動をするようになったという。
「その場面もナディアが見てたもんね~。マルヴェックを止めようとして問い詰めてたんだけど…全然相手にされてなかったんだよねぇ」
「マルヴェックはクレモス領の嫡男だからな。…おそらく、ナディアは側室の生まれなんだろう」
本妻と側室では同じ父でも、扱いが変わってくるとヴァリが言う。
第一、第二夫人といった状況であれば対等にはなるが、本妻の側室で設定されている場合は明確に区別されることが多く、学園に入学するまで顔を合わせないことだってあるとのことだ。
「あの子からはわたし達に関する悪意とか敵意は感じなかったのだわ?むしろ、後ろめたさや後悔、といった気配を感じたのだわ」
ウルがご飯を食べながらナディアに対して評する。
「マルヴェックの瞳は少し濁りが見えたが、ナディアの瞳には純粋な光を感じたし、一度話をしてみるか」
「それは私からもお願いしたいのさ~。最初はよく話してたんだけど、マルヴェックの件があって距離を置かれてるのさぁ」
「俺達は全然気にしないんだけどな。兄貴とアイツは違うからな。ただ、嫌がらせをうけた当事者だけあって向こうの気持ち的に難しいだろ?シノならさっきの件もあって他より話やすいだろうし」
あいつから話かけてくるなんて珍しいから、と頼まれる。昨日の出来事に対して謝罪をしてきた彼女は強がっているだけの空元気にも見えたし、ヴァリが言う通り、マルヴェックとナディアは違う人だ。
マルヴェックの行為に対してナディアは何らかの負い目を感じているのかもしれない。迷える若者に対して、長く生きた儂の経験が役に立てば良いのだが。
「ところで、君達はご飯は食べなくていいのか?」
レオとヴァリが手元の食器に目を落とす。
「やべっ!!話に夢中で全然食べてねぇ!!」
「ちょっとシノ!!いつの間に食べたのよ!ねぇ!!」
話しに夢中になっていた2人は食事を急いで掻き込んでいた。
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