幕間:ドルグ
「本当あの坊主め、面白い仕事をくれたものじゃ。腕が鳴るわ」
俺は目の前にある精霊銀のインゴットを眺める。エリオスが連れてきたシノという少年から制作を依頼された武器、装備は自らの限界に挑戦するようなものだった。
彼は冒険者登録を済ませたばかりというのに、Aランク冒険者でも破壊することが難しい傀儡人形を切り裂いてしまった。ギルドにあるそれとは違ってより強く、工房にある中で最も強度が高い人形を、だ。
しかも、シノが使った技はこれまでに見たことがなかった。魔法で使う属性付与とは異なる、何か特別な力を感じたのだ。
「儂が作った剣も粉々にしよった」
シノがその時に使い、刀身がばらばらになった剣の柄を目の前に掲げる。失敗作とは伝えたが、俺が意図したような出来にならなかっただけで、Bランク以上の冒険者が使うくらいの質があった剣じゃぞ。
後で坊主が言っておったが、精霊の力を使っていたことに剣が耐えきれんかっただけで、俺の腕が悪いわけじゃない。精霊のせいじゃ精霊の。
あの剣は単純な鋼の剣じゃったからな。俺がちゃんと作ってるからちょっとやそっとじゃ刃こぼれとかせんのだが、精霊の力は鋼と相性が悪い。あの感じだと、精霊の力の十分の一も出ておらんかったじゃろ。
…素直に感想を言うと、化け物だな。
坊主にミスリルをもって来いといったら、ミスリルの中でも最高級の精霊銀を持ってきよるし。ロヴァネのお偉いさんと繋がりがあるとか言っておったがこれは想定外じゃったわ。
普通、冒険者始めたばかりのひよっこが易々と入手できるものではないんじゃが?
精霊銀は加工の難易度も非常に高い。ミスリルと同じ温度で熱するのはもちろんじゃが、加工を行っている間、常に微量の魔力を流しておき、かつ、槌を振るう際にも一定以上の魔力を込めて叩く必要がある。
並みの鍛冶師なら、一振り二振りでグロッキーになるわい。ま、俺は並みじゃないから問題ないんじゃが。
精霊銀の加工は2度目。最初の加工は魔術師用の杖じゃったか。インゴットを丸々剣にするなんぞ初めてじゃが、楽しみでしょうがないわい。
シノは刀という武器を作って欲しいと言っていたが、確かベルキア大陸ではない、別の場所で作られているらしいんじゃよな。この大陸ではあまり流通していないし、技術もないものだ。
ちょっと前にタリシア公国から来た商人に観賞用や技術開発用にどうかと言われ見せてもらったことがある。この大陸の外から輸入した一点モノとか言っておったな。この国の商人は美術品、芸術品の目利きをさせれば随一なんじゃ。
美しい波紋、優美な曲線で確かに美しいものじゃった。じゃが、一度試し切りをしただけで刃こぼれし、折れ曲がってしもうた。切れ味は鋭いようじゃったが、あまり武器としての良さを感じなかったものじゃ。
こんなもん実戦では使えんじゃろうと言ったら、商人は真っ赤な顔をして「素人が刀を使うな!」と怒鳴って帰って行ったが。
俺は武器は『壊れない』ことが一番じゃと思っておる。魔物との闘い、人同士での戦い。一合打ち合っただけで壊れてしまう武器に命を預けることができる戦士なんぞおるものか。それに、剣の腕が無いと壊れてしまう武器なんて論外じゃ。
そういう観点から言えば、シノが技を使うたびに剣が壊れていたら安心して戦うことなぞできんじゃろう。困っているのは理解できる
しかし、刀の印象が悪かったからと言って依頼人の求めるものを作らない理由にはならない。刀の作り方は知らないが、シノが知っている限りの制作手順や、その概念を教えてもらった。できる限りのことはしてやるつもりだ。
後の問題は、もう1つのインゴットをどうやって糸にするか…じゃな。
金属、鉱石を糸にする魔術具はあるが…正直なところ、精霊銀に使えるかはわからん。シノに大見得を切った手前、できませんでした、じゃぁ沽券にかかわる。ここは錬金術師の領域になるからのう。
…ふん!ちーとばかし鍛冶師の領分を超えとるだけじゃ!!仕方ない。気乗りはせんがやつに連絡してみるかの…。
「はーい!!ドルグ!!お困りみたいね?」
工房の扉を勢いよくあけ放ち、白衣を纏った狐人族の女がどかどかと入ってくる。
彼女はヴァレリア・フィロメナという錬金術師だ。俺の工房にある魔術具の作成や傀儡人形の改良、メンテナンスを受け持ってくれている非常に優秀な人材なのだが…。興味深い研究対象があると我を忘れてしまうところがあるんじゃよなぁ~。
俺の前にくると、慣れた手つきで椅子に座る。
「精霊銀を装備用素材の糸にしたいっていうことで間違いないかしら?」
メガネの奥にのある瞳をギラギラさせながら身を乗り出してくる。
「そうじゃ。インゴット1本分を全て糸にしたい」
ヴァレリアに精霊銀のインゴットを見せる。これだけの量の精霊銀を加工する機会はめったにない。
彼女はインゴットを手に取り、真剣な表情で眺める。指で叩いたり、魔力を流してみたり、表にしたり裏にしたりと、簡単ながらも検証を行っているようだ。
やがて、彼女は満足したかのようにインゴットを机の上に置く。少し考え込むような仕草を見せた後、口を開いた。
「まず結論から言うよ、ドルグ。今ある鉱石を糸に変換する魔術具では100%無理だね」
お手上げだと言わんばかりに肩を竦めている。とはいえ、想定内の回答ではある。
「まぁそうじゃろうなぁ。精霊銀はとにかく扱いが難しい上にこれだけの量を一度に加工することは殆どないからの」
「これだけの量の精霊銀を糸へと変換する機器を作ることはできないこともないよ。でもね、制作に数年はかかるかな。それに、超希少素材が必要になる。そんなに時間と金はかけていられないんだろう?」
「あぁ。すぐにでも欲しいな。ブローダにもできる限り早く渡して、いいものを作らせてやりてぇからな」
素材の準備に手間取ると作業に取り組む時間が少なくなって、質が落ちちまう。あいつも珍しく気合が入ってるからサポートしてやらんといかんからな。…決してご機嫌取りなんかじゃねぇぞ。
「ふむ。精霊銀の特徴も考慮すると…インゴットを糸に加工するんじゃなく、糸を用意して調合するほうが今後のことを考えても良いと思う。布の装備を作るんでしょ?…精霊銀ならアウリク・スピンドリフトの糸かな。それなら明日には変換できるよ。ちょっと大掛かりな作業になるからこの工房を借りても?」
さすが優秀な錬金術師じゃ。すぐに対応手段を思いついたらしい。ヴァレリアは研究馬鹿だからな。難易度が高ければ高いほど燃えるタイプだ。そういった部分は気に入っている。
よし、決まり!とヴァレリアが手を打った後、俺の耳元に顔を寄せてささやく。
「ちなみに、今回の作業費は大銀貨3枚ね?」
な…なんじゃと!ぐ…ぐぬぬ…。シノの坊主に全部で大銀貨5枚といったが…思ったよりかかりおった…。ブローダに知られたらしばらく酒を減らされてしまう。
確かな技術には相応の代価が必要じゃ…。…仕方ない。もしもの時の為のへそくりを使うしかなかろう。
「ぐぬ…分かった。その代わり、しっかりとやってくれよ?お前の作業に必要な道具は準備しておいてやるからな」
次の日、ヴァレリアは工房内で手際よく調合を行い、精霊銀の糸を作り出した。精霊銀が調合鍋の中で糸と融合していく様を見るのはいつ見ても面白い。彼女から糸を受け取り、ブローダに糸を渡す。
これですべての準備は整った。俺の懐は少々寂しくなったが、後はきっちりと仕上げていくだけじゃわい。
武器作成のため精霊銀の加工を始めて気づいたが、刀を作成する手順にある『鍛錬』というものは、非常に良い技術じゃった。
形を作って鍛えるのではなく、インゴットから鍛えて、中に含まれる不純物を取り除き、金属の純度上げる。そして、素材を叩いて圧縮しつつ整形することで、強度が増し、不純物ができる限り排除された、限りなく100に近い純度の精霊銀の刀身を作ることができた。
眼から鱗じゃったわ。
頭の中にある刀の形にできるだけ近づけるように成形し、出来上がった刀身はまるで夜空のような深い透き通った濃紺だ。
俺が作ってきた中で3本の指に入るほどの渾身の出来と言ってよい。長らくつまらん量産武器ばかり作ってきておったが、最高の素材を前に久しぶりの燃えたわ。
昔見た、あのひ弱な刀なんぞより断然良いと言えるじゃろう。
試し切り…あぁ、傀儡人形なんぞは使っておらんぞ?巻き藁はあっさり切れるし、刃こぼれ、曲がり一切ない。
鍛錬を行うことで精霊銀の純度が上がり、柔軟性、強度、切れ味、すべてにおいて最高級と言っていいじゃろう。
坊主は鞘に収めた状態から剣を抜くこともあるとか言っておったので、鞘走り?というのができるように鞘も考えて作ってやったわい。
俺の鈍っていた頭がどんどん覚醒していって、もてる限りの技術を詰め込んでやた。絶対に文句は言わせん。
さて…銘はどうするか…。この刀身は宵の刻の空を思わせる。そうじゃな…「宵月」。刀の銘の法則から取ったものじゃが、うむ。悪くない。
剣の出来、その美しさに満足して鞘に収める。
「さーて、仕事終わりの一杯でもやるかぁ!!武器を作った後のこの一杯がたまらんのだぁ!!」
…そのあと、どこから糸加工の代金の話が漏れたかはわからんが、ブローダに大目玉を喰らってしまうことになった。
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