1章『始まり』

1話

 

「そっちに行ったのだわ!!シノ!」


「わかった!任せろ!」


 大蛇の魔物がこちらに向かってくる。ヴェノムコブラと言い、即座に死に至らしめる毒霧を吐く。


 ヴェノムコブラはシノを視認すると、大きく息を吸うように体をのけぞらせ、毒を吐く態勢を取る。


 「させるか!!」と儂は袈裟に斬り、剣を真横に振りぬく。剣閃は大蛇だけでなく、後ろの大木も数本まとめて切り裂いた。


 大蛇は、ゆっくりと体が崩れ落ちる。


 動かないことを確認し、剣を鞘に納め、「よくやったのだわ~!」とウルとハイタッチをする。


「そろそろ休憩にしようか。今のでそこの樹を斬ってしまったけど、ちょうどいい休憩所になりそうだから」


 フォレの湖を出発して数日たった。見上げると、森の木々の隙間から見える太陽が真上に位置しているのが見える。


 担いでいるバッグパックからフォレの湖のでとれるムーンフルーツという果物を取り出す。


 夜にだけ実をつけ、月の光で輝く果実で、ウル達ピクシーの主食になっていたものだ。とてもうまい。非常に栄養価が高く、食べると疲れが取れる。湖での訓練中はとても重宝した。


 湖では狩った中で食べられそうな魔獣の肉や、周辺で見かけた山菜などの食材を使って簡単な食事を作っていたが、道中は食料に困ることになるかもしれないと思い、多めに持ってきていた。


 結果的には、湖の近くで最も美味かった魔獣、エルヴァンティアと2日目に遭遇して保存食をいくつか作ることができたので心配はなくなったのだけれども。


 先にウルに投げて渡し、自分の分を取り出す。ムーンフルーツは少量で満腹感を感じるのでさっと栄養補給したい時には便利だ。


 荷物を入れているバックは、服を拝借した時の、遺品にあったものだ。ウルが言うには空間を拡張する魔法がかけられており、かなりの量の荷物を入れることができた。


 この道具の特徴なのかはわからないが、痛みが少なく旅に耐えることが確認できたので活用することにした。肩、胸当てなど、使えそうな装備もあわせて活用させてもらっている。

 

 これらもかなりの一品で、やはり生前の彼、彼女たちは一角ひとかどの人物だったようだ。


 使えそうな物を整理していた際にマッピング途中の地図を見つけた。そちらを参考に、ウルの案内で森を抜ける場所を目指している。


 地図は森のマッピング情報が中心だが、どうやら森を抜けるとイシュトリア山脈というものがあるらしい。そこにソットリス関門というものがあり、その向こう側に人の国があるようだ。


「ここからソットリス関門まではどのくらいかかるんだ?」


「わたしだけだとそんなにかからないけど…このペースなら夜が14回くらいくる感じなのだわ!ちょっと遅すぎなのだわ!!」


 ウルが頭をパシパシと叩く。およそ14日…ということか。ここまではついつい、この森を楽しみながら進んでしまった。見たこともない木々の植生や果物、花、襲ってくる魔獣。どれも新鮮で心が躍ってしまう。


 儂は以前の世界では聖地を守ることを使命としていたため、旅というものをしたことがない。いや、時折、都や、剣技大会などで遠くに行くことはあったが、そのくらいだ。


 若くして逝った妻とは、落ち着いたら世界を見て回ろうと約束していたが、果たすこともできなかった。だから、まだ数日とはいえ、こうして歩む旅路がとても楽しく感じてしまう。


 そして、森にいる魔獣の肉が意外と旨いのも、ついついゆっくりとした旅路になってしまう原因だ。


 特に3日目で出会ったアイアンボアと呼ばれる鋼のような甲殻をまとっている猪のような魔獣は、体が甲殻に包まれているせいか肉質が柔らかく、魔獣特有の臭みがなかった、岩塩を振って焼くだけでうまい。儂は焼く、煮る、炒めるくらいしかできないのが悔やまれる。


 そんな簡単な調理でも、ウルは「おいしいのだわ~!!」といって食べてくれたのだが。


 ウル達ピクシーはムーンフルーツや花の蜜を食べるだけで生きていける。


 食材を焼いたり、煮たり、「料理をする」するということをしたことはこれまで経験がなかったそうだ。儂が湖で簡単でも調理し始めたことに衝撃を受けていた。


 そして、人の食べ物と味に興味を持ったウルは、人のいる街に行くことを非常に楽しみにしている。


「そうだな。ウルの楽しみを奪う訳にはいかないから、少し速度を上げていくか。索敵はウルに任せたよ?」


「わかった!任せろ!なのだわ!」


 ヴェノムコブラと戦った時の儂の返事を真似てウルは了承した。


 地図をバックパックのポケットに入れて背負う。そして「霊迅強化れいじんきょうか」と唱え、軽く体を動かして術のかかり具合を確かめる。


「さぁ、いくわよ!」と、ウルは先に行き、追いかけるように走り出す。


 儂は少年の頃に戻った体の状態を確かめながら湖で訓練を行う中で、ウルの力を借りて魔法の真似事のようなことができるようになった。先ほどの詠唱は自身の身体を強化するためのものだ。


 ここに来る以前は精霊を体に憑依させ、その力を肉体に還元し、強化して戦う方法を編み出した。


 強大な力を持つ精霊を憑依させるほど負荷が大きく、生命力を削る必要があった…という話をしたら、ウルは呆れたような顔になり、「なんて馬鹿なことをやってるのだわ!」と怒り初めてしまった。


 体に精霊を憑依させることで、その力を十二分に活用することはできるが、代償も比例して大きくなる。


 人間と精霊では圧倒的に魂の「存在を構成する力」の強さが違い、体に精霊を憑依させたりしたら、一歩間違えば人間の魂なんて消し飛んでしまうらしい。


 生命力を削られているように感じたのは、精霊による魂の浸食によるものだったらしい。


 メリットは大きいが、それと同じくらいのリスクがあるやり方だと、一晩中こんこんと説教された…。


 とんでもないことをしていたものだと儂は苦笑いするしかなかった。


 ただ、そのおかげかはわからないが、儂の魂はかなりの強靭さを持つようになっていて、それが今回の出来事に繋がった可能性もあるかもしれないとウルは言っていた。


 体が少年のものに戻ったのも、最期の戦いで精霊の力を限界を超えて取り込んだことが影響しているのかもしれない。


 この世界にきても相変わらず儂は魔力を持たなかった。


 「また無茶なことをしてすぐに死んでもらったら困るのだわ!」ということで、精霊種の頂点に位置するウルは自分の魂と儂の魂を繋いだ。


 そうすることでウルを通し、精霊を行使することができるようになった。魔法より、精霊を使役することに似た、精霊術に近いと言っていた。


 『精霊に力を行使』してもらうのではなく、『精霊の力を自分で使う』っていうところが、一般的な精霊術とは全く違うのだけれども。


 魔法は特定の術を行使するのに各種属性への魔力適正がかなり影響するが、儂の精霊術は自身のイメージと、きっかけになる文言を発することで力を発動できるのがありがたい。




 走り出してしばらくしたころ、先を言っていたウルが急に止まり、木の陰に隠れた。儂も同じ位置に身を隠す。「どうした?」と問いかける。


「あれを見るのだわ」


 ウルが指をさした先には大きなが影が1つ、暴れているのが確認できた。よく見ると、大型の狼のような魔物を、小型の魔獣が囲んでいるのが見えた。バリバリバリッという激しい雷鳴が聞こえてきた。


「あれは…雷牙狼ボルトウルフとカーニヴォリクスの群れなのだわ」


 雷牙狼は雷を操る、この森の上位の魔獣で、カーニヴォリクスはサウルスという種に属する肉食の魔獣だという。


 カーニヴォリクス1体1体はそうでもないが、群れを組むと非常に厄介だとウルは言う。特に生まれたばかりだったり、幼い魔獣を好んでおり、赤子や、幼い獣を見つけると執拗に狙う特性があると言っている。


「シノ!大きい雷牙狼の足元におちびちゃんがいるのだわ!!」


 子連れの狼だったようで足元に2頭の小さな子狼がいる。


 1頭は横たわっていて、もう1頭は親と同じように威嚇しているが、どちらもけがをしている様だ。守りながら戦っている親狼も全身に傷があり、かなり苦しそうだ。


 次の瞬間、親狼の首元に複数のカーニヴォリクスが食いつき、親狼は首を大きく動かし、振り払おうとしている


「カーニヴォリクスはおちびちゃんばかりを食べるから大っ嫌いなの!助けに行くのだわ!!」


「承知だ!いくぞ!!」


 ウルが飛び出し周辺に群がるカーニヴォリクスを風の魔法で吹き飛ばす、儂も狼とカーニヴォリクスの群れの間に飛び込み、親狼に噛みついているものから斬り払っていく。


 親狼はかなり驚いたような顔をしていたが、儂たちが敵じゃないとみると、子狼を狙うものから2匹を守るように立ち回るようになった。


 その様子見ると、雷牙狼は非常に知能が高いように感じる。


 襲い掛かっていたカーニヴォリクスはかなりの数がいたが、ようやく最後の個体と思われるものを斬り捨てる。


「これで最後か?」


「そうみたいだわ!!他にいる気配は感じないからもう安心だわ」


 そういうと、ウルは「あの子たちの様子を見てくるわ」といって雷牙狼の親子のもとへ向かう。儂も後をついていく。


 親狼は力を使い果たしたのか倒れこんでおり、その場には大きな血だまりができている。


 息はしている様だが呼吸が荒い。倒れていた子狼の1体はどうやら戦いの中で命を落としてしまったようで、ピクリとも動かない。


 ウルは動かなくなった子狼の体を親狼の顔の近くへ移動させ、並べてあげる。そんな2頭の顔を、生き残った子狼は悲しそうな声を出しながら舐めている。


「少し遅かったのだわ…。もうこの親狼も長くないのだわ…」


 非常に沈痛な表情で、親狼の頭をなでてあげているウル。親狼の口元が少し動く。


「ん?どうしたのだわ?」


 親狼は儂をちらっと見た後、ウルに話かけているようにも見えた。


「そう、そうなのだわ。あとはわたし達に任せるといいのだわ。だからゆっくり休むといいのだわ…」


 ウルの言葉を聞いた親狼は安心したように目を閉じると、息を引き取った。ウルの隣で子狼が悲しみを振り払うように大きく吠えた。



 2頭の亡骸を地中に埋め手を合わせる。そしてウルと子狼について話す。子狼はウルが魔法で治療を行った。体についた血を洗浄の魔法で洗い流した後は、倒したカーニヴォリクスの肉を食べさせている。


「あの親狼はお母さんだったのだわ。このおちびちゃんだけではこの森で生きていけないから、わたしとシノに任せたいと言ってたのだわ」


「そうか。それには儂も異論はないよ。この幼さで1頭では満足に生きてはいけないだろうし…。弱肉強食の森とはいえ、儂らにも助けてしまった責任はあるから」


 食事中の子狼の背中をなでる。儂らも魔獣を倒し、狩りをし、その肉を食べている。雷牙狼とカーニヴォリクスの争いは森の自然の流れであって、手を出す必要はなかったかもしれない。


 ただ、戦う力のないを弱いものを食べることを好み、集団で執拗に狙うカーニヴォリクスに、ちょっとした憤りを感じてしまったのは間違いない。


 自分たちを苦しめたカーニヴォリクスの肉を食べれるだけ食べて満足したのか、子狼はキャウキャウと元気に走り回っていた。斬り捨てられたカーニヴォリクスの頭を転がして遊んでいる。


「とりあえずあの子に名前を付けてあげるのだわ。わたしがつけるよりシノがつけてあげたほうがいいのだわ」


「名前か。そうだな…」


 名付けか…。そういえば戦士団の若者たちの子供が生まれた際に名前を付けてほしいと頼まれたことがあったか。懐かしい。


 あの時は少しでも喜んでほしくて、三日三晩悩んだ記憶があるが、今はそういう訳にもいかないだろう。


 …そうだな。確か聖地に伝わる良い名前があった。


「ルーヴァル、というのはどうだろう?儂の住む国に伝わっていた伝説の狼の王の名前。ウル達には少し長いかもしれないが。普段はルーと呼べばいい」


「なかなかいい響きね!私たちとは違うのだから別にいいのだわ!シンノスケよりマシなのだわ!」


 ふふっと笑いながらウルが「おちびちゃーん」と呼ぶと子狼が戻ってくる。儂の足元に座り込んで、ハッハと舌を出して見上げている。儂は腰を落とし、子狼の頭をなでる。


「よしよし。お主の名前は"ルーヴァル"だ。これから一緒に旅をする仲間だな」


 ワウ!と吠えると子狼と儂の体が光り、子狼の額に見たことのない紋章が浮かび、消える。「これで契約成立なのだわ」とウルが言う。


 魔獣に名前を付けることで主従の契約ができるそうだ。


 魔獣同士では必要ないものだが、ピクシーや人間など、異なった種族で魔獣の世話などをする場合は名前を設定し、主従の関係をはっきりしたほうがやりやすくなるらしい。


 主になる側の力量や、魔力量、その魔物との信頼関係などの影響でうまくいかないこともあるそうだ。

 儂は魔力がないが、ウルと魂の繋がりがあるので問題なく、助けてあげたことで信頼関係は結べているので全然大丈夫とのことだ。


 嬉しそうにルーヴァルは儂の足にすり寄ってくる。悲しい出来事があったが、彼がこれからの生を楽しめるように見守っていこう。ルーヴァルを抱き上げて背中を優しくなでる。


 こうして、儂たちの旅路に小さな仲間が増えた。

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