第47話 北海道

 「気を付けてね。ああ、母さん寂しいわ。」

「母さん、四年後にはまた帰って来るから。そうしたら、それからはずっと一緒だよ。」

岳斗は羽田空港にいた。三月下旬。いよいよ大学に進学するのだ。春休みに帰ってきていた海斗と共に、これから北海道へ出発する岳斗である。

「夏休みには帰ってきてね。」

「もちろんだよ。海斗と一緒に帰るから。」

洋子を置いて行くのが忍びなく、何度も後ろを振り返ってしまう岳斗。涙が出そうだった。こうやって、海斗と岳斗が二人で行ってしまうのは、洋子にとってつらく寂しい事この上ないだろう、と岳斗は想像してしまうのだった。

 飛行機に乗ると、隣に座った海斗は、岳斗の感傷的な気分とは対照的に、ルンルン気分丸出しだった。

「あー、一年長かったー。いよいよ二人で暮らせるんだなー。」

しまりの悪い顔。しかし、そんな顔でさえ、どうしてこうもかっこいいのだろうか、と岳斗は思った。あちこちから視線が送られてくる。老若男女問わず。


 剣星大学北海道キャンパスは、旭川市にある。岳斗たちは羽田空港から、旭川空港へ飛び立った。旭川空港に到着し、バスで旭川駅近くにある、海斗の下宿先へ向かった。下宿先は、比較的新しいアパートで、ワンルームだが割と広く、バストイレ付。キングサイズベッドとダイニングテーブルに椅子が二脚。ちゃんと二人で暮らせるようになっていた。

「岳斗、ようこそ我が家へ。」

部屋に着くと、海斗はそう言って岳斗を抱きしめた。

「やっと、こういう事が出来る。これからはいつも出来るんだなあ。感激。」

海斗は岳斗の頭をぐりぐりと撫でた。


 夜になって、海斗が岳斗を飲食店に誘った。友達に岳斗を紹介すると言う。海斗が普段バイトをしているイタリアンの店だ。

 二人で店に入っていくと、奥のテーブル席から

「海斗、こっち!」

と呼ぶ声がした。既に海斗の友達が来ていて、岳斗たちはそのテーブルへ向かった。そこには、旅行の写真に写っていたと思われる面々がいた。あの髪の長い美人も。

「お待たせ。えー、これが、俺の弟。岳斗。」

やっぱり“弟”か、と岳斗は一発目から打ちのめされた。胸の奥にズンと重たいものが落ちる。だが、考えてみたら自分も、友達に海斗を紹介する時には、まずは兄貴だと言うだろう、と思い直した。まさか、いきなり彼氏や恋人だ、などとは紹介しないはずだ。だからこれはいいのだ。しょうがないのだ、と自分に言い聞かせた。

「どうも。」

岳斗がそう言ってちょっと頭を下げると、

「よろしくねー!」

と、海斗の友達の面々がそれぞれ言った。

「岳斗、紹介するな。慎二、圭介、凛太朗、葵だ。」

海斗が指をさしながら、岳斗に友達を紹介した。ずいぶんとざっくばらんな紹介だ。あの髪の長い美人は葵さんか、と岳斗は思った。彼女は穏やかに笑っている。

 それから、皆で夕飯を食べた。皆いい人だ、と岳斗は思った。海斗がトイレに立った時、皆が一斉に岳斗の方へ顔を寄せた。

「ねえ、岳斗くん。海斗の恋人ってどんな人なの?」

葵が小声で岳斗にそう聞いた。

「え?」

皆が岳斗に注目する。

「月一で強硬帰省してたからさ、恋人がいるに違いないと思ってるんだけど、どんな人なのか全然教えてくれないんだよ。写真とかないの?」

慎二がそう言った。

「えーと……。」

岳斗が答えに詰まっていると、

「みんなして何の相談?」

いきなり海斗の声がした。いつの間にか、海斗が皆と同じように顔を寄せていた。

「うわっ!お前、びっくりするだろ。」

慎二が言った。

「何だよ。」

海斗が言うと、

「だいたいお前は、この小さな町には無駄に顔が良すぎるんだよ。」

慎二は元都民だった。付属校出身ではないが。道民にとっては、旭川は小さな町ではないのでは、と思う岳斗だった。因みに、慎二以外は全員道民だった。

 そうして、その話題は立ち消えになった。岳斗は内心、胸を撫でおろした。


 海斗と岳斗の家に、二人は帰って来た。岳斗は、急に喜びが溢れた。自分と、海斗の家。嬉しさが止まらない。

「何ニヤニヤしてんだ?」

岳斗が先にシャワーを使い、ベッドの片側に寝そべっていると、後からシャワーを浴びた海斗が岳斗の顔を覗き込んだ。

「いや、なんか嬉しいなーと思って。やっと一緒に住めるようになって。」

「今更かよ。」

「やっと実感が湧いたというか。」

海斗はふっと笑った。それにしても、今日は移動と引っ越しとで疲れた岳斗である。

「ふあぁ、このベッド気持ちいいね。それに、久しぶりに広々と海斗と一緒に寝られる。」

岳斗は、隣にいる海斗の顔を見ながら、もう目が閉じかけていた。

「よしよし、今日は疲れただろ。ゆっくりお休み。」

海斗が岳斗の頭を撫でた。そして、岳斗はすぐに眠りについた。

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