第45話 写真の女性

 山の頂上でバカヤローと叫び、下山して、岳斗の山岳部生活は終わった。部長を務めてくれた萌と共に、後輩たちに拍手で送られた。これから、希望通りの学部に入れるよう、テストを頑張らないといけない。工学部に入るために。工学部に……もちろんやりたい事が出来るから、という理由もある。だが、海斗と一緒に暮らす為というのが岳斗の本音だった。もし、海斗に他に好きな人が出来たら、それでも兄弟のフリをして一緒に暮らすのだろうか。そんな事が出来るのだろうか、と岳斗は考えた。

 岳斗は胸の潰れるような思いで、また夜行バスに乗って地元に帰って来た。朝方に東京に到着し、家に帰って来たのは午前十時頃だった。岳斗は玄関を開け、海斗の靴があるのを見て、増々胸がザワザワした。不安だった。海斗がどんな風に変わってしまったのか、知るのが怖いと思った。

 洋子が出迎えてくれて、岳斗は風呂場へ直行した。海斗はまだ寝ているのだろうか、と思いながら。岳斗がシャワーを浴びて浴室を出ると、バスタオルが取りやすい所に置いてあった。岳斗は、洋子が置いてくれたのだろうと思ってそれを手に取り、体を拭いていると、

「はい、パンツ。」

と言って、岳斗の下着を手に持っている海斗がそこにいた。

「わっ!いたの?」

岳斗はびっくりして、思わずタオルで前を隠した。

「待ちきれなかったんだよ。岳斗、お帰り。」

と言って、海斗が岳斗を抱きしめようとする。

「ちょ、ちょっと待て!履いてから、ねえ!」

岳斗は必死に海斗の手から下着を奪い取り、海斗に背中を向けた。パンツを履く岳斗を、海斗は背中から抱きしめた。

「会いたかったよ、岳斗。」

「海斗。」

海斗がバスタオルをスルスルッと引っ張った。そして、二人はハグを……

「こら、何やってんの。」

突然ドアが開いて、洋子が睨んだ。きゃー!と叫ぶ一歩手前でとどまった岳斗である。

「はいはい。」

海斗はニヤついた顔でそう言って、出て行った。岳斗はドギマギしながら服を着た。


 杞憂だった、と言うべきか。岳斗の不安は何だったのか。海斗は食事中も岳斗の顔をジーッと見て、時々

「あーん。」

と言って食べさせるし、テレビを見ている時も、テレビではなく岳斗の事ばかり見て、時々指で岳斗の顔や髪の毛を触る。

「やっぱさあ、岳斗は可愛いなあ。」

うっとりしながらそんな事を言う海斗。甘い。

「岳斗、一緒に風呂入ろうぜ。」

と言った時には、

「まだ早い!」

と、洋子に怒られていた。

 また、毎日一緒にいられる日々がやってきた。鉄道旅行の事を、岳斗は聞きそびれていた。誰と一緒だったのか、とか、自分に早く会いたくなかったのか、とか。しかしそれも、今となってはバカバカしい事この上ない。海斗には海斗の交友関係があるのだ。岳斗が山岳部の合宿に行くのと同じだ。会いたくても優先する物はある。海斗にとって、バイトや授業や、友達との旅行など。そう、自分に言い聞かせる岳斗。それでも、誰と旅行に行ったのか、どうしても知りたかった。

「海斗、帰って来る前の旅行、どこに行ったの?」

岳斗は、海斗が誰と行ったのかに興味があったのだが、まずはどこに行ったのかを聞いた。

「えーと、函館と盛岡と仙台と那須塩原。写真見るか?」

海斗はスマホの写真を岳斗に見せた。景色や建物の写真に交じって、自撮り写真もあった。その後ろに、時々友達が写り込んでいる。

 そして、岳斗は見つけてしまった。髪の長い、美人女子を。

「これ、後ろに写ってる人、友達?」

岳斗は思わず聞いた。

「え?ああ、うん。」

歯切れが悪い、と岳斗は感じた。岳斗がちらっと海斗の顔を見ると、視線に気づいてか、海斗も岳斗の顔を見た。

「何だよ、まさかお前、こういう女が好みなのか?」

思わず、おっ、と驚いた岳斗。それは何とも言えない。心配になるくらい美人だと思った。つまり、岳斗の好みという事なのかもしれない。

「違うよ。っていうか、この人も一緒に泊まったの?海斗、まさか女子と同じ部屋に……?」

「いや、こいつ全然気にしないんだよ。女子一人だからさ、一人だけ違う部屋なのは嫌だって言うし。」

「そもそも何人で旅行したの?」

「あー、五人。」

「四人男子で、一人女子なんだ。」

「そう。あのさ、工学部って女子が少ないから、そんな感じの割合なんだよ。」

それはそうかもしれないが、他に写っている男子を見ても、特別かっこいい人は見当たらない、と岳斗は思った。おそらく、いや間違いなく、この女子は海斗の事が好きなのではないか。海斗も、自分で分かっているのではないか。

「何だよ、その目は。」

海斗が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る