第11話 試合の応援

 予習や宿題、試験など、様々な試練があったが、岳斗はどうにか一学期を無事に終える事が出来た。そして、夏休みである。去年の海斗は、夏休みも毎日部活だの試合だのと言って一日中家を空けていて、退屈する暇もない様子だった。八月に一週間程完全な休みがあるが、それ以外は月曜から土曜まで、いつも家にいなかった。今年も同じなのだろう。山岳部は、合宿がある八月の初旬に向けて、月曜から金曜まで毎日部活があるという事だった。毎日二時間程活動して、合宿を終えたら後はずっと休みなのである。

 岳斗は、朝はゆっくり起き、午後から部活に行き、夕方には帰宅する。だが、海斗は朝早くから夕方まで部活で、帰ってくるとそのまま風呂場に直行し、シャワーを済ませたら食事をし、早めにバタンキューの毎日だった。夕食は一緒にとるが、それ以外は顔を見る間もない日々が始まった。海斗の日焼けもどんどん増す。増々かっこよくなる。

「あ、岳斗、お前今度の土曜日暇?」

夕食の後、部屋に戻ろうとした岳斗に、海斗がそう尋ねた。

「土曜日?暇だけど?」

岳斗が答えると、

「お前、試合見に来い。絶対来い。詳細はスマホに送るから。」

と言って、海斗も部屋に消えた。

(なんだ?試合を見に来いとは。)

まあ、サッカーの試合を見るのも悪くないが、と岳斗は思った。後で送られてきた詳細を見ると、公式戦だという事だった。負けたら三年生は引退の、トーナメント戦に突入しているという。海斗はまだ二年生だが、先発メンバーに選ばれているらしい。岳斗が応援に行かなくても、またたくさんの親衛隊がキャーキャー言っているのだろうと想像されるが、来いと言われたから行く事にした。


 七月下旬の土曜日、岳斗は地元の小さなスタジアムにいた。観客席というほどの物でもないが、フィールドの外にスペースがあり、そこに立っている。そして、岳斗の隣には萌がいる。部活の時に海斗の試合を見に行くと言ったら、一緒に行きたいとせがまれてしまったのだ。岳斗はもう、萌とどうにかなろうとは思っていないのだが、行きたいと言うのだから仕方がない。その更に横には、同じ高校の女子たちが自作のポンポンを持って待機している。数十人いるようだ。

「ピー!」

キックオフ。海斗はフォワードだ。2トップのようだ。相手チームにも応援団がいて、お互いトップがボールを持つと、ものすごい歓声が沸く。岳斗もつい熱くなって海斗の応援をした。萌も大はしゃぎで海斗の応援をしている。海斗がシュートを決めた時、思わず岳斗と萌は手を取り合って飛び上がった。

 前半を2-1でリードして終え、十分間の休憩になった。最初は監督から指示を受けながら水分補給をしていた剣星チームだったが、それから各々散って座り始めた。と思ったら、海斗はまっしぐらに岳斗の方へ向かって歩いてきた。観客席の方に来る選手は他にいない。

 目の前に海斗が来たので、萌は両手を口に当てて固まった。だが、海斗は萌の方は一切見ずに、岳斗の事を見ていた。親衛隊の方からキャーキャーと悲鳴が上がっているが、流石に試合中の(今はハーフタイムではあるが)海斗に接触しようとはせず、遠巻きにして見ていた。写真を撮る音もかなり響いている。

「海斗?」

海斗が岳斗の前に来ても何も言わないので、岳斗が訝しんでいると、海斗は手を出した。

「あれ、持ってきたか?」

と言う。

(は?何の事やら……まさか俺、やらかしたか?何か頼まれてたんだっけ?)

大事な物を忘れてきたのかと、すごく不安になりつつ、岳斗は何となく自分が背負って来たデイバッグを開けた。すると、何とその中に自分では入れた覚えのないゼリードリンクパウチが入っていた。凍っていたのか、手に取るとかなり冷たかった。岳斗がそれを取りだし、

「これ?」

おずおずと差し出すと、海斗はニヤッと笑ってそれを受け取った。

「サンキュ、岳斗。」

海斗はそう言って、その場で開けて飲み始めた。そして、岳斗の隣に座る。まあ、芝生だから座ってもいいのだが、ここにいる皆は立っている。海斗だけが座るのも何か変だと思い、岳斗も隣に腰かけた。海斗は岳斗の方を見てニコッと笑った。つられて岳斗も笑う。

「何?」

笑顔になりつつも岳斗が尋ねると、

「元気もらった。後半も頑張れるよ。」

と言う。はあ、と岳斗はため息が出た。そう言う事は、彼女とかに言いなさい、と言いたかった。家族にその役目を求めてどうするのだ、と。それより、岳斗のところに来る口実を作る為に、岳斗のバッグにゼリードリンクを仕込んでおいたのだろうか。海斗はかっこいいけれど変な奴だ、と岳斗は思った。

「あ、あの、後半も頑張ってください!」

萌が、岳斗の隣からそう言った。何と言うだろうかと、岳斗は海斗の顔を凝視した。が、海斗は何も言わずに軽くうんうんと頷いただけだった。そして、シュタッと立ち上がり、岳斗の腕を引っ張って立たせ、

「じゃ、行くな。」

と言って、空になったパウチの蓋を閉め、岳斗に渡した。

 海斗がフィールドへ去って行き、岳斗がパウチをデイバッグにしまおうとすると、中に海斗のタオルも入っている事に気が付いた。タオルを敷いて、その上に凍ったパウチを置いたのだろうか。いや、今度は試合が終わった後に、タオルをよこせと言いに来るのではないか。やる事がセコイというか……子供じみていないか。海斗はどうしてしまったのだ、と岳斗は少し心配になった。岳斗はちらっと萌の方を見た。試合が再び始まり、萌は飛び跳ねる勢いでキャピキャピと海斗を見ていた。海斗は萌の事を意識しているようにも見えなかったが、まさか萌に近づく為にここに来たとか。分からない。岳斗には、海斗の考えている事が、最近全然分からないのだった。

 試合は3-1で剣星チームが勝利した。三得点の内二得点は海斗が挙げたものだった。勝ってチームが喜びに沸き、チームメイトから海斗はバンバン背中を叩かれていた。よくやったな、というジェスチャーだろうか。しばらくして、岳斗たちも帰ろうかと歩き始めると、海斗がまた岳斗のところへ小走りにやってきた。周りからキャー!と歓声が上がる。

「岳斗、ちょっと待ってて。一緒に帰ろうぜ。」

と言う。

「え、でも萌ちゃんが……」

と言いかけると、

「萌ちゃん、先に帰ってくれる?」

と、海斗が萌に話しかけた。萌は思わず、

「はい!」

と言った。海斗が手を振るので、萌はその場を離れざるを得ない。岳斗は萌をある程度送って行くつもりだったので、追いかけようとしたら、背負っているデイバッグを海斗ががっしり掴んでいて、一歩も進まなかった。萌が手を振る。岳斗も手を振って、その場で別れた。親衛隊たちはまだその場でキャピキャピしていたが、海斗が一瞥をくれて、岳斗を引っ張って行ったので、歓声がフェイドアウトし、彼女たちもすごすごと帰って行った。

「海斗、どうしたんだよ。」

勝って浮かれているのかと思いきや、何となく不機嫌ではないか。海斗は岳斗を自分の荷物が置いてあるところに連れて行き、やっと手を離した。そして着替えを始める。ユニフォームを脱ぎ、やっぱり岳斗の方に手を出す。岳斗はデイバッグからタオルを出し、海斗に手渡した。海斗はそのタオルで汗を拭き、持ってきた別のTシャツを着た。そして、適当にカバンの中にあれこれ詰め込み、

「さ、帰ろう。」

と言って、先に立って歩き出した。そう言えば、さっきの岳斗の質問に答えていない。どうしたんだよ、と海斗に問いかけたのに。

「海斗、なんかあった?」

海斗の背中に向かって岳斗が声を掛けると、海斗は歩きながら振り返った。

「いや、何もないけど?」

いつの間にか、いつもの海斗に戻っていた。怒っているように見えたのは気のせいだったのだろうか、と岳斗は考えた。それとも、もしかして萌を連れてきた事が原因だったのだろうか。いや、意味が分からない。それでどうして怒るのかが分からない。海斗は岳斗の恋路を邪魔したが、それは岳斗に先に彼女ができるのが面白くなかったのだろうし、明らかに萌は海斗のファンになってしまって、もうこれ以上海斗が邪魔をする必要がないはずだ。それでも、女の子と連れ立って来る事自体が海斗にはできない事で、羨ましいと思うのだろうか。凡人には分からない何かがあるのかもしれない。可哀そうに、と岳斗は思った。シュートを二本も決めておきながら、気持ちが晴れないなんて。

「海斗、今日のシュート、かっこ良かったぞ。いや、シュートだけじゃなくて、トラップとかフェイントもすげーかっこ良かったよ、うん。」

岳斗が海斗の肩に手を掛けてそう言ってやると、海斗は嬉しそうに笑った。少しは兄孝行をしてもバチは当たらないよな、と岳斗は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る