第6話 部活の勧誘に遭いまくる

 「岳斗、ごめーん。今日も海斗のお弁当お願い。」

また、洋子から拝まれた岳斗。二年生の教室には行きたくないからと、先日訴えておいたというのに。

「大丈夫、取りに行くように海斗に言っておいたから。」

と、洋子はニッコリ。海斗が取りに来る……嫌な予感しかしない岳斗である。


 一時間目が終わると、廊下で悲鳴が聞こえた。キャーキャーと女子のはしゃぎ声が。

「岳斗、ここにいた!」

教室を覗き込み、岳斗を見つけた海斗は、ニッコリ笑った。教室中からキャー!と悲鳴が上がる。岳斗は海斗の弁当をカバンから出し、海斗の元へと持って行った。ここで比べられて内心笑われているのかと思うと、ため息が出る。

「どうした、何か悩みでもあるのか?」

弁当を受け取った海斗は、ため息をついた岳斗の顔を下から覗き込んだ。

「お前はカッコいいよ。それに比べて俺は……。」

つい、本音を呟いてしまった岳斗。教室はキャーキャーザワザワしていて、岳斗の声は海斗にしか聞こえないはずだが。

「お前は可愛いよ、岳斗。」

海斗は岳斗の頭をポンポンとして、

「じゃあな、また家で。」

と言って、振り向きざま、岳斗に投げキッスをして去って行った。また一段とキャー!が大きく響き渡る。

「何を、言って……。」

岳斗は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じ、逃げるように自分の席に戻った。前の席の金子が、

「お前、あんな兄貴を持って、気の毒になあ。」

と言った。岳斗は自分の顔が赤いのを自覚し、しばらく顔を上げられなかった。


 そして、岳斗の生活に異変が起き始めた。毎日、昼休みに部活の勧誘に遭う。遭いまくる。

「ねえねえ、城崎君!わがバドミントン部に入らないか?聞くところによると、中学でやっていたんだろう?是非、どうかな。」

バド部の先輩が声を掛けてくる。これは岳斗にも理解できるのだが、他にも様々な部からお誘いがかかる。なぜ自分にばかりこんなにたくさんの勧誘があるのか、岳斗には疑問だった。

「とにかく、一回体験に来ない?」

などと、女子の先輩からお誘いを受けたダンス部。岳斗は全く興味がなかったのだが、一緒にいた男どもが、誘ってくれたダンス部の女子たちに目がくらみ、一度体験に行ってみようという事になった。

 昇降口の外、屋根のあるコンクリートのスペースが練習場所で、男子四人、見様見真似で一緒になって踊る。すると、

「キャー!」

と、ダンス部の先輩たちが叫ぶ。何事かと思って岳斗が振り向くと、校庭でサッカーをしていたはずの海斗がこちらに向かって歩いてくる。

「岳斗、お前何やってんだ?ダンス部に入るのか?」

と笑いながら岳斗の肩を抱く。

「ちょっと体験しに来ただけだよ。」

と、岳斗が言うと、

「いいじゃん、続けろよ。」

と言って海斗は近くに腰かけ、手にしていたペットボトルのスポーツドリンクを飲む。岳斗たちがまたダンスを始めると、海斗はじっと見ていた。ダンス部の先輩たちはソワソワ。岳斗は……

(穴があったら入りたい。)

 また、ある時は調理部の人に勧誘された。岳斗は興味がなかったが、やはり友達がその女子たちに目がくらみ、体験しに行く事に。校庭に面した一階にある調理室。窓からはサッカー部の活動が見えた。少し見ていると、

(ああ、やっぱり海斗はサッカーが上手い。走っているだけでも絵になるなあ。)

と、思わず感動してしまう岳斗である。

 体験という事で、パンを焼いた。美味しそうな匂いがしている。出来上がって、試食をしようと言う時、窓がガラッと開いた。

「岳斗!お前いいもん食おうとしてるだろ。俺にもちょっとくれ!」

と、海斗が。やっぱり、

「キャー!!」

となる。海斗はパンを一口食べたら去って行ったが、そこで岳斗は気になる話を耳にした。

「やっぱり本当だったね、弟のいる所に必ず来るって。」

「ホントだねー!」

キャピキャピ、と。

(何?海斗が俺の所に来るって?だから俺があちこちから勧誘されるのか?だが、流石に海斗から見えない所にいたら、来ないだろうよ。)

と、考えた岳斗は、次は三階の化学室へ、化学部の体験に来てみた。今回は女子からの勧誘ではなかったので、友達には付き合ってもらえず、岳斗一人で体験に来た。特に化学に興味があったわけでもなかったが、多少実験が面白そうだったというのもある。

「君、城崎海斗の弟だよね?」

化学部の先輩もその事実を知っていた。

「あ、はい。すみません。」

「なぜ謝る?」

「あ、いえ別に。」

まだ迷惑をかけていなかった。謝らなくていいのだ。岳斗が先輩と一緒に割と楽しく実験をし、その後雑談をしながらお菓子を食べていると、ドアがガラッと開いた。岳斗が何となくそちらを見ると、なんと海斗がそこに。

「海斗、なんでここに?」

岳斗が驚いて聞くと、海斗は少し面白くなさそうに岳斗の方を見る。

「お前、化学に興味あったっけ?」

と言って、近づいてきた。ここは男ばかり。さすがに悲鳴は上がらない。海斗は、岳斗と化学部の先輩の間に割って入り、岳斗が手にしていたスティック状のお菓子をパクっと食べ、チラッとその先輩の方を見やった。そして、そのまま何も言わずに化学室を出て行った。

(はあ?海斗は何をしにここへ来た?)

岳斗がしばし呆然としていると、先輩が、

「弟が心配で見に来たんだね。」

と言って和やかに笑った。

(心配って、俺をいくつだと思ってるんだよ、海斗!)


 そして、もう一つ試して見たくなった岳斗は、今度は山岳部の体験に来てみた。今回は勧誘されたわけではない。何となく、山岳部が気になったのだ。「岳」の字が自分の名前に入っているからかもしれないが、山に登ってみたいような気がしたのだ。とはいえ、体験で山に登るわけはなく、重たいリュックを背負って、校舎の中を歩き回るのだった。けれども、部室には山に登った時の写真がたくさん飾ってあり、長期休みには山に登るのだと教えられた。そして、この日は海斗が岳斗に会いに来る事はなかった。

 その夜、また玄関から、

「岳斗~、助けて~。」

という海斗の声が聞こえた。岳斗は仕方なく降りて行く。

「お帰り。」

「引っ張ってー。」

また言っている。

「今日は俺も疲れてるんだけどなあ。」

岳斗は今日、散々階段を上り下りしたので、膝の上が既に筋肉痛だった。それでも、バタンキューしている海斗を担いでやろうかと思ったら、海斗は急にガバッと上半身を起こした。

「え?岳斗、今日何かやったの?」

と聞く。岳斗はニヤリとした。

「うん。山岳部に行ってきたんだ。」

というと、海斗は一瞬真顔で黙った。

「へえ。山岳部か。どうだった?」

少しして、海斗がそう言うので、岳斗はとにかく荷物を持ってやり、海斗が立ち上がるのを助けながら答えた。

「重いリュックしょって、ひたすら階段の上り下りだったよ。疲れたけど……入るかも。」

「へえ。」

海斗は立ち上がり、岳斗の肩に腕を回したまま、階段を上り始めた。

「っていうかさ、調理部とか化学部とか、なんで俺が行くってわかったんだよ?」

肩を貸しながら一緒に歩いている岳斗は、急に思い出して聞いてみた。

「ああ、だってさ、教えてくれたから。」

「誰が?」

「だから、調理部の子とか、化学部のやつとか。今日、岳斗がうちの部に体験に来るよって。」

なるほど。それで、今日は勧誘されていないのに行ったから、その情報がなかったというわけか。

「それで、なんで毎回見に来たんだよ。おびき寄せられてるってわかるだろ?」

岳斗が少し非難めいた言い方をすると、海斗はちょっとふくれ面をした。

「だって、心配だったんだもん。」

「子供扱いすんな。っていうか、お前が子供か!」

海斗の部屋に着いたので、岳斗は荷物をドサッと床に落とし、自分の部屋に入った。だが、何となく海斗が何も言い返さなかったのが気になって仕方がない。少しきつく言い過ぎただろうか、と気にした岳斗はそっとドアを開け、海斗の様子を探ろうとした。すると、海斗の部屋は開けっ放し。中を覗くと、案の定ベッドに突っ伏して眠っていた。

「また制服着たままかよ。」

岳斗は海斗の制服を脱がせ、ハンガーに掛けた。そして、やっぱりカバンの中の洗濯物を出した。

(やれやれ。もし俺がへばって帰ってきたら、こいつは……。はっ、もし制服ヨレヨレ、カバンの中臭い、なんて事になったら、海斗の人気は落ちるのか?!俺が海斗の人気の一翼を担っていたのではないか!?)

岳斗は大きな衝撃を受けた。放っておいた方がいいのではないか。そんな気持ちが頭をもたげる。だが。

「ダ、ダメだ。放っておく事はできない。俺の自慢の兄貴が制服ヨレヨレなんて。洗濯してないユニフォームを明日も持って行ってしまうとか、あり得ない。ダメだ……。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る