第7話 オネエと月鈴子


チョウさんに簡単に仕事のやり方を教わり、メイド服にも慣れた昼頃、蝶をモチーフにした可愛らしいドアベルが初めてのお客さんの到来を知らせた。


「あらっ、お客さんみたいね。接客してみてっ!ライトちゃん、笑顔笑顔っ!」チョウさんは口角を上げるジェスチャーをする。


お客さんは男性で、金髪のお兄さんだ。赤い服や、ワックスでツンツンの髪型は少し怖い雰囲気を持たせるが、顔はにこやかで子供好きそうな優しい印象がある。


「お、チョウさん彼氏できたの?かわいいね〜。」


「よくわかったわね〜、この子はライトちゃん。私の旦那さんよ〜っ。」


「旦那でも彼氏でもないですっ!今日からここで働いているんですよ!!」


「ほぇ〜。しっかりしてるし、可愛いね。メイド服も似合ってるよ。」

そんな彼の若干ズレてる褒め言葉で、自分がメイド服だということに気づき、若干顔に熱を帯びながら注文を取る。


「ご…ご注文は何になさいますか、」

緊張で声が上擦った。超恥ずい。かえりたい。


「じゃあ、オムライスで。オプションでメイドくんに萌え萌えキュンしてもらえたりする?」

とツンツンが何か言っているがそれはスルーし、いつの間にか厨房に移動しているチョウさんに注文を叫んだ。というか、バーなのに厨房あるのか。


そんなこんなであれから3人ほど接客をして、気づけばバーの時計の針は8時を指していた。

「んじゃライトくん、もう遅いし帰っていいわよ、お疲れ様。」


チョウさんは厨房から出てきて、僕に今日の分の給料を手渡しながらそう言った。


「お給料…。あの、中を見てもいいですか?」


「ふふっお年玉もらったときみたいな反応ね」


「すみません、お年玉もらったことなくてわかんないです…。」


「アぅッ…あの、ごめんなさいね。」チョウさんは目を見開いておかめみたいな顔で謝罪する。


「別に謝んなくていいですよ!こちらこそ重くなるようなこと言ってごめんなさい!!」


絶対に来年ライトくんにお年玉をあげようと決意するチョウさんなのであった。


僕は仕事が終わり、チョウさんの作ってくれた鶏の唐揚げを携えてシンヤさんの家に帰ってきていた。


「お〜お帰り。お疲れ様〜!」


 お風呂をあがったばかりなのか周りにシンヤさんのいい香りが広がっている。


 「ただいまです。チョウさんからまかないもらってきましたよ。」そう言うとシンヤさんの顔がわずかに曇り、一瞬でごまかすような苦笑いに変わった。

「どうしたんですか?唐揚げが苦手ってわけではなさそうですね。」


 シンヤさんはうつむきながら小さな声でぼそぼそと言う。

「チョウさんって顔にスミが入ってるだろ?ここに来たばっかのとき、他の人にアイツを紹介してもらったんだけど、嫌なことを思い出しちゃって、逃げちゃってから気まずくて会ってない。」


 つまり、シンヤさんの今は亡き父親と協力して彼女を苦しめた男が顔に入れ墨を入れていたことで、顔に入れ墨がある人がトラウマになっていたということだろう。そんな事でチョウさんと関わりにくくなるなんてかわいそうだ。しかし、


「なら今は大丈夫ってことですか?」


 「あのトラウマはライトのお陰で克服できたから。たぶん大丈夫。」そう言って彼女は心からの笑顔で笑う。ここまで彼女の救いになれていたなんて思っていなかったが、彼女は本気で僕に感謝してくれている。シンヤさんだけじゃない、あのショタコンメガネ…キョウカさんもだ。その事実が、僕にもっと人を救いたいという思いを募らせた。


 「なら、早く食べましょうっ。お腹すくとテンション下がりますよ!」


 調子の戻ったシンヤさんと共に唐揚げのパックに箸を伸ばした。

 

 きつね色の衣は冷めてサクサクさは無くなっていたが、それでも噛むと肉汁の旨味が溢れ出してくる。小麦粉で唐揚げを揚げると冷めても油っぽくならないとチョウさんが教えてくれた事を思い出した。


 普段外に出ないためカップラーメンばかり食べているシンヤさんは、唐揚げに夢中になっている。あっという間にパックにぎゅうぎゅうに詰まっていた唐揚げは空っぽになってしまった。




 お勤め2日目、僕はチョウさんに唐揚げのお礼を言いサッとメイド服に着替えた。


 昨日とは違い、お客さんの対応もかなりできるようになってきたように感じる。昨日も来ていたツンツンを適当めに相手していると、他の人とは明らかに雰囲気の違う人が現れた。


 ドアが開いた瞬間、バーを青い影が覆うように感じた。入ってきたのはジト目でゴスロリドレスの若い女性だ。無気力そうな顔と一国の女王のような黒と青のドレスが芸術品のような調和の取れた美しさを醸し出していた。


 「チョウ、おはよう…、。」

どうやら彼女もこの店の常連のようだ。深夜に鳴り響く鈴虫のような透明感のある声だ。


「〜〜〜〜。」


「〜〜〜!」


「お〜い、何見とれてんのよ!ヤキモチ焼いちゃうわ〜。」というチョウさんのおどけた声がなければ彼女を見つめたまま一生動けなかったかもしれない。そんな事を思うくらい彼女には特別な魅力があった。


「その子は常連の月宮鈴子(ツキミヤ レイコ)ちゃん。ちょっと暗い子かもだけど、悪い子じゃないのよ?」チョウさんは僕が嫌がって彼女を見つめているんだと思ったようで、僕をあやすように声をかけてきた。ふふふ、それは見当違いだチョウさんよ。

「月宮さん、ご注文は何になさいますか?」


「あったかいココア、お願い」

注文がかわいいっ。


「承知しました。ゴホン…チョウさん、あったかいココア、お願い」僕は精一杯の萌え声でチョウさんに伝えた。


「あらまぁ可愛い!ライトくんが仲良くできそうで良かったわ。鈴子ちゃん、この可愛い男の子は最近来たライトくんよ。私の旦那さん♡ガハハ」


「全てのお客さんにそれ言うつもりですか!?本当にやめてくださいっ!!」僕は心から叫んだ。


「ふふ。ライト、面白い。」

どうやら女王さまはお気に召したようだ。



ぜったい月宮さんと仲良くなるぞ、そう決意したライトであった。


























































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