【閑話】美しき森の妖精たち



 ムーンミントは薬草と言われているが、実際は草の形をした生物だ。


 地に根を張り、風にゆらゆら揺れながら、飛んできた虫をぱくっと食べる。


 手のように見える部分が食用にも薬用にもなる部分で、この部位が一般的に薬草ムーンミントと呼ばれている。


 ムーンミントが虫寄せに発する甘い匂いを好む動物がいる。それがユウミンだ。


 ユウミンはネズミ科の生物で、草や虫を好んで食べる。全身つるつるで、肉も骨も柔らかく、内臓さえ取り除いてしまえば、丸焼きでガブリといける食材だ。


 二頭身でネズミというより見た目はカバに近く、でっぷりとしたお腹に短い手足、二足歩行で動きは鈍重、小さなリリットでも難なく捕まえることができる。


 ユウミンの肉はムーンミントと相性が良く、リリットたちが作る料理ムーンミントロールは絶品であるともっぱらの噂だ。


 ユウミンは繁殖力も高く、少々獲りすぎたくらいでは絶対数が減ることはない。


 ムーンミントのそばにはいつもユウミンの姿があり、この二つはセットで語られることが多い。







 瑪瑙めのうが住むヴィリ妖精国の森林公園にも、ムーンミントが生え、ユウミンが棲息している。


 瑪瑙の子供たちは毎日のように森林公園を走り回って、食料を調達していた。


「きてきて、こっちこっち!」


 リリットの子供たちは椅子に座って本を読んでいるユウミンを見つけた。


 よちよちと逃げ出すユウミンをベコッと捕また。


 ヘニャヘニャと何か喋っているようだが、ユウミン語はわからない。


 オスとメスが何匹かいて、メガネをかけたのやエプロンを付けたのやとんがり帽子をかぶったのもいた。


 全部かごの中に放り込んだ。


「いっぱいつかまえたね」


「おかあさんたちおおよろこびだね」


 リリットの子供たちはほくほく顔で家路についた。




 ムーンミントとユウミンがかつては「美しき森の妖精たち」と呼ばれていたことを、外の世界からやってきたユリコーンやリリットは知るはずもなく、ムーンミントロールはまたたく間にリリアン・ワールドの人気フードの一つへと昇りつめていった


 美しき森の妖精を食べるなんてと年配の者は忌避していたが、若い者にとっては美味しい食べ物が一種類増えたにすぎなかった。


 特にユウミンの丸焼きは、パリパリの皮とジューシーな肉汁が大人気となり、美食家たちをも虜にし、熱心なリピーターを生み出した。



 ムーンミントのすごいところは、切った翌日にはもう葉っぱが生え変わっているところだ。根っこから引き抜かない限り何度でも生え変わるので大変重宝されている。


 ユウミンも、狩られても狩られても、呑気に椅子に座っていたり、ハンモックにゆられていたりと、相変わらず何を考えているのかわからない生物だった。


 その生態は謎に包まれており、繁殖方法も謎のままだった。一応オスとメスがいるので、交尾によって増えるのだろうと推測されているが、その様子を確認した者はまだ誰もいなかった。





「おかあさーん、ただいまーーっ!」


「おかえりー」


「おかえり、おチビちゃんたち」


 瑪瑙めのうと三人のおばあさんが子供たちを出迎えた。


 瑪瑙の家の隣に、子供たち用の家と食堂が建てられており、子供たちはそちらで生活をしていた。


 食堂のキッチンでは騎士団のボランティアが食事を作っていた。


「あ、バティルド、いらっしゃい」


 ボランティアの中にバティルドを見つけて瑪瑙は声をかけた。


「おじゃましてますわよ」


翠玉すいぎょくは?」


「あそこにいますわ」


 翠玉すいぎょくは食堂で子供たちとおしゃべりをしていた。


 101個目の種から生まれた翠玉は、エメラルドグリーンの髪と瑪瑙の瞳を持つリリットだった。


 歩けるようになるとすぐにバティルドにべったりとくっついて離れなくなり、最終的にバティルドに引き取られた。


 髪の色がバティルドと同じエメラルドグリーンなので、遠め目に見るとふたりは母娘のように見えた。




白瑪瑙しろめのうはまだ森にいるの?」


 須臾しゅゆおばあちゃんが心配そうに尋ねた。 


「うん、お腹が空いたら帰ってくるよ」


 一番最初に植えたのに一番最後に生まれてきた白瑪瑙はちょっと変わったリリットで、いつも独りで森の中にいた。


「あの子はちょっとかわってるけど、かわってるリリットなんていっぱいいるからね」


 お腹が空くとちゃんと帰ってくるので瑪瑙はとくに心配はしていなかった。 





 ユリコーンたちはこの世界をリリアン・ワールドと呼んでいる。


 一方アル・ブレヒトたちはムーンミントガルドと呼んでいた。


 創世物語によると、巨大な彗星が天空を覆った7日目にムーンミントが誕生したとある。(創世物語「ムーンミント谷の彗星」より)


 ムーンミントは世界中に広がり、そのそばで生活をはじめた生物がユウミンだった。(創世物語「たのしいユウミン一家」より)


 美しき森の妖精と呼ばれたムーンミントとユウミンの物語はここから始まった。


 ユウミンたちは夏祭りを開いたり、海へ行ったり、大きな洪水に見舞われたりと、波乱万丈の物語が創世物語には記されている。


 ムーンミントとユウミンが創世の生物だとしても、それはそれこれはこれ。空腹の前には無関係なのであった。


 リリットはムーンミントロールを食べ、人々はユウミンの丸焼きを食べる。


 創世物語に記された「美しき森の妖精たち」は、時を経て「美味しき森の妖精たち」となって、今も人々に愛され続けているのである。

 

 創世以来、世界を支えてきたムーンミントとユウミンは、世界の礎であり、この世界の真の主役と言ってもいいのかもしれない。


 美味うつくしき森の妖精なくして世界は成り立たないのである。




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※以上、冗談のような設定ですが、わ、笑って読んでいただけると幸いです……。

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