第47話 復活の兆し
一週間も経たないうちに、グローバル・アジアGT第六戦「レーシングリングハイランドKITADAKE」でのレースが迫っていた。国内戦は「ジャパンシリーズ」と呼ばれており、さとみも同行してくれている。千隼にとって、これ以上頼もしい存在はいない。
木曜の搬入日、まだバタバタとした中で早くもペイドプラクティスが行われる。まずは綾が走行を担当した。
「よっしゃ、じゃあ7,000回転いってみよう!」
檜葉の威勢のいい声がガレージに響き、レースエンジニアが無線で指示を出す。
「了解」
落ち着いた声で応答した綾が操るマシンは、少しずつ加速していく。
「これでしばらく走らせてみるしかないけど、本部でも散々テストしたって言うから大丈夫だろう。もう火なんか吹かないよ。賭けてもいいね、星埜さん」
檜葉は腕を組み、パイプ椅子に背を預けた。自信ありげに不敵な笑みを見せるが、その表情にはどこか緊張がにじんでいた。
千隼は思わず声をかける。
「檜葉さん」
「ん?」
「大丈夫ですよ」
檜葉はパイプ椅子を後ろに傾け、苦笑いを浮かべた。
「ああ、ごめんね。俺たちが万全な状態でマシンを送り出して、星埜さんたちに安心して走ってもらわなきゃならないのにさ。逆に慰められちゃうんだなんて、情けねえよなあ俺たちゃぁ」
檜葉はキャップを脱いで、もじゃもじゃの頭をかいた。
「気にしないでください。檜葉さんたちのおかげで、私たちは安心して走れています。私はメカニックの皆さんを信頼していますから」
親子ほど年の離れた千隼にそう言われ、檜葉は大げさに泣きまねをする。
「くぅーっ、そんなこと言われたら、おじさんもう泣いちゃう!」
ノートパソコンに表示されるテレメトリーデータを監視していたエンジニアが、檜葉に報告する。
「温度、正常です。冷却ファンの回転数も問題なしです。外部センサーのデータとも一致しています」
「よし、そのまま7,000前後を維持して、柚原さんにしばらく走らせてみて。他にもチェックできるところがあったら、確認しておいてもらっていいからな」
「はいっ」
千隼とさとみも緊張した面持ちでテレメーターを見つめる中、マシンは順調に周回を重ね、綾は千隼より少し長めに走ってピットに戻ってきた。マシンから降りた綾の表情は明るい。
「すごく調子いいですね! 今日のエンジン、最後に完走したときよりもいい感じです。それに、このコース、すごく面白い!」
綾の笑顔に、チームの皆は胸をなでおろす。檜葉も満足げだ。
「順調だな。このまましばらくは好きに走っちゃっていいぞ」
次に千隼が、レースをシミュレーションするようにコースを確認する。エンジンの反応は確かに以前より良く、千隼が駆るオリオンDSR-GT3Rは滑るようにコースを疾走していく。これならいける。完走はもちろん、十位以内のポイント獲得も見えてくるかもしれない。千隼は時間いっぱいまで周回し、ピットに戻ると、バシルや綾、メカニックとともに真剣な表情で戦略とマシンの調整について話し合った。しかし、どこか綾は千隼を意識しているようで、視線をわざと外しているのがわかる。その上、さとみを完全に視界の外に置こうとしていた。
翌金曜日、オフィシャルプラクティス(公式テスト走行)が行われ、セットアップを煮詰めていく。綾にとってこのサーキットは初めてだったため、彼女がコースに慣れるために特に念入りに走り込んだ。
そして、あわただしいながらも前向きな雰囲気がチーム全体に広がっていく。土曜午前中にはテスト走行とフリー走行、午後には予選1と予選2が行われる。予選1の結果で土曜のレース1のスタート位置(グリッド)が、予選2の結果で日曜のレース2のグリッドが決まる。
気がつけば、さとみもなし崩し的に人手の足りないチームを手伝っていた。タイムの記録や無線通信、ピットボードの掲示などをこなし、チームは活気ある緊張感に包まれ、皆が上を向いていた。
▼用語
※ ペイドプラクティス
搬入日の木曜、公式テスト走行前に料金を支払って行える走行。
※ ピットボード
ドライバーに情報を伝えるためのボード。ピットでドライバーに見えるように掲示される。順位、先行車や追走車とのタイム差、その他の指示などが示される。
【次回】
第48話 土曜早朝、眠れぬ朝
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます