第40話 檜葉とメカニックたち
翌日、千隼は起床時間前からメカニックチーフの
「檜葉さん」
「ん? 星埜さん、顔色悪いねぇ。ほれ、もっとフルーツ食べな。グレープフルーツなんてどう? あとキウイも」
自分の顔色だってすいぶんとひどいのもさておき、小さなフルーツバーから勝手にフルーツを盛り付けて手渡す檜葉。
「あ、ありがとうございます。好きですけど……いや、今はそんな話じゃなくて、ECUの話で」
「ECU? あー、エンジン?」
空とぼけた顔と声で答える檜葉。メガネの向こうに見える目の下にはクマが浮かび、睡眠不足ですっかりやつれている。
「そうです。オーバーヒートの原因、もしかしたら分かったかもしれません」
眠そうだった檜葉の表情がみるみる変わっていく。驚愕、喜び、そして自分で見つけられなかった悔しさが交錯していた。
「なんだってー!? あんたが見つけたのかっ!」
檜葉の甲高い素っ頓狂な声に周りのスタッフが注目する。
「いえ、見つけたのは綾ちゃんです。まだ推測ですけど、確認し——」
檜葉は千隼の言葉を最後まで聞かずに走り出す。
「よし、行くぞ! まさかドライバーに指摘されるとは…… こりゃ俺たちメカニックの名折れだ!」
檜葉の後をメカニックたちが全速力で追う。千隼と綾はフルーツの小鉢を持ったまま小走りし、さとみもその後に続く。バシルチームマネージャーは、ゆったりとした足取りで彼らを追った。
「どこだ? 早く見せてくれ!」
檜葉は大急ぎでECUをノートパソコンに接続し、千隼をせかす。綾が説明を始める。
「かなり複雑なんですけど…… ここを見てください」
綾と千隼、檜葉、そしてメカニックたちがモニター前にぎゅうぎゅうに顔を寄せる。
「ここです。一見、普通のコマンドなんですが、最後の部分を見てください。一見不要な消し忘れに見えるけど……」
「……はぁぁ……」
檜葉もメカニックたちも息を呑む。
「実はこれがまだ有効でして、7,000回転を超えると、このコードが実行され、温度センサーからのデータを無視するようになっているんです。さらに、この部分が冷却ファンの回転数もそのまま維持するように指示しています」
綾は画面を次々にスクロールさせる。
「じゃあなんでテレメトリー上では正常な数値が出んのよ?」
檜葉が不審そうに問いかける。
「それは…… まだ判りません」
うなだれる綾。
「うーん……」
「いや、しかしこれで今回の不具合の尻尾を掴んだんだ。この事を報告すればきっと本部も動いてくれる」
檜葉はうめき、パイプ椅子に身を沈めた。
「これはきっと複数のプログラムの一部で、他の消し忘れたコードとかが複合的に影響して、こんな悪さをしてしまったんじゃないかと思います」
綾は説明を続けた。
「で、よりによって、こんな無駄なゴミカスコードみたいなのが……くそっ」
檜葉はぐったりとして、忌々しそうに吐き捨てた。彼の顔には、悔しさがにじんでいた。
千隼が静かに言った。
「でもこれできっと、あたしたちはこのマシンを必ず制御できるようになる」
檜葉は頷き、顔を上げた。
「いいこと言うねえ。そうだ、すぐに本部に報告しよう。向こうも次からはもっと慎重にチェックするべきだな……」
「綾ちゃんが指摘してくれなかったら、まだ見つかってなかったかもしれない」
千隼が微笑みながら綾を見つめる。綾は照れてうつむいた。
「大事なのは、このトラブルを乗り越えて、次に進むことだ」
檜葉が再び立ち上がった。
「よしっ、さっそく作業に取りかかるぞ! いいですよね、バシルさん」
バシル・チームマネージャーはほほ笑むとゆっくり立ち上がる。
「じゃ、私は本部に連絡して、技術代表に掛け合う算段を取ってくる。アップデートか交換の承認を依頼してみよう。後は頼んだよ」
颯爽とガレージを出るバシルだった。ピットとガレージに活気がよみがえってくる。
【次回】
第41話 綾の眼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます