束縛①
五月。
「指輪買ってやる」
コータ先輩が突然そう言ったのはゴールデンウィーク真っ只中。
「え? 何で?」
ポテチを食べながら見ていたテレビから視線を移すと、「来週、俺の誕生日だから」とコータ先輩は得意げに笑う。
初めて知らされた事実に、「そうなの?」と聞き返すと、やっぱり得意げな顔で「あぁ」と言われた。
「でも何で私に指輪?」
「ペアリングか……お前がそこまで言うならつけてやらんこともない」
「私、何も言ってない」
「用意しろよ。買いに行くぞ」
洟で笑ったコータ先輩は何故かすぐに私を着替えさせ、ゴールデンウィークですごく人の多い繁華街に連れ出した。
そんなに人が多い予定じゃなかったのか、人混みを歩くコータ先輩は「何だよ、この人の多さは」とブツブツ文句を言いながら、それでも誰にぶつかるでもなく、うまい具合に人波を縫い、私のスーツを買ったブランドショップに行く。
そして店内に入るとすぐに駆けつけてきた店員さんに、「ペアリング持って来て」と告げ、「かしこまりました」と恭しく頭を下げた店員さんが店の奥へと入って行くと、財布が並ぶケースに目を向けた。
「ここよく来るの?」
隣で一緒に財布を眺めながらそう問い掛けると、コータ先輩は私に目を向けフッと笑う。
「だな。俺の服ほとんどここの」
「へぇ。エロ専門店か」
「てめぇ、ここで犯すぞ」
そうやって二人でじゃれ合っていると、「あの……」と戻ってきた店員さんに気まずそうに声を掛けられ、振り返った私たちは、「こちらになります」とケースに所狭しと並ぶ指輪を見せられた。
「どれがいい?」
ケースを覗きながらそう聞かれても、
「いっぱいあって分かんない」
今までこんな経験のない私にはそう答えるしか出来ず、
「気に入ったのねぇのか?」
「コータ先輩の誕生日なんだからコータ先輩が決めればいいじゃん」
「お前が選ぶから俺の誕生日プレゼントになるんだろ」
「意味分かんない」
「いいから選べ」
ほぼ強制的な言葉に「うーん」と唸ると、店員さんが一生懸命ゴールドとシルバーについての説明をしてくれた。
だけどさっぱり理解出来ず、目を白黒させて店員さんの話を聞いている私を見てコータ先輩はずっと笑っていて、
「何色がいいんだ?」
すっかり説明を聞き疲れ果てた頃、ようやく声を掛けてきた。
「んー、金色だとコータ先輩に似合わないと思う」
「形は? 太いのと細いのどっちがいい?」
「太い方かなぁ? 細いとコータ先輩に合わない気がする」
「石入ってるのがいいか?」
「石はダメ。喧嘩した時、殴られた人が怪我するもん」
その言葉にコータ先輩はフッと笑い、「この中から選べ」といくつかの指輪を指差す。
その中に十字架の柄が彫られた指輪があって、
「これ可愛い」
それを指差すと、コータ先輩は「分かった」と言って、店員さんに「文字入れてほしいんだけど来週までに仕上がる?」と聞いた。
来週には仕上がると言われたコータ先輩は、店員さんに何かをメモしてそれをお金と一緒に渡すと、私をお店から連れ出し、
「今からどうするの?」
お店の前で問い掛けた私に、「んー、家帰ってヤるか」とあっさり答える。
それにげんなりするのは当然私だけで、
「毎日して飽きないの?」
「何だと? お前飽きてきたのか?」
コータ先輩はわざとらしく驚いた表情を作った。
このところ毎日のようにコータ先輩に抱かれる。
時には一日に二回も抱かれる。
コータ先輩に抱かれるのは嫌なことじゃないけど、毎日続く所為で正直ちょっと疲れていた。
だけど私のそんな気持ちにコータ先輩が気付く訳もなく、気付いていたとしてもどうする訳でもなく、
「飽きたとかそういうんじゃないけど……」
「そうか……そろそろ新しいプレイするか」
「うわ……今の発言引いた」
「よし、ゴム買いに行こう」
コータ先輩はそう笑って、私の手を引き人混みの中に入っていった。
その週末、私が頭を悩ませたのは来週のコータ先輩の誕生日のことで、バイトも何もしてない所為で所持金が千円くらいしかない私は、プレゼントに何をあげればいいのか、いくら考えても思い付かなかった。
誕生日が金曜だったから、何を買うにしてもそれまでに何とかお金を作りたいと思って、コータ先輩の知り合いの女の人にこっそり相談してみると「アタシが働いてるとこで二日だけバイト来る? バイト料その日払いにしてもらうよ」と言ってくれた。
もう時間もないし、それしか方法がないと思った私は、その話を聞いた次の日の夜、
「あのさ? 明日と明後日バイト行っていい?」
マンションで一緒にゴロゴロしていたコータ先輩にそう言ってみた。
正直、大したことじゃないと思ってた。理由を聞かれても「お金がいるから」って言えば済む話だと思ってた。
……なのに。
「何で?」
煙草を吸っていたコータ先輩は、予想以上に驚いた顔で私を凝視した。
「んー……っと、……ちょっとお金がいるかも」
「いくらいるんだ?」
そう言ってすぐにテーブルに置いてある財布に手を伸ばすコータ先輩に、
「あっ! いい! 自分で何とかする!」
慌ててそう言ったのに、コータ先輩は聞く耳も持たずに財布のお金を掴む。
「いくらいるんだよ」
「……本当に自分で何とかするから……」
「これで足りるか?」
コータ先輩は私の言葉を完全に無視して一万円札を数枚差し出してくると、
「……いらない」
お札を見ないで言った私のその言葉に、「いらない?」と不機嫌な声を出した。
「……バイトする……」
「却下」
「……バイト……」
「しつけぇぞ」
半分怒ったような声を出して床に寝転んだコータ先輩は、手近にあった雑誌を取って読み始め、
「でも……っ」
私が更に食い下がろうとすると、バンッ! と、雑誌を床に叩き付けた。
「何の金だよ」
「それは……」
「何の金だ」
「……だから……」
「言え」
「……」
「言え!」
「…………ト」
「何?」
「……誕生日プレゼント……買いたい……」
「……俺の?」
きょとんとしたようなその声に小さく頷くと、
「プレゼントなんかいらねぇ」
コータ先輩はそう言って私を抱き寄せる。
「でも……」
「お前がいればいい」
「誕生日プレゼント欲しくないの?」
「いらねぇからバイトなんか行くな。ずっと俺の傍にいろ」
「……分かった」
「金がいるなら言え。いくらでもやるから」
そう言って私の顔を覗き込み「分かったか?」と優しく聞いたコータ先輩に、私は小さく頷いて、その胸に顔をうずめた。
誕生日当日は、「出掛けるから用意しろ」と朝からコータ先輩に叩き起こされた。
眠い目を擦り、「……どこ行くの?」と聞いてみると、「買出し。後、指輪取りに行く」と答えが返ってくる。
だから「お昼から行けばいいじゃん」と二度寝するために頭から布団を被ったのに、
「昼から予定あるから今から行くんだよ」
コータ先輩は布団を剥ぎ取って私をベッドから引っ張り出し、繁華街のブランドショップに向かった。
お店で指輪を受け取ったコータ先輩は、誕生日がそんなに嬉しいのかと感心してしまうほどご機嫌で、
「大量の食い物と飲み物買い込め」
その足で向かったスーパーで、手当たり次第に物を籠に入れる姿も、物すごくご機嫌だった。
「誕生日パーティーするの?」
「そうだよ」
「いっぱい人来るの?」
次々と籠に放り込まれていく大量の食べ物を見つめながら問い掛けると、
「いや、俺とお前だけ」
コータ先輩はクスクスと笑いながら答える。
「二人なのにこんなに買うの?」
「体力をつけなきゃいけねぇからな」
そう言って向けられる目は、完全に悪だくみをしている感じで、
「……今、とんでもなく嫌な予感が頭をよぎった」
「嫌な予感だぁ? 俺のナイスプランになんてこと言いやがる」
私の言葉に笑いながら飲料コーナーへ向かうコータ先輩の背中に、「本当は聞きたくはないけど一応聞くね。どんなプラン?」と問い掛けると、
「今日は一日中ヤりまくる。明日までベッドから出さねぇから覚悟しろ」
コータ先輩は振り返り、にやりと笑った。
持ち切れないほどの食べ物と飲み物を買ってマンションに戻ると、コータ先輩はすぐに買ってきた物を冷蔵庫に入れ始め、
「ねぇ」
その背中に声を掛けると、「何だ?」と声だけが返ってくる。
「本当に一日中するの?」
さっき聞かされた宣言の不安から真意を確かめようとした私に、
「おぅ。さっさと服脱げ」
コータ先輩は冷蔵庫を閉めながら声を出して笑う。
だけど「えー!?」と反論すると、床に座る私の正面に腰を下ろし、
「ヤらなくていいから、今日はどこにも出掛けねぇでずっと二人でいようぜ」
そう言って微笑んだ。
「うん。いいよ」
私の返事に目を細めて笑ったコータ先輩は、ポケットから指輪の入ったケースを取り出し、中の指輪を手に取ると「左手出せ」と手を差し出す。
そして言われるままに左手を出した私に、「小せぇ手だな」と小さく笑って、スッと薬指に指輪をはめた。
「絶対ぇ外すんじゃねぇぞ?」
「うん」
返事をしてから大きい方の指輪を、してもらったのと同じようにコータ先輩の左手の薬指にはめ、もう一度自分の薬指にはめられている慣れない指輪に目を向けた時、ふとコータ先輩が指輪に文字を入れると言っていたのを思い出し、すぐに指輪を抜き取り、裏側を覗いた。
「てめぇ、何、早々外してやがる」
笑いながら発せられるコータ先輩の言葉を無視して探した指輪の文字は、小さく『My thing By Kouta』と書かれていて、
「どういう意味?」
そう問い掛けたと同時に、コータ先輩は「ん?」と言いながら私の手から指輪を取り上げ、もう一度私の左手薬指にはめた。
「指輪に書いてあるの、どういう意味?」
「秘密」
「えー!?」
「お前がバカだから悪いんだろ」
クスクスと楽しそうにコータ先輩が笑うから、
「ムカつく。コータ先輩の方も書いてある?」
透かさずコータ先輩の指から指輪を引っこ抜き、その裏側を覗いてみた。
「てめぇ、俺のまで外してんじゃねぇよ」
笑いながらそう言ったコータ先輩の指輪の裏には『I can die for jyuri』と書かれていて、
「書いてあることが違う」
「そうだよ」
指輪を覗きながら言った私に、コータ先輩は「つけろ」と左手を差し出し揺らす。
目の前で揺らされる手に、もう一度指輪をはめていた私は、
「これはどういう意味?」
「『俺は樹里のために死ねる』」
その言葉に驚き、「え?」と顔を上げた。
「そういう意味だよ。俺はお前のためなら死ねる」
ジッと私を見つめて口を開くコータ先輩の表情はすごく真剣で、
「でもコータ先輩が死んだら私困るよ?」
私のその言葉に、コータ先輩は私を引き寄せてギュッと抱き締める。
痛いくらいに抱き締める腕の力と、
「それくらい大事だってことだ」
耳を掠める囁きに、私は「うん」と返事をしてその背中に両腕を回した。
「指輪、絶対ぇ外すなよ」
命令か――懇願か。
どちらとも分からない声で囁いたコータ先輩は、甘い吐息を吐き出す唇を重ね、ゆっくりと私をその場に押し倒した。
「……今、何時?」
ベッドの中で、コータ先輩の胸にぐったりと顔をうずめ問い掛けると、「六時くらいじゃねぇ?」とコータ先輩は私の背中を撫でながら答える。
「もうそんな時間かぁ」
「俺、頑張りすぎたからな」
ニヤニヤと笑うコータ先輩に「本当にコータ先輩ってエッチ好きだよね……」と呆れて言うと、コータ先輩は体を起こしてベッドに座り、「お前以外抱く気しねぇけどな」と煙草に手を伸ばした。
「私の体壊れちゃうよ」
「抱いてると『俺のもんだ』って気になるだろ?」
「抱いてなくてもコータ先輩のもんじゃん」
「まぁ、そうだけど。なんつーか、征服感?」
「征服感?」
言ってる意味が分からなくてきょとんと聞き返した私に、
「腹減ったな。何か食うかな」
コータ先輩は答える気がないらしく、ベッドから下りようとする。
そんなコータ先輩の腕を掴み、
「待って! 私が取ってきてあげる!」
そう言って素っ裸のままベッドを飛び出しリビングに向かうと、後ろから「色気もクソもねぇな」と笑うコータ先輩の声が聞こえた。
床に転がってる数種類のお菓子を取り、冷蔵庫からジュースを二本取り出した私は、鞄から『ある物』を取ってベッドに戻った。
お菓子ばかり持ってきた私に、コータ先輩は「腹の足しになるもん持って来いよ」と笑ったけど、私は気にもせずベッドの上にお菓子とジュースを放り投げ、コータ先輩の正面に正座した。
「ん? 何だ?」
「誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼント」
不思議そうな顔をするコータ先輩に持ってきた小さな紙を数枚渡すと、コータ先輩は何も言わず私の手からそれを取り上げ、
「あのね。本当にお金なくて何も買えなくてそんなの作るしかなくて……」
そう言い訳する私を尻目に、突然ゲラゲラと笑い始めた。
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