第29話 連なる下心
教祖の元にはアメデオもいる。確実に何か仕掛けてくる。
クリスは胸元に手を置いて、回りにばれないよう深呼吸を繰り返した。信じてくれた人も、助けてくれる人も、芋づる式にばれてしまえば死罪となる。
「こちらが食堂となります」
黒服の男性が扉を開けた。長いテーブルに見たこともないような豪勢な食事が並び、一つ一つに名前入りのプレートがある。
クリスはアーサーの隣で、教祖の近くだ。
全員席につくと、奥の扉が開いた。
リチャードたちは一斉に立ち上がる。クリスはのろのろと重い腰を上げた。
彼が父だ。長く伸びたブロンドヘアーと整えられた髭は同じ色で、それなりの年齢だというのに肌には艶と張りがある。
目が合った。先見の明を持っているかのような眼差しだ。お前は神の御子だ、と瞳に力強さが備わっている。
「よい、座れ」
響き渡る声量に、身体の芯が震えた。教祖たる理由が判った気がした。たとえ正しくないことであっても、彼が命を下せばそれがすべてになる。まったく心地良くない、権力者の声だ。
教祖の挨拶が終わり、ようやく食事会が始まった。食事が喉を通らない。唯一飲みやすそうなスープに口をつけて、パンを頬張った。
「アメデオを同席させようと思ったのだが、さすがにそれは反対されてしまった」
ワインを飲み干し、教祖は高らかに笑う。駄目に決まっている。目が合った瞬間、殴り合いの喧嘩が始ま自信がある。
「リチャードよ、儀式はどうだ。順調か?」
「滞りなく、今月分も終えました。教祖様、憚りながら、ここには普通生たちもいます。どうか儀式の話はご遠慮頂きたく存じます」
「相変わらず頭の固い男だ。実はな、昨日の話になるが神から御神託を承った。予備生の中に、秘め事のある生徒がいる可能性がある、と」
嘘だとすぐに判った。そして上手い言い方だ。そもそも悪魔は「可能性がある」などと曖昧な言い方はしない。クリストファーだと名前を言わなかったのは、御神託自体が嘘であるからだ。恐ろしいのは、教祖の言葉は絶対であるということ。教祖がそのように言えば、有無を言わせず信じるしかない。
「おかしな話ですねえ。今月の儀式では、誰も神の御子になってはいないと聞いてますが」
カイは甘そうなケーキを食べながら、怪しい笑みで首をひねった。
「疑いたくはないのだ。だが御神託が降りた以上、調べなければならん」
「教祖様、発言の自由を下さい」
今まで黙っていたウィルが声を上げた。思わず見比べてしまうほど、教祖とよく似ている。彼は父親似だ。
「許そう」
「どのような方法で調べるおつもりですか」
「託宣の儀式をもう一度行う。複数の立会人をつけて」
「お断りします」
「断る」
リチャードとクリスはほぼ同時に言った。
「これ以上やりたくもない儀式をしろだって? しかも立会人をつけて? は、戯言だな」
従者たちはみな度肝を抜かれ、開いた口が塞がらないでいる。たたの予備生が教祖に口を聞くなど、とんでもない話だ。
「クリストファーの無礼をお許し下さい。ですが教祖様、予備生の心も身体も傷つけたくはございません。心の開かない予備生相手では、神は降りてきません」
「確かにそれはある。だが心の開いた者ではどうだ?」
「心の開いた者……?」
「いきなりうちの従者を相手にしろなど言うわけではない。守衛を何人か呼び寄せたのは、そういう意味もある」
「……今月の儀式は何の問題もなく終わりました。予備生たちも納得できるはすがありません」
「私も反対です。教祖様、どうか考えを改めて下さい」
ウィルも真剣な眼差しで教祖を見つめる。
「リチャードよ、お前は本当に神の御子を生み出したいのだな」
「その考えに偽りはございません」
「儂の元に神が御神託が降りた件についてはどう思う?」
「それは…………」
リチャードの瞳に動揺が映る。
「立会人はうちの従者から数名つけて、今宵はそれぞれ儀式を行う。相手はそちらから好きに選ぶがよい」
「僕は帰る。馬鹿馬鹿しい」
クリスは立ち上がった。出入口へ向かおうと踵を返す。
数名の従者がクリスを取り囲み、腕を掴んで後ろへ回した。
「離せ! 僕に触れるな! 痛い!」
即座にリチャードとウィルは椅子を蹴り飛ばし大きな音を立てた。
リチャードはクリスの腕を回した従者の腕を掴むと、簡単に捻り上げる。
従者は声にならない声を上げ、クリスから手を離した。
「予備生に触れるな。次は折る」
「クリス、大丈夫か?」
「うん……ありがと」
ウィルに支えられながら立った。
ぱんぱん、とカイが手を二度叩いた。高らかに笑い声を上げながら、
「教祖様、どうしても永れ御子の疑いを晴らしたいようですな」
「疑いとは人聞きの悪い。蝋燭などが消えていてはっきり判らないこともあるだろう。儂は守衛たちを疑ってはおらぬ」
嘘つけ、と心の中で吐き捨てた。
「私は名案だと思いますぞ」
「何が名案だ。複数に見られるなんて笑えないジョークだ。気持ち悪い」
「では私が提案を出しましょう。複数人に見られても予備生も守衛も集中できませぬ。立会人は教祖様直属の私がお引き受け致します」
「はあ? 僕はアンタが大っ嫌いだ」
「何も間近でじろじろ見るわけではございません。衝立に隠れながら、こっそり影を覗くのです」
「悪趣味」
クリスはカイに向かって舌を出した。
「このような糞餓鬼、いえ失礼、口の達者な予備生に降りてくるとは思えませんがね。教祖様の御神託を心から信頼して、私がすべて予備生の立会人をお引き受け致しましょう」
「…………ふむ。そうだな。お前になら任せられるか。学園で生徒と過ごした経験のあるカイであれば、文句も出まい。すぐに儀式の部屋を用意しよう」
アーサーは椅子に座りながら顔が真っ青である。彼も人に交合を見られるのは初めてだ。気分が悪くなって当然だ。
「……僕に神が降りたら、まずはあなた方全員を呪ってやる」
駄目押しとばかりに、クリスは教祖は従者たちへ向かって言い放った。
誰もがこんな減らず口を叩く予備生に神など降りるわけがないと、呆れた目で肩をすくめた。
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